182話 s
魔導兵が列を成し、機械竜が空を飛ぶ。
甲鉄城では巨大な砲台が幾つも動き、地下迷宮に砲身を向け待機していた。
「しかし、あの王が動いてくれるなんて……」
「地下迷宮をクリアしたおかげですね」
フラメの疑問にワタルが答えた。
はるか前方にいる魔道兵達の背中を見つめながら、紋章のメンバーも隊列を形成してゆく。
「地下迷宮の奥に発生していた侵攻――つまり先を目指すには精霊を倒さねばならず、精霊を倒すということは、大量の侵攻を相手にするということ……この世界はどこまで理不尽なの」
地平線の彼方を忌々しそうに睨むフラメ。
短剣を持つ手が怒りに震えている。
城の兵器がどれだけの働きをするのか――これがひとつ、大きなポイントになるだろう。
アリストラスのNPCは慌てふためくばかりで、多少の支援をしてくれるだけだった。しかしサンドラスは「武」によって国を収めてきただけあり、その戦力は雲泥の差である。
「機械の兵器を腐らせるわけにはいかんだとさ」
「頼もしいが、本当にアテになるのかねぇ」
絶望的な状況に置かれながらも、軽薄そうに笑い合うハイヴとアラン。
ハイヴは召喚した宝石の竜を撫でてやりながら、地下迷宮の方へと視線を移した。
「どうにかできねーなら、このまま全滅するだけだろ――」
シオラ大塔の建設中、天使によって攻撃されたことで、天使を殺すために機械の兵器を蓄え始めたサンドラス甲鉄城。
天使達が「脅威にならない」と判断したその機械の力は、一体どれほど期待ができるのだろうか。
プレイヤー合計:719名。
一般の兵:およそ150名。
機械の兵:およそ500体。
機械の竜:合計3頭。
その他兵器:迫撃砲、魔導砲、レーザー等。
これが、サンドラス甲鉄城に控えた全ての戦力である。
「問題は全体のレベル、種類、そしてボスか」
未だ静かに佇む地下迷宮を見下ろしながら、誠がそう呟いた。
適正40以上のエリアの、更に先にあるエリアに湧いていたはずの侵攻――となれば最悪の場合、レベル50クラスの化け物の存在も十分考えられる。
隣に立つミサキは、銀弓の弦をぐいぐいと確かめながら、戦闘準備を着々と済ませていく。
「皆さん流石ですね」
「ん? 何がよ」
「隊列もそうですし、それに――」
機械の兵隊を前にして、その後ろに西から無所属プレイヤー、黄昏の冒険者、八岐、紋章、aegisと並んでいる。
「アリストラスの侵攻の時とは違って、皆さん覚悟されているじゃないですか」
ミサキの手は微かに震えていた。
未知の敵の大群が押し寄せてくるこの状況で、落ち着いていられるわけもない。
しかし、誠をはじめとする他の面々は、どこかリラックスした様子すら伺えた。
「から元気だよ」
盾を杖にしながら、誠はそう答える。
「あの時とは置かれた状況が違うんだ。特に紋章以外のメンツは、ここで逃げたら単なる腰抜けになっちまう」
最前線組はクリアを最優先という大義名分のもと、かつてのアリストラスを襲った侵攻に関与しなかった――しかし今回の侵攻は最前線の先から押し寄せている。
つまり、前回の言い訳は使えない。
それに、後ろに逃げても状況は変わらない。
前の敵を倒し尽くして初めて助かるのだ。
「前の時に比べて準備時間もないしな。諦め、吹っ切れ、開き直る。ここにいるやつの半数以上はソレで気持ちを作ってるはずさ」
かくいう誠もその一人だった。
今にも震えそうな足を、ガンガンと叩いて叱りつけた。
「速いのがきます!」
弓を番えたミサキが吠えるように叫んだ。
ミサキのマップには無数の小さな点がサンドラス目掛けて飛んできており、それはもう肉眼でも確認できる距離にまできてきた。
大量の黒い何かがうねりをあげ、まるで何か巨大な一匹の怪物のように形を変えて、城へと向かってくる。
輪唱蝙蝠 Lv.35
ソーン鉱山近辺mob図鑑から引用すると、複数匹で行動する輪唱蝙蝠は、獲物を囲って音を出し合うことで三半規管を狂わせ、動けなくなった獲物を巣に持ち帰るのだという。
『魔導砲、発射準備!』
全員の耳にタウロン王の声が響いた。
城に備わった巨大な砲台が音を立てて動き出すと、それは空高く飛ぶ蝙蝠の群れに発射された。
ヒン!! と、薙ぎ払うようにして空を貫く光線――コンマ数秒遅れて発生する轟音、爆発、衝撃波によって、いくつものポリゴンの花が咲く。
戦場に、戦利品と金が降り注ぐ。
「あんなにいた蝙蝠がほぼ全滅か……」
「気を付けてください、まだいます!」
輪唱蝙蝠は機械兵達の間を抜け、一直線にプレイヤー達へと襲いかかる。辺りに悲鳴や怒号が飛び交いはじめ、それはミサキと誠のもとへもやってきた。
二人の目の前に躍り出た巨大な蝙蝠。
大きさは翼を含めて5メートルほどもある。
齧られただけでもかなり痛そうだ。
「『こっちこい』」
挑発によって輪唱蝙蝠は誠へと攻撃を始める。そしてミサキが無防備になった背へと矢を射ると、蝙蝠は悲痛な叫び声を上げてのたうち回ったのだった。
威力の高い鋼鉄の矢でも一撃では倒せない。
ミサキの額に汗が流れた。
「[乱れ打ち]」
放たれた無数の矢が放物線を描き、蝙蝠の群れに刺さってゆく。ドスドスと、二本の矢が刺さった蝙蝠は地上へ落ち、落下衝撃によって命を散らしていった。
(城の兵器がかなり押してくれているからまだいいけれど……ボスに通用するかどうか)
ミサキはそれ以上のことは考えないようにして、誠が集めた蝙蝠をひたすら撃ち落としてゆく――レベルが上がってゆくのも気にせぬまま、力の限り殲滅を続けていった。




