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192話

バンピー過去編 中編

 

 

 ある朝、目を覚ましたバンピアは日課である矢文を確認する。


「レオからだ……え、病気を治す薬が見つかったの!? これから一緒にその薬がある国に行くって……ええ、どうしよう!!」


 バンピアは二年ぶりに会うレオを想って赤面していた。

 自分の病気が治るという事よりも、そっちで頭がいっぱいであった。

 自分は彼と会えなくなってから今日まで世間を知らずに生きている。しかし、レオは目標としていた近衛兵にもなり、毎日沢山のことを教えてくれる。

 久しぶりに会ったら幻滅されないか、すごく不安になっていたのだ。


 塔に用意された自分の髪と同じような純白のドレス、これが彼女の精一杯のおめかしだった。それを着て急ぎ足で塔を降り、約束の場所に待つ馬車を見つける。


 その傍らに、レオが立っていた。

 あの日と同じ、変わらない姿のレオ。


 一丁前に鎧なんか着ているが、紛れもなく彼だった。顔色はどこか悪いようにも見えるが、笑顔で手を振っている。


「レオ、レオなのね!」


「久しぶり、バンピアは変わらず綺麗だね」


 嬉しさのあまりバンピアは拳を突き出す。

 それを見つめ、困ったように微笑むレオ。


「ええと、なに?」


「あっ、ごめんなさい……」 


 二人だけの、友情の印。

 レオは忘れてしまったんだな――と、肩を落とすバンピアを他所に、レオは馬車の中へと手招きした。


 そこから何日も何日も、バンピアとレオは馬車に揺られる。

 食べ物は御者の人が買ってきた物を二人で仲良く食べた。


 バンピアは長旅も苦にならなかった。

 なぜなら、この窮屈で暗くてお尻の痛くなる馬車の中も、誰もいない塔の中より寂しくないから。

 目の前のレオと話すだけで毎日が楽しかったから。


 そして、旅立ってからひと月が経った頃。


「わっ!」


 唐突に止まる馬車。

 バンピアの体が跳ねレオの胸に飛び込むと、彼女の顔はみるみる赤面していく。


 しかしレオの体に触れた際、彼女はある違和感を覚えた。


(なんだろう、すごく冷たい……)


 およそ人の温もりが感じられなかったのだ。

 再会した日から一向に良くならない顔色も相まって気になったバンピアだったが、それより先に、レオが顔色を変えずに語り出した。


「申し訳ございません、ル・バンピア・シルルリス様。私からの最後の言葉をお伝えする時がやってきました」


「!」


 レオの口から出たその声は、どこか懐かしくもあり、しかしレオの声とは似ても似つかぬ初老の男性のものだった。


「時間が残されておりませぬ故、手短に話します。この少年レオは、貴女様が固有スキル発現の儀を受けたその日に、既に亡くなっています」


「え……?」


 そこから語られてゆくのは、耳を疑うような内容ばかり。

 たとえば、塔に入れられたのはその固有スキルが原因であるとか、塔に近付く魔物や人は全て国王が仕組んだ事だとか、魔物や人を殺していたのは他でもないバンピア自身だとか――。


 止まった馬車の中、バンピアは掠れる声で尋ねる。


「だれ、あなた……」


 レオはしばらく黙ったのち、口を開く。


「元王宮騎士団長のジェネラル・デュラハンです。私はあの日、あの場所で貴女様の固有スキルが何かを知りました。そしてそれを話すことは国王によって堅く禁じられておりました」


 バンピアは思い出す――いつも世話を焼いてくれていた、優しく強い騎士団長の顔を。


「なんで……レオの形をしているの?」


「私の固有スキル〝蘇る念〟によって彼の魂を動かしています。彼そっくりの入れ物に入れて」


 バンピアは唇を噛んだ。

 レオが全く成長していないこと、顔色や体の温度、そして何より二人の友情の印を忘れていたことが、バンピアの中で〝レオはもういない〟という事実として府に落ちてしまったから。


 同時に、いままでの矢文もすべて騎士団長デュラハンによる物だということも推測できた。


 俯き、怒りに震えるバンピア。

 考えようにしていた。我慢していた。

 胸の奥にあるどす黒い何かが湧き上がる。


「なら、なんで今話したの?」


 感情を失ったような声色で尋ねるバンピア。

 レオは真っ直ぐな瞳で、それに答える。


「時間がないからです姫様」


「時間……どうしたの?」


「その問いに答える事はできません。しかしどうか、レンドスへは戻らないで下さい。貴女様のお父上に見つからないよう生きてください。この馬車に積んだお金と、力を封じる指輪で、今度こそ慎ましい余生をお過ごし下さい」


