181話 s
紋章ギルド、黄昏の冒険者ギルド。
八岐ギルド、aegisギルド。
新設されたギルドのメンバー。
そして無所属のプレイヤー達。
正門前に有力プレイヤーが一堂に会した。
「大規模侵攻についての作戦を立てる!」
空気を揺るがすような声が、ざわつく群衆達を圧倒した。
地面に大剣をズンと刺し、切迫した表情のアルバが続ける。
「侵攻はサンドラスで食い止める」
その作戦に、誰かが意見した。
「あ、アリストラスには結界があるんだよな? ならアリストラスまで全速力で戻りながら、他の町からも戦力を補給して、倒せなければ引きこもってもいいんじゃないのか……?」
「ちょっと待ってくれ! そもそもこんな悠長に作戦会議なんてしててもいいのか?!」
群衆の一人がそう叫ぶと、他の群衆からも不安がる言葉が上がり始める――見かねたワタルがミサキへ歩み寄る。
「侵攻はどのくらいでここに到着しますか?」
「そうですね……」
ミサキは侵攻発見時から、少し経った現在までの時刻と、侵攻の大多数がいる場所とを比べ、それに答える。
「このままのペースなら2時間後にはここへ辿り着きそうです」
今すぐという話ではないようだ――。
それを聞いた群衆達が安堵の声を漏らした。
しかし、ミサキは一層声を張り上げて言う。
「ただし、先発組――恐らくは飛行能力を持つモンスターの群れは、15、20分程度でここに着くと思います」
エリアを飛び越えてやって来る侵攻もある。
ミサキの言葉に群衆は再び絶望したように項垂れた。
今度は黄昏を代表し、白蓮が続けた。
「時間はそう多くないんだ。アリストラスに戻って戦うにしても、先に追い付かれる可能性もある。退却戦は被害が大きい。そうでなくても他の町にも被害が及ぶ上に、最後は非戦闘民達を巻き込む形になってしまう」
ざわつく群衆達が徐々に静かになってゆく。
引き継ぐ形でフラメが口を開いた。
「それに、サンドラス甲鉄城には、アリストラス以上に〝迎撃〟するための装備が整っています。そのための要請に今――」
「お前ら喜べ。肥満の王様が動くとよー」
やる気のなさそうな声が響いた。
階段を降りるようにやってきた八岐のメンバー、そして先頭を歩くハイヴが何かの紙をヒラヒラさせている。
「本当か?!」
「ああ、この通りだ」
そう言ってハイヴは紙をアルバへと手渡す。
そこには王からの勅命が記されてあった。
○○○○○○○○○
グランドクエスト
依頼内容:大規模侵攻の殲滅
依頼主名:タウロン王
有効期間:無制限
募集人数:無制限
依頼詳細:セルー地下迷宮より大規模な侵攻が発生。全ての兵士は武器を取れ。我々は、甲鉄城のあらゆる兵器を用いてこれを迎撃する。
○○○○○○○○○
王が直々に書き記したクエスト用紙。
いわゆる、グランドクエストの用紙である。
慌ただしくなる城内。
民衆達は一様に建物の中へと逃げ込んでおり、兵士NPCは武器を持って外へ向かってゆく。
機械の兵士達が隊列を組んで正門から出て行くのを見送りながら、プレイヤー達は再び作戦会議に集中した。
「機械兵といってもレベルは30前後。これから来るであろうmobは、低く見繕っても40はあるはずだ。あまり期待はできない」
空を飛び交う機械の竜に視線を送りながらアルバは複雑そうな面持ちでそう言うと、ハイヴ達へと向き直り、頭を下げた。
「すまない、首謀者かのように決めつけてしまって」
「いいって。ってか、実際そんなようなもんだしな……」
短くそう答えるハイヴ。
どうでもいいと言いたげな様子で、アランが「さっさと決めようぜ」と煽った。
「ミサキちゃんが見ている限り、敵は地下迷宮から直線的に攻めて来ます。城を全方位で守らずに済むだけ幸運と言えますが、当面は飛来する侵攻を叩き、後続の本丸が合流する前に殲滅することです」
フラメの言葉に白蓮も小さく頷いた。
「最初は甲鉄城の兵器が一掃、私達は機械兵とNPC兵の後ろに陣取って、撃ち漏らしを確実に仕留めます」
ギルド毎の配置・役割もフラメが図を使って説明した。といっても、他ギルド同士の連携など期待はできないため、基本的には各ギルドが正面の敵を倒すような力技となる。
「能力向上・経験値上昇の食糧配ります!」
配給が始まると、いよいよ開戦といった雰囲気に包まれた。
能力向上は当然として、経験値上昇も戦いの中で大きな助けになるだろう。
防御力上昇の骨つき肉にかぶり付きながら、誠は辺りを見渡した。
(以前の侵攻とは何もかもが違うはず……)
本当にギリギリだったキングゴブリン戦。
今回は舞台が最前線なだけあり、戦いへの覚悟が強い者は多い。ゆえに、アリストラス方面へ逃げ帰ったプレイヤーはごくわずかだった。
「皆さんに幸運を――!」
それだけ言うと、ワタルはゆっくりとした足取りで正門の方へと歩き出す。そしてワタルに続く形で、紋章メンバー達も進軍した。
「君も参加するのか」
ハイヴがミサキに声をかけた。
そしてミサキの様子を見て、少し驚いたように目を見開く。
「怯えてるのか?」
「そりゃあ、怖いですよ……」
かつてアリストラスを壊滅せんと発生した侵攻は、ミサキのささやかな平和を壊していった――前回は奇跡的に大勢助かったが、今回がどうなるかなんて分からない。
「他の人が死ぬ姿を見て、正気でいられるかどうか怖いんです」
呟きの内容に、ハイヴは微笑を浮かべた。
「戦いに怯えてるわけじゃないなら安心だな」
「戦いだってこわいですよ!」
「戦いが怖いやつはな、どうやっても戦場には来れないんだよ。プレイヤーの場所も分かるんなら知ってるだろ? 宿屋に鮨詰め状態になってるプレイヤー達のことも」
ミサキはそれについて何も答えなかった。
アリストラスに逃げる者こそ少なかったが、宿屋に逃げ込むプレイヤーは実に多かった。
最前線といっても、ある程度の安全マージンを取りつつ攻略をするもの――しかし今回は敵の強さも、種類も、正確な数でさえ分からない状況である。
ゴキキと首を鳴らしながら、隣にアランが立った。
「ま、なるようにしかならねぇから」
「皆さんはいいですよね……レベルが6も上がったらしいじゃないですか」
「おうそうだ。精霊をぶっ倒したお陰で俺達はレベルが上がり、絶望的な侵攻が生まれたわけだ。まぁ、その後始末は俺達がしなきゃなんねぇだろ」
そう言って、八岐のメンバーも正門へと進んでいった。
銀弓を握る手に力を込めながら、ミサキも意を決して戦場へと走り出した。