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194話

シルヴィア過去編 前編

 


「まてよ旦那」


 ダンジョンの出口に通ずる部屋で、バートランドはようやくガララスに追いついた。

 白い円状の空間(ゲート)の前で立ち止まると、ガララスはゆっくり振り返る。


「なんだ?」


「愚直すぎる旦那にアドバイスをと思ってね」


 そう言いながら壁にもたれるバートランド。

 ガララスは不服そうに腕を組む。

 タバコの煙がふわりと広がった。


「ただの防衛じゃ旦那には楽すぎるだろ? 防衛するついでに〝人助け〟してみる気はないかい?」


「ふん。我がなぜ主君以外を助けねばならんのだ」


「それが主様のためにもなるって言ったら?」


「……」


 沈黙を〝聞く姿勢〟になったと捉えたバートランドが続ける。


「思うに、旦那はもっと〝人間〟を知る必要がある。主様と同郷の人間達のことをさ。そうすれば主様の気持ちも少しはわかるかもしれない」


「……他の有象無象と主君を同列に語っているのか?」


「その有象無象の方が大事にされてると思ってヘソ曲げたのは旦那だろォ?」


 揶揄うように笑うバートランドに、ガララスは何も答えず、白い空間へと一歩踏み出した。


「我に人間の気持ちなど理解できるはずがない」


 そう言いながら、ガララスはダンジョンから姿を消した。

 バートランドは一瞬だけ第二位(バンピー)の事を考えたが、そのまま自分の持ち場へと向かったのだった。


 それと同時刻――


 浮遊する島に佇む扉を眺めながら、相方の到着を待っていたバンピー。

 ほどなくして現れたセオドールに睨むような視線を向けた。


「……遅いわ」


「すまん。準備(・・)があってな」


「早く行きましょう」


 短い会話の後、歩き出す二人。

 バンピーはさほど興味なさそうな様子で口を開く。


「そういえば第四位はなぜ戻って来なかったのかしらね」


 チラ、と、隣を歩く堅物の顔を見上げる。


 バンピーは〝引き続き探せ〟と答えたエルロードの指示は、彼の言葉・意思ではないことを見抜いていた。そして、セオドールもまたそれに気付いていることも見抜いていた。


「恐らく自分の意思で残ったのだろうな」


「主様がこんな状態なのに?」


「こんな状態だからこそ、ということもあるが……シルヴィア()の場合、そもそも主様のために動いているわけではないのだろう」


 バンピーは「はあ?」と眉間に皺を寄せる。


「なら何のために?」


「ケットル殿のためだ」


 歩みを止めないまま、セオドールは続けた。


「俺と第四位は……少ない時間だったが、彼女達は確かに我々の仲間であり、友だった。思い入れ深い第四位にとって、ケットル殿は主様の友人である前に、自分にとっても大切な存在――家族と重ねていたのかもしれんな」


「なによ……それ」と呟きながら、立ち止まるバンピー。


「ずるいじゃない……そんなの……」


「そうだな」


 その後、二人はひと言も言葉を交わすことなく出口の前へと辿り着くと、そのまま持ち場であるサンドラス甲鉄城へと向かったのだった。



◇◆◇◆◇



 とある森の奥深くで、獣の遠吠が響いた。


 かつて人族が住んでいた名残りとして、朽ちた石造りの建造物が点在するこの森は、誇り高い灰色狼の縄張りだ。


 荒い息遣いと共に現れた巨大な猪。

 何かから逃げるように縦横無尽に駆ける。

 前方、後方、そして左右から遠吠えが聞こえる。

 

 かまわず進む猪へ二匹の狼が襲いかかる!