 バンピアは外に飛び出した。

 しかし、そこは全く見慣れない光景が広がっていた――馬車の中でレオが続ける。


「貴女様の固有スキルはとても強大で危険なものです。しかし貴女様を、身分を鼻にかけず城下町で走り回っていた貴女様を……私は見てきたから、戦争の道具にしたくなかっ」


 言い終える前に、動かなくなるレオ。

 そして、しばらくの沈黙。


「!」


 レオと御者、そして馬の体が光の粒子となって消えてゆく――それに縋り付くようにバンピアは涙を浮かべ駆け寄った。


「いや、いやだよ……レオ、デュラハン! 妾は、妾はこれからどうすれば……帰る場所なんて……!」


 その叫びに応える者はもういなかった。


 バンピアは馬車から大金貨十枚(平民が五代遊んで暮らせる額)と生涯困らない量の食糧を仮想空間(ストレージ)に入れ、道無き道を彷徨う。


 そしてたどり着いたその場所は、不運にも貧困と暴力が蔓延るワガズード国にあるトンサの町だった――。





 トンサの町は、かつてバンピアが住んでいた平和の国レンドスとは比べ物にならぬほど、貧困と飢えに苦しんでいた。

 相手の物は殺して奪うのが当たり前。

 金に困った親が年端も行かぬ子供を奴隷に落とすなど、バンピアには考えられない世界が広がっていた。


「ゆっくり食べてね」


「うん! お姉ちゃんありがとう!」


 バンピアはそこで小さな教会を買い取り、孤児や奴隷達を集め、毎日お腹いっぱいになるまでご飯を食べさせていた。

 慈悲のないこの町において、貧しい子供達からすればバンピアの教会は唯一の光であり希望であった。


〝慎ましい余生をお過ごし下さい〟


 バンピアはデュラハンの言葉を守り、力を抑えて生活をしていた。しかし、そんな生活も終わりは突然やってくる。


「え……?」


 買い物から戻ったバンピアは、信じられない光景を目にする。

 無邪気に駆け回る子供達の姿がない。

 あるのは僅かばかりのアイテム群と、破壊された家具。


「嘘……」


 子供達が全員殺されていた。

 それは、教会を囲って下衆な笑みを浮かべる男達の口から告げられた。そしてバンピアも同じように男達に襲われそうになる刹那、彼女は血の涙を流しながら、指輪を引き抜く。


 瞬間、町の全てのいのちが消え去った。


 立ち竦むバンピアはかつての楽園(教会跡地)を見つめながら、やつれたように笑みを浮かべる。


「次は、次はちゃんと慎ましく……」


 それからというもの、バンピアは様々な国を渡り歩いては子供達と過ごし、程なくして同じようにその幸せが奪われる日々を繰り返していた――7つの国が滅亡する頃には、バンピアは「他国には悪い人しかいない」と結論付け、体を引きずるようにして自分の全てがあった国レンドスへと歩き出す。


 塔から抜け出した日から1年経っていた。

 バンピアのレベルは100を超えていた。


 彼女の身に起こった様々な出来事は、デュラハンの願いを忘れ去るほどに鮮烈だった。レンドスに想いを馳せる彼女の心はとっくに壊れてしまっていた。


 そして辿り着いた、約3年ぶりのレンドス。

 バンピアはおぼつかない足取りで城を目指す。

 指にはデュラハンから貰った指輪が光っていた。


「おお、バンピア! よくぞ、よくぞ戻った!」


 謁見の間に着いたバンピアを、国王はそれはそれは甲斐甲斐しく抱きしめた。目には大粒の涙が溢れており、バンピアは父の温もりを感じながら溶けるように目を閉じる。


 国王は本当に嬉しそうに彼女を受け入れた。久方ぶりの幸せを噛みしめるバンピアは、ふと、その傍らに母の姿が無いことに気付く。


「お父様、お母様はどちらに?」


 自分を逃してくれた騎士団長の姿もない。

 あれ? そういえば彼は、何から逃してくれたんだろう……ここに来てバンピアはそんなことを思いながら、国王の言葉を待つ。

 国王は笑みを浮かべバンピアに向き直る。


「死んだよ、二人とも」


「死んだ……?」


「そうだ。マーリドは不運な事故(・・・・・・)で、デュラハンは反逆罪で打ち首になった。首なら1年前まで晒していたのだがな」


 反逆罪? 何の反逆罪?


