183話 s
「第一波はこれで終わりです! 体を休めてください!」
役割的にも、ミサキが指示を飛ばすのは自然の流れだった。周りのプレイヤー達は安堵のため息と共に座り込むと、ひと時の安らぎを得た。
「ん? お、おい! 止まれ!」
慌てた様子で駆け出した誠の視線の先に、ふらふらと地下迷宮へ歩いてゆく、aegisサブマスターの松の姿があった。
簡単に追いついた誠が前へと立ち塞がる。
「おい何考えてんだ! 戻れ!」
「……迎えに行かなきゃ……白門さんを……」
「シロカドって……そうか、逃げ遅れたのか」
誠の呟きに、松は血走った目を向けた。
「逃げ遅れてなどいない! 白門さんは、責任を感じて残ったのだ! お前に、お前に何がわかる!」
刀を抜いて今にも斬りかかってきそうな松に対し、誠の態度は冷静だった。
「あんたこそ何も分かってないだろ。あんたのところのマスターが命を賭して稼いだ時間で、あの死地から戻ってこれたんだろうが」
松は刀を地面に刺し、苦しそうにしゃがみ込む。嗚咽と啜り泣く声が響く。
「あんたが一人で行ったところで大群に轢き殺されてそれまでだ。今は頭を冷やして、自分は何ができるか、どうやったら助かるかだけを考えろ!」
それも分からないなら勝手にしろと、あえて突き放すようにして、誠は戻ってゆく。
松はしばらく呆然と地下迷宮の方を見つめ、シロカドの名を呟き、立ち上がる。
aegisのメンバーが彼女を心配そうに見つめていた。
「すまない皆。私が取り乱したら、残された彼等に顔向けできんな……」
メンバー達は涙ながらにそれに賛同すると、松は隊列を組み直し、声高らかに言った。
「ここを守り切り、残ったメンバー達を助けに行く! それまで私がギルドマスター代理だ。心許ないとは思うが……力を貸してくれ!」
ギルドマスターという指標を失ったaegisの士気が気になるところだったが、それを見越したワタルはaegisを隊列の端に配置していた。
しかし、サブマスターの松がギルドを持ち直した。
第一波を乗り越え、プレイヤー達はギルドの垣根を越えて、深く結束しはじめていた。
「本丸が来ます! そろそろ目視できます!」
ミサキの言葉に全員が先を見た――。
予想よりもはるかに早い襲来。
濛々と立ち込める砂煙の先に、それらはいた。
牛と鹿に似た顔を持つ怪物達。
錆びた鎖を引きずる巨人の列。
半透明の体を持つ騎士の軍隊。
炎を纏い、爛れた体の獣達。
瘴気に包まれた異形の群れ。
互いが互いを傷付け、殺し合いながらも、その塊は着実にサンドラスへと向かってくる。
雄牛の民 Lv.45
鎖の巨人 Lv.48
怨念騎士 Lv.49
煉獄の獣 Lv.44
業の忌み子 Lv.47
先頭を駆ける有象無象達のレベルが現れると、プレイヤー達は悲鳴を上げながら、無意識に後ずさっていく。
想像の範囲内――
しかし、やはり強い。
サンドラスから幾つもの兵器が放たれると、敵は爆撃に飲まれて確実に数を減らしていく。
空からは機械の竜が炎を吐き、戦場を分つように燃やし尽くした。
多くの敵が屍となるも、その歩みは止まらない。
まるで取り憑かれたかのように、その全てが城へと向かってくる。
機械の兵士達が突撃してゆく。
一般兵士達もそれに続いた。
プレイヤー達も――覚悟を決めた。
「決めた! これが終わったら俺ぁバーバラに告白するぜ、ミサキちゃん」
そんなことを言いながら防御バフを重ねる誠。
今まさに矢を撃とうとしていたミサキは呆気に取られ、思わず誠を見た。
「急になんです……?」
「死亡フラグってやつだな。あらかじめ言っておくと死なずに済むらしいぞ」
「そうなんですか……」
親しみ、尊敬、敬愛。
彼女が人に対して抱く感情に、恋愛感情から来る好意というものはなかった。
恋愛に疎いミサキ。
しかし、それが好意からくるものなのか、単純に浮かんだだけなのかは分からなかったが――誠の言葉を聞いて、真っ先に浮かべた人物がいた。
(私は、もう一度貴方に会うまで死ねません)
プレイヤー達の魔法・槍・球体・矢などが乱れ飛び、大規模侵攻に襲いかかる。ミサキは扇状に無数の矢を放ち、誠は来るmob達へと備えた――!
