191話
バンピー過去編 前編
「出ましょう。主様には少しでも休息を取ってもらわねばなりません」
精神安定魔法を掛け直し「睡眠を取るようにお願いいたします」と声をかけて出ていくエルロードと、無言で部屋を後にするセオドール。
(妾達は本当に何もできないの……?)
部屋から出たバンピーはその場から動けずにいた。
いつもならばすぐに足音がして、笑顔で出迎えてくれるのに――もう何年も、そんな笑顔を見ていない気さえした。
「主様……」
力ずくで入ることはできる。
しかし、バンピーにその気はなかった。
(忠義ばかりが先行し、主様が本当に必要とするものになれてはいなかった。上下関係や恩義を抜きに、主様は自分と対等な存在を求めていたのに)
部屋の扉へ背を向けるようにして座り込む。
背中に主の気配を感じながら、バンピーは大切な記憶を思い出していた。
それは、死の世界に命を与えてくれた光景であり、優しく手を握ってくれたことであり、生きる意味を教えてくれたことであった。
「妾を救い出してくれたのは貴方です。妾にも貴方を救わせてください……」
膝に顔を埋めるバンピー。
そこには、アンデッドの王でも魔王でもない、孤独な一人の少女がいた。
◇◆◇◆◇◆
湖と豊かな自然に囲まれ、旧アーメルダス語で「水の楽園」を意味する平和の国レンドスに、見目麗しい姫が産まれた。
名前をル・バンピア・シルルリスといった。
生まれつき透き通るような白い髪と肌をもった彼女は、王と妃にそれはそれは可愛がられ何不自由なく過ごしていた。
小国の姫でありながら平民の子供と混ざって遊ぶ姿が頻繁に目撃されており、活発でよく笑う子だと平民からも大層評判が良かったそうだ。
その度に王宮騎士の団長直々に捕まえにくる所まで、民にとって風物詩のように楽しまれていた。
そんなバンピアが10歳になった頃――
大人の仲間入りとされる〝固有スキル〟の発現はどんな境遇の子供にも平等に訪れる。
本来、優れた固有スキルを持つ子供は、兵士となるべく兵隊学校へと入学するのが普通。
しかしここレンドスは、優秀な外交や豊富な資源に恵まれ永らく戦争の必要がなく、子供達の意思で将来を決める事ができる――はずだった。
◇
ここは固有スキル発現の儀を執り行う神殿。
バンピアは平民の友人レオと共に、神殿へと集まる少年少女の群れの中にいた。
「俺は強い固有スキルを発現させて、バンピアを守る近衛兵になるんだ!」
「レオみたいな頼もしくない近衛兵なんていらなーい!」
「言ったなー!! でもここから先、どんな固有スキルになっても俺達は変わらず友達だかんな!」
二人は拳を打ちつけ、笑みを溢す。
それは二人で考えた友情の印を示すまじないだった。
辺りを見渡すバンピアは、子供達を見下ろすような形で上層階に立つ王の姿を見つけ、笑顔で手を振った。
「名を呼ばれた者は前へ!」
司祭らしき老人の声に、子供達のざわつき声が止んだ。
司祭が次々に子供の手に触れたのち、隣に立つ王国騎士団長がその固有スキルを宣言し、歓声が上がってゆく。
子供の手をとる司祭は、自分の胸に手を当て光と共に四角い紙を取り出す。そこには子供の固有スキルと詳細が書かれており、騎士団長はそれを受け取ってゆく。
「農作物成長補正、動物言語、鍛治補正……今年は有能な固有スキルが豊富ですな」
「はっはっは! 確かに今年は平和的なスキルが豊作ですね。まぁ私としては同志が増える方が喜ばしいのですが」
司祭と騎士団長は発現が終わった子供達を見ながら、嬉しそうに言葉を交わす。
司祭は次の子供の名前を呼んだ。
「ル・バンピア・シルルリス!」
前に出る白い姫。
顔を紅潮させ、どこか不安げな表情だ。
「不安ですか?」
微笑む騎士団長にバンピアは笑顔で首を振る。
「ううん。楽しみっ!」
「ほっほっ、流石は我らの姫様じゃ」
と、満足そうに何度も頷きながら、司祭が優しく姫の手をとった。
付近にいた138名が、一瞬にして崩れ落ちた。
「え……?」
子供たちはすでに事切れていた。
死体が作る巨大な円の中心で、バンピアは呆気にとられたように立ち竦む。