〝元王宮騎士団長のジェネラル・デュラハンです。私はあの日、あの場所で貴女様の固有スキルが何かを知りました。そしてそれは今日の今まで、話すことを国王によって堅く禁じられておりました〟


〝時間がないからです姫様〟


〝どうか、レンドスへは戻らないで下さい。この馬車に積んだお金と、力を封じる指輪で、今度こそ慎ましい余生をお過ごし下さい〟


〝貴女様の固有スキルはとても強大で危険なものです。しかし貴女様を、身分を鼻にかけず城下町で走り回っていた貴女様を……私は見てきたから、戦争の道具にしたくなかっ〟


 バンピアの脳内に、湧き水が如く騎士団長ジェネラル・デュラハンとの会話が蘇る。

 自分を逃した彼が反逆の罪となったのなら、彼が国の何かの企みに反逆したのなら、その何かこそ――自分ではないだろうか。


「なん……で?」


「おお、可愛い我が娘よ。最後(・・)に教えてやろう」


 国王は美しい宝石のようなものを掲げながら、慈悲の表情でバンピアを見下ろす。


「お前の力は素晴らしい物だ。私の目論見通り、一人で隣国全てを滅ぼしてくれたのだからな。野党共に少しばかりの金を握らせただけで、こうも事態が好転するとはな」


 バンピアは全てを悟った。

 自分が行く先々で不運に遭ったのも、子供達を殺されたのも、デュラハンが斬首されることになったのも、全てはこの国王の画策によるものだったことを。


 そして国王は自分の固有スキルを最大限に利用し、理想通り邪魔な隣国を滅ぼしたのだ。現に今、レンドス国は無人となった隣国に勢力を伸ばし領土を拡大しているのだから。


「病気も全部嘘だった……」


「お前のその力は正に伝染病、厄災、災害のようなものだろう? 一時期はお前の力を見失ったが、お前のその首の宝石が、常に居場所を教えてくれる」


 バンピアの首元には、かつて病に伏して嘆いていたバンピアに国王が送った誕生日プレゼントであった。そしてそれは国王の持つ宝石と対となっていた。


「しかしなぁ……お前は強くなりすぎてしまった。もちろん国内にもお前に敵う者はおらんが、最初からこう(・・)する予定ではあった――せめて安らかに眠れ、我が娘よ」


 バンピアが指輪に手をかけようと動くよりも早く、国王はその手の宝石を砕く。


 するとバンピアの首元の宝石も同じように割れ、バンピアの体もまた、宝石と同じように砕け散ったのだった。

 光の粒子となった娘の名残り(・・・)を見下ろしながら、国王は虚しそうに呟く。


「3年もの間蓄積され続けた魔力の解放……流石、レベル100を超える伝説の怪物(・・)をも一瞬で屠る、か」


 そしてバンピアは、城内に設けられた妃と墓の隣に恭しく埋葬される。

 それから数年後、対抗勢力のいないレンドスは全ての土地に勢力を伸ばし世界統一を成し遂げたのだった。





 そんなある日の晩――


 レンドス大国はじまりの城にて、夜道を歩く兵士達は闇夜に浮かぶ見目麗しい少女に出会った。


 透き通るような白い髪と、白い肌。

 純白のドレスに身を包み、頭には王冠の形をした角が生えている。


「おい、こんな夜中にどうしたんだ?」


「まてまて、えらい美人じゃねえか?」


「いや、でも何だ、どこかで……」


 二人の兵士が溶けるように消え去る。


 見目麗しい少女は進む。

 かつて生まれた場所、そして今も眠るはずのその場所に。


 彼女が歩く場所には〝死〟がやってくる。

 まるで彼女の周りに巨大なドーム状の障壁があるかの如く、彼女の歩みに合わせて動くその〝死〟は、老若男女問わず喰らってゆく。


 謁見の間までやってきた少女。

 唯一無事な側近にすがるようにしがみつきながら、憔悴した様子で国王が喚く。


「なぜ、なぜ生きている!! この化物が!!」


 バンピアは蘇った。

 その理由は、彼女にも分からない。

 あるのはただ、飢えと憎悪だけ。


 胸にぽっかりと開いた何かを探すように、バンピアだった少女は国王の頬を撫でる。国王は側近もろとも消えて無くなると、城内にはもう生きた人間は一人もいなくなっていた。


 少女は墓の前にたどり着く。

 そこにはマリード・シルルリスの名前と、ル・バンピア・シルルリスの名前があった。


 ぽつり、と、少女が呟く。


「バンピア……?」


 どこか懐かしいようなその名前。

 彼女はその名前を指でなぞると、踵を返して歩き出した。


 彼女は数十年と掛けて大陸中を歩き回り、世界の命を全て奪っていった――まるで、そうすることが自分の使命であるかのように。

 残ったのは残骸のように風化した建物だったものと、荒野。そして運悪く(・・・)生まれ変わったアンデッド達だけが、その世界に在った。


「レオ……」


 思い出せるのは、その名前だけ。

 どんな顔かも忘れてしまったその何かを、少女は忘れないように呟き続けた。


 それから数十年、数百年が経った。

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