*****
小さな攻略ギルド〝まれびと達〟のマスター海猫は、勇敢にも戦線に加わったことを後悔していた。
「ま、マスター……」
「わかってる、わかってるけど……」
所属メンバーは合計12名。
ほぼ全員が、最前線ギルドのどの方針にも反りが合わなかったはぐれプレイヤー。特別強くもないが、最前線を生き抜く強さは持っている。
大型ギルドに参加しない者達は、いわゆる〝縛り〟や〝上下関係〟〝決まり事〟を嫌う傾向にある。
死ぬといってもこれはゲーム。
ゲームくらい好きにやりたいのが心情だ。
志を同じくする者同士で集まり、日々、各町のどこかでいくつかのギルドが生まれている。
まれびと達もその一つ。
その中でも彼らは波に乗っていた。
ギルド用のクエストは、達成すれば仮に12等分しても報酬は膨大だ。先人の知恵のお陰で安全は確保されているし、大手のギルドじゃなくても十分やってこれた。
シオラ大塔の進行度も10%を超えた。
最初のボス攻略の目処も立っていた。
そんな折――今回の侵攻が発生したのだ。
(舐めてた……これが命を賭けた本当の戦闘)
幸いにも死人は出ていない。
しかし、戦闘不能の者は半数を超えた。
二人は宿屋に引きこもり、四人が既に、武器を捨てて震えている。
地平線の彼方から湧いてくる異形達の行進。
手数で上回ってはいる。
レベルも上がり、闘いやすくもなっている。
なのに、全く終わりが見えてこない。
(あと何時間、何十時間戦えばいいんだ……?)
コンマ数秒単位での駆け引き。
天使と悪魔が書かれたカードを前に、数少ない情報を読み取りながら、常に正解を引き続けるような感覚。
傷は癒えても精神は摩耗したまま。
苦労して倒したところでそれは有象無象の一体。
後ろには何百何千もの強敵が列を成している。
「マスター!!」
ゴギン! と、鈍い音と共に海猫の鎧が凹む。
視界の隅に、メイスを持った半透明の騎士が見えた。
どしゃりと地面に叩きつけられ、貫くような痛みに意識が遠のく感覚。
無情にも騎士のメイスがトドメの一撃を振り翳した。
「《牙の軍》」
半透明の騎士が狼に噛み砕かれる。
それが合図となり、墨色に輝く狼の群れが波のように押し寄せた。
狼の群れはmob達を飲み込むように食い散らかすと、勢いそのままに、周りのmob達へ襲い掛かってゆく。
海猫の体を緑色の光が包み込み、LPと、そして動かなかった足が回復した。
「死なせない」
白蓮は踊るように杖を振るう。
サモナー系に属する職業 星紡ぐ魔法使いは、効果時間が短い分、魔法の威力が非常に高い。
白蓮は、辺り一体のmob達を殲滅させると、助けた海猫には目もくれず他のプレイヤーのカバーへと向かっていった。
「マスター!! 無事ですか?!」
「ああ、うん……」
ひどく現実味がないが、生きていた。
凹んだ鎧をさすると、遅れて恐怖が蘇る。
「後退しましょう。私、もう限界です」
泥に塗れたサブマスターが涙を流す。
海猫は力強く立ち上がると、晴れ晴れとした顔で、傷心のサブマスターを見下ろした。
「俺もここにいる皆を守りたい。だからもう少し頑張ってくるよ」
そう言って再び剣を取ると、mobの群へと向かっていった。サブマスターは乱暴に涙を拭くと、海猫の後を追いかけた。