司祭は震える手で胸から四角い紙を取り出すと、それを騎士団長に渡し膝から倒れる。ほどなくして、子供達同様に司祭も光の粒子となり、持ち物を撒き散らして消失したのだった。
「し、司祭様ぁ!!」
騎士団長の悲痛な叫びがこだまする。そして司祭に託されたその紙を見て、さらに驚嘆の声を上げた。
『終焉――一定範囲内にいる弱い存在の命を即座に奪う。対象に触れた時、強さが近い存在の命を奪う』
10前後だった彼女のレベルは一瞬にして31まで上昇していた。
国の命運を左右するほどの〝怪物〟が、ここに誕生したのだ。
円の外側にいた人達は叫び声を上げながら神殿から逃げ出した。不安になったバンピアが横に視線を向けるも、そこにいたはずの友人は、もうどこにもいなかった。
「レオ……? みんな、?」
不安げな彼女の泣きそうな声が響く。
騎士団長は言葉を失い立ち尽くしていた。
(こんな恐ろしいスキルは初めて見た)
彼はとっさに国王へと視線を向け、その表情を見てしまう――愛娘を見下ろす国王は、醜い笑みを浮かべていたのだった。
その日を境に、国王の態度は一変した。
その日を境に、白い姫の姿が消えた――。
神殿内での大惨事が〝事故〟として処理され数日が経った頃、国王は国中の戦闘スキル持ちのゴロツキを城へと集め、ある命を下した。
「多くの魔物を捕らえよ。捕らえるのが難しい場合、なるべく多くの魔物を狩れ」と。
多額の報酬も約束されていたため、戦える者は嬉々として皆〝冒険者〟となり、国内外の魔物を時には倒し、捕まえた。この時点で国王の恐ろしい意図に気付いていた者は、騎士団長ただ一人であったという――。
◇
姫が消えてから二年が経ったある日の事。
レベルの上がった多くの冒険者達が、国王に呼ばれ城内に集った。彼等には前情報として〝全冒険者へ、一年分の賃金を約束した仕事を任せる〟との通達があったという。
一年間もの間、己を鍛えに鍛え上げ魔物と対峙し成熟した冒険者達。彼等を誇らしげに見下ろす国王が命を下す。
「ここから北へ3里ほど進んだ場所にある塔に、この国を滅ぼさんと目論む隣国の兵士達がいるとの情報が入った。強力な固有スキルを持つ屈強な兵士と聞く。皆にこれを討伐してもらいたい」
国王の言葉は、冒険者達にとって拍子抜けもいいところ。連日人外の魔物達と戦ってきた彼等にとって、戦争すら仕掛けられないような弱小隣国の兵士など取るに足らない存在だと認識していたから。
冒険者達が塔を目指して進軍する。
その隊列を、騎士団長は複雑な面持ちで見送った。
その塔の周りには、何もなかった。
鬱蒼と茂る森の中心にあるにも関わらず、その周囲だけ生物の気配がない――それどころか、言い表せない危険な気配が漂っていると、勘の鋭い冒険者は気付く。
冒険者達は塔を囲むようにして武器を持った。そして、その者達を塔から見下ろす存在に気付き雄叫びと共に駆け出す。
溶けるようにして、全員が死んだ。
レベル60はあった熟練の冒険者すら、効果範囲内に踏み込んだ刹那、抵抗する権利すらもたず死んだのだ。
ほどなくして、塔の窓辺にいつものように矢文が刺さると、バンピアが顔を覗かせ、嬉しそうにそれを取った。
「隣国の悪い兵士さん達倒してくれたんだ! 怖かった……いつもありがとう、お父様、レオくん」
手紙に目を通しながら涙声で呟くバンピア。彼女の首に、美しい宝石が散りばめられたネックレスが光っていた。
重い伝染病を患ったと聞かされ、離れた場所に住まざるを得なくなった彼女にとって、この矢文だけが唯一の楽しみであった。
魔物が来た時も、近衛兵となったレオと国王によってこの塔は守られている。
バンピアはいつかこの病気が完治した暁に、再びレオと城下町を駆け回るのを夢見て眠るのだ。
国王よって隔離され大事に育てられたバンピアのレベルは、送られてきた魔物や冒険者達を殺した結果、すでに75となっていた。これは大国の高名な騎士をも超えるほどで、冒険者達という最後の餌を与え終えた国王は、遂にその恐ろしい計画を行動に移すのであった――。