 逞しい成熟した体の二匹の雄。

 しかし猪との体格差は歴然である。


「もう逃がさないぞ!」


「くそう、硬いなコイツ!」


 分厚い皮膚に牙と爪を立てながら一緒になって引き摺られる二匹――そのまま進む猪は巨大な岩を見付けると、その二匹を圧死させんと体当たりを繰り出した。


「!」


 岩と猪の前にヌッと現れた別の灰色狼。

 その体躯はゆうに5メートルを超えていた。

 歴戦の戦士を彷彿とさせる鋭い眼光と牙。

 それまで疾走していた猪が初めて止まり、力強く身震いをするその刹那――猪の首が宙を舞った。


「倒したー!!」


 シュタッと木の上に着地した小さな狼。

 6人兄弟の末っ子――シルヴィアだった。




 

 家族で仲良く食事にありつきながら、一際大きな狼――父アウロンが口を開く。


「一番やんちゃだがシルヴィアは狩りの筋が良い。それに、そのスキルは正に森神様からの授かり物だな」


「えっへっへー!」


 父に褒められ得意げなシルヴィア。

 他の兄弟達は悔しそうに肉を齧る。


 獣達が発現するスキルの実に99%は「身体強化系」であり、種類も狭く「強化される部位」が違う程度。たとえば長男は嗅覚強化のスキルだし、三男は脚力強化のスキルが発現している。 


 それは珍しいことではない。

 人族でいえば「言語理解」だったり「器用さ上昇」だったりと、日々の生活を豊かにさせるようなスキルが発現するのと同じ原理だった。


 しかし末っ子シルヴィアは例外である。


 彼女のスキル「閃剣」は、光の剣を召喚するというもの。

 獣達が発現するスキル群とは一線を博している。

 とはいえ、そのお陰もあって彼女は兄弟で一番獲物を取ってきたし、父はそんなシルヴィアを「森神の使い」だと誇りに思っていた。


「母様も褒めて褒めて!」


「シルヴィアは本当甘えん坊なんだから」


 強くても生まれて間もない未熟な狼だ。

 一番食いしん坊、一番暴れん坊で、一番の甘えん坊である。

 

 そんな彼女を母親は可愛がり、兄弟達も可愛がった。シルヴィアは「こんな日常がずっと続けばいいのに」と思いながら、なに不自由なく幸せに暮らしていた。


 そんなある日の出来事――。


 シルヴィアがいつものように兄弟達と追いかけっこをしていると、長男が普段は通らない道を進み出した。

 嗅覚強化のスキルを持つ長男は索敵能力に長けており、鼻をヒクつかせながら「この先に何かある」と進んだ。


 6人兄弟がたどり着いたのは朽ちた遺跡。

 そこは6人が初めて来る場所だった。


「すごい場所に出たぞ」


「なんだよ、人族のガラクタじゃんか」


「でもこんな状態が綺麗なのは初めて」


 兄弟達がやいのやいのと会話する中、シルヴィアはある一点を見つめ口を開く。


「あれなんだろ?」


 視線の先には遺跡のアーチがあった。

 蔦や苔に覆われながらも、しっかりとその形を残したアーチ。驚くべきはその内側で、昼間だというのに夜のように暗く黒く淀んでいた。


 なんだこれ? 秘密基地か? と、興味津々の兄弟達が近付こうとしたその瞬間――。



「ここで遊ぶんじゃない!」



 凄まじい怒号が辺り一帯に響き渡った。

 見れば恐ろしい形相の父がそこにいた。

 兄弟達は父親のあんな顔を見たのは初めてで、皆一様に驚き怯えた表情を見せる。

 父は兄弟達を連れ帰路につく中で振り返ると、忌々しい物を見るようにあのアーチを睨み付けていた。





 フクロウも眠る真夜中のこと。

 木の根の下に掘られた家の中、なかなか寝付けないシルヴィアが身を起こすと、珍しく母も起きていることに気付く。


「どうしたの?」


 いつもの優しい母の声。

 シルヴィアは身を寄せるようにして母の寝床に収まると、昼間あったことを語った。

 黙って頷いていた母が口を開く。


「あの先には〝死〟が待ってるわ」


「行ったら死んじゃうの?」


「そうねぇ」


 不安そうな様子のシルヴィアを包み込みながら、母は優しい口調で続ける。


「あのアーチの先に行った者は誰一人として帰ってこかったの。お父さんのお兄さんも、お母さんの友人もあの向こう側から帰っては来なかった――だから行ってはいけない場所なの」


