184話 s
巨人の両膝を三本の矢が貫いた――
唸るようにしてうずくまる巨人の額に、銀の矢が突き刺さる!
ダァン!!!! という凄まじい轟音。
LPを散らせた巨人が沈む中で、膝から肩、肩から額へと飛び移るミサキは、銀の矢を回収しながら飛翔した。
矢を取り替えて、引き絞る。
(強弓の連写――1、2、3、4……)
空から注ぐ正確無比の一撃。
あるものは口と地面を縫い付けられ、
あるものは防御を崩され剣を浴び、
あるものは機動力を奪われ魔法に焼かれ、
あるものはそのまま爆散した。
一撃で倒せるものは倒し、倒せないものは体制を崩すことを意識し、味方の援護とした。
音もなく地面に着地するミサキを、不定形の人型が襲う――しかしその人型は、まるで引き寄せられるかのように別方向へと体を捻った。
視線の先に、誘発スキルを使った誠がいた。
「《シールドチャージ》」
誠の盾によって轢き潰され、ゲル状の何かが戦場に飛び散る。
ミサキがそのまま、剥き出しになった核のような部分を短剣で両断すると、mobの体は弾けるように光の粒子へと変わった。
「状況はどんなだ?」
駆け寄ってくる誠。
ミサキはスキルを使い、敵の数と配置を確認した。
「押し返してます。すごい……」
数の上でプレイヤー側が優勢だった開戦前に比べ、その差はさらに広がっている。
甲鉄城から休みなく降り注ぐ兵器の威力も去ることながら、魔導兵、NPC兵、機械の竜が確実に敵の数を減らしてくれている。
しかし、中でも特に凄まじいのは――
「《大地の衝撃》」
爆音と衝撃波、そして大きな地響き。
勢いよくmobの群れに飛び込んだアランは、大地に両手を打ち付けると、周囲のmobを空へと打ち上げる。
そのまま右手に焔を轟かせ、宙に舞うmob達へとそれを突き出した。
「《天鳳》」
瞬間――全てのmobが爆散する。
粒子の雨が降る中で、既にアランの姿はなかった。
天使によって大幅に強化された八岐とaegisのメンバー達。
彼等の武は、戦場で抜きん出ていた。
「! 来ます」
惹きつけられるように地下迷宮出口へと視線を向けるミサキ。
そこからヌウっと這い出るように、鎖に巻かれた巨大な人型がプレイヤー達を見下ろした。
《boss mob:鎖の巨人王 Lv.50》
見上げたプレイヤー達は思わず絶望した。
レベル50のボスモンスター。
誰がこんなものを倒せるのだろうか、と。
「《貫け》」
巨人王の胸を銀色の光線が貫いた。
LPバーが一気に5%ほど減少する。
巨人王は悲痛な叫び声と共に、乱暴に腕を振り下ろし――地面を叩くその刹那、小さな何かが割り込んだ。
地面と拳の間にいるのはアランだ。
拳を突き上げる形で力をこめてゆく。
巨大な拳と、小さな拳が拮抗していた。
「《破裂拳》」
重い何かがぶつかる音が響く――
驚くべきことに、力で優ったのはアランだった。
巨人の拳は砕かれ、新たに10%のLPが失われた。
「《貫け》」
宝石の竜が再び光線を放つ。
今度は巨人王の眉間を貫いた。
「圧倒的じゃねえか……」
ポカンとした様子で誠がそう呟いた。
ミサキは視線を外し、目の前の敵に向き直る。
「戦場にボスが溢れる前に、私達もできるだけ多くの敵を減らしましょう」
「承知した。また引っ張ってくる」
激化する戦場はプレイヤー側の優勢で進んでいる。
それでもミサキは漠然とした不安を抱えながら、一心不乱に弓を引いてゆく。
「あれが人間の動きなのか……?」
「おい見ろ、あのボス倒せるんじゃないか?!」
「あと少しだ、いけ!! いけええ!!!」
圧倒的戦力を誇る八岐の攻撃により、鎖の巨人王のLPも残り半分――プレイヤー達から熱のこもった視線を受けながら、クライノートは咆哮と共に鋭い尻尾で薙ぎ払った。
ズズンと、巨人王が砂埃を上げながら地面へと倒れ込む。
巨人の背後から迫っていたモンスターの群れはその巨体に押しつぶされ、少なくない数が爆散した。
攻略最前線ギルドはボスを苦にしない――
プレイヤー達は光明を得たように開戦直後の勢いを取り戻すと、反撃の狼煙だと言わんばかりに、地鳴りのような雄叫びが戦場を駆け抜けた。
ドクン……ドクン……!
《巨人王の鎖が解き放たれます》
《巨人達の鎖が解き放たれます》
巨人王の鎖が熱を帯びたように淡く光る。
その変化に気付いた者は、ごく僅かだった。
そして、誰もソレを止めることは叶わなかった。
ボロボロに朽ちた鎖が地面に落ちて砕ける。
戦場の巨人達は、何かに取り憑かれたようにして動かなくなり、体に巻かれた鎖がボロリボロリと朽ちてゆく。
「巨人の挙動に注意しろ!!!」
誰かが叫ぶと同時に、何かが宙を舞った。
それは人間――プレイヤーであった。
巨人はその剛腕でプレイヤー達を掬い上げるように宙へと投げ飛ばす。
右手に迸る電撃の槍が生成される。
「《速射》!!!」
反射的に放ったミサキの銀の矢は、飛来する雷槍のひとつと交わると、互いがバキリと砕けるように弾け散った――残りの雷槍は、空中のプレイヤー達を貫いた。
「うぐあああああああ!!」
「ぎぎぎぎぎいいい!!」
「がっ……ああああ!!」
断末魔の悲鳴は一瞬で収まった。
肉の焦げたような嫌な匂いが漂い、人間の形をした消し炭が地面へ跳ね、砕けた。
一瞬の静寂――そして、
阿鼻叫喚に包まれる戦場。
列は乱れ、技は空振り、魔法は不発となる。
それでもモンスターに慈悲の心はない。
パニック状態の者から次々に襲われてゆく。
《boss mob:雷の巨人王ザウロン Lv.50》
一定の値までLPが減ると行動パターン・武器・特性が変わるボスもいれば、形状そのものが変わるボスもいる。
白門が精霊を〝第二形態があるタイプのボス〟と分析したものが、正にこの巨人王が持つ恐るべき特性であった。
最初のLPは鎖の耐久値を意味していた。
解き放たれた今――本当のLPが現れる。
数値は100%まで戻ってしまっていた。
「引き続き俺たちが相手する!!」
ハイヴが吠えるように叫んだ。
もはや失った命を嘆く暇はない。
いまはただ、危険な状況を打破するのみだ。
「雷の攻撃直前にこちらから攻撃を当てられれば、槍の投擲を阻止できるかもしれない!」
「槍に直接攻撃を当てても防げていたぞ!」
「防御結界も意味を成さなかった……!」
様々な声が戦場を駆け巡る。
この場にいる全てが未経験のモンスター。
分析も、全てが手探りとなっていた。
目の前での凄惨な戦死。
敵は未だ多く、未知の技を秘めている。
不安は恐怖となり、恐怖は動きを鈍らせる。
形成はすでにひっくり返っていた。
(だめ……だめ……!)
ミサキは自分だけが知る事実に絶望しながらも、震える声を張り上げながら、それを皆へと伝えた。