 腑に落ちない様子のシルヴィア。

 母は困ったように続ける。


「シルヴィア、好奇心が強いのは良いことよ。あなたが誰よりも勇敢なのも知ってる。でもね、お父さんやお母さんを悲しませることだけはしないで頂戴。いいわね?」


 そう言われシルヴィアは観念したように「わかった」と頷いた。




 

 考古学者であるサイモン・ハロルドは、大勢の冒険者を連れ、目的の場所に辿り着いた。


「ここだ、間違いない!」


 感極まった様子で膝から崩れるサイモン。

 目の前にはシルヴィア達が見つけた遺跡があり、彼の旅の目的地こそこの遺跡であった。

 冒険者の一人が不安そうに声を上げる。


「サイモンさん、あったなら任務達成でしょう? 俺達は調査依頼まで受けてませんよ」


「やかましい! 私がどれだけこの遺跡を探していたか貴様らには分かるまい! これを前にして帰路につくなど有り得んわ!」


 興奮した様子で手をわきわきするサイモン。

 別の冒険者は怯えたように辺りを見渡す。


「ここって灰色狼共の縄張りっすよ? 幼体でもレベル70からいるって言うじゃないですか。群れで襲われたら流石に我々じゃ……」


 そんな冒険者の視線の端に何かが映る――咄嗟に武器を抜くと、仲間達も条件反射的に武器を取った!


 茂みの中から牙を剥いた二匹の狼が現れた。

 それは、父や母からの忠告では納得いかず、再びこの場所に来ていた長男と次男だった。


「人だ、人が俺達の縄張りを荒らしている!」


「何も奪わせない! 追い払う!」


 二匹はジリジリと冒険者達に詰め寄る。

 冒険者達は素早く戦闘態勢に入った!


 しばらくの戦闘、そして――。


「っへへ、A級冒険者を舐めんなよ」


 肩で息をする冒険者達。

 視線の先には血だらけで横たわる二匹の狼。

 短剣を手にした冒険者が近づいてゆく。


「灰色狼の毛皮つったらA級素材よ。これでイカレじじいのケチくさい報酬に色が付く……!」


 まだ息のある二匹だが既に動く力は無い。


 短剣が長男を貫くその瞬間――冒険者達は、明らかに周りの空気が変わったのを感じた。

 その表情には明らかな怯えが見て取れる。


「アレはなんだ……!」


 茂みの奥から現れた複数の狼。

 中でも一際異彩を放つのは巨大な狼だ。


「やってくれたな、人族」


 父の威嚇に続いて母も殺気を放っている。

 シルヴィアも冒険者達の前へ歩いてゆく。


「こ、ころせ! 殺せい!」


 狼狽えた様子でサイモンが叫ぶ。


 冒険者達のほとんどが父の姿を見て戦意を喪失している中で、一人の冒険者だけが唯一、怯える様子もなく前に出た。

 立派な鎧に身を包んだ男。 

 腰に携えた長剣に手を置き、笑う。


「退屈な依頼だと思ってたが、なかなかどうして楽しめそうな獲物が出てきたじゃねえか」


 シルヴィアは「この男だけ明らかに強い」と感じており、実際その通りであった。


 S級冒険者 ロイヤ。

 竜をも倒した人類の至宝。

 長剣をスラリと抜いて構える。



「さあて――闘るか」





 身体中に血を滲ませながらやっとの状態で立っている父。

 ここまで疲弊した父の姿は、シルヴィアはおろか母も記憶にない。それほどまでにこのロイヤという男が強かった。

 

「くくく……とんでもねえ化け物だな」


 対して、目立った傷もないロイヤ。

 まさに今、父が討たれようとしている場面で、意を決したシルヴィアが飛び出す。

 光の剣を口に咥え、ロイヤの剣を叩いた。


「なにっ?!」


 一瞬の不覚――獣が持つようなスキルではないソレによって、ロイヤの剣が宙を舞う。


(私じゃ倒せない。ならッ!)


 そのままの勢いで力任せに体当たりを繰り出すと、後ろに佇む夜空の如きアーチへ、シルヴィアはロイヤもろとも溶けてゆく。

 闇に飲まれるその中で、父と母の悲痛な叫び声がいつまでも彼女の頭にこだましていた。





 気付くと闇の中にいたシルヴィア。


(父様、母様、皆、無事かな……)


 いいや、自分があの男を道連れにしたんだ、残った奴等なら手負の父様でも問題ないだろう――そう考えながら、シルヴィアはむくりと立ち上がる。


 辺りを見渡してもそこには何もなく、目を開いているのか、閉じているのかさえ分からない空間が延々と続いていた。


(出口、かな?)


 唯一ある巨大な門の前まで歩いていくシルヴィア。

 扉には目線辺りに小さな穴が空いている以外、特別な装飾も何もない。

 門は固く閉ざされており、何度押してもびくともしない。


(くぐったら死ぬって言ってたもんね)


 ここで朽ちて死ぬのだろうか。

 昨日の母の言葉を思い出し、シルヴィアは押す力が徐々に弱まってゆくのを感じていた。


『片目を捧げよ さすれば資格を与えよう』


 どこからともなく声が聞こえてきた。

 シルヴィアは唸るように声に尋ねた。


「やいやい!! 資格ってなんだ!」


 その叫びに応える者は誰もいない。

 静寂と闇が漂っているだけだった。


(片目を捧げる……この穴に入れる、のか?)


 自分で自分の目を抉れというのか。

 そんな恐ろしいことをできるはずがない。


 シルヴィアは門から離れた場所で丸くなり、それから眠り続けた。しかし、しばらく待てば飢えが来るか朝になるかと思っていたのに、状況が変わることはなかった。

 むしろ彼女は体の異変に気付いてしまう。


(眠くならない、お腹も空かない)


 およそ欲求の全てが無くなっている感覚。

 体感時間で1日はこうしていたのに、何も変化がない(・・・・・・・)ことに驚いていた。

 その気付きは3日3晩過ごしたことで確信へと変わった。


『片目を捧げよ さすれば資格を与えよう』


 再び門から声がした。

 シルヴィアは立ち上がり、門へと近付く。


 思い浮かべるのは家族の顔だ。


(目一つで帰れるなら、くれてやる)


 シルヴィアは左目を自分の爪で抉り出す。

 灼熱の痛み――苦痛に叫ばずにいられない。

 血みどろになりながら目玉を窪みに嵌め込んだ。


 リォオオオオン!!!


 電子音とも鐘とも違う不気味な音が響く。


 門に血液が巡ったように赤色の閃光が駆け巡ると、ビクともしなかった門が轟音を立てて開いていき――シルヴィアはその先の〝世界〟を見ることになる。


 黒のもやが漂う、切り崩した山に無造作に墓標が刺さっているような異質な空間。

 黒のフードを被ったローブの集団が、胸の前で剣を上に向けるように構えながら蠢いている。


 なんだここは――。


 明らかに異質なその空間に戦慄するシルヴィアは、自身の体がボロボロの布切れと剣に変わっていることに気付いた。


 シルヴィアは吸い込まれるように世界へ進む。

 頭の中に繰り返し流れる「戦いを」の声。 


 次第にシルヴィアはシルヴィアではなくなってゆき、一人の戦士、一振りの剣となり、世界の一部となって溶けていった。


 門が閉まると再び静寂が訪れた。

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