180話 s
訓練所に激しい戦闘音が響く――
巨木のような大剣が弾かれ、光の剣が迫る。
「ぬうん!」
遠心力に身を任せ大剣の軌道を変えるアルバ。
光の剣と鍔迫り合いの形になると、歯を見せて笑った。
「そう易々と取らせてはもらえませんね」
「これでも実力派で通っているのでな」
不敵に笑うワタルとアルバ。
紋章のツートップの戦闘を見に集まった大勢のプレイヤーの中に、白蓮と誠がいた。
「前のパーティメンバーに電話してみたんだ」
激しい撃ち合いが繰り広げられる風景をどこか遠くに感じながら、誠が寂しそうな顔で呟く。
「今はラオ達と組んでるって子達だよね? 全員無事だったのは本当に幸運だったわね」
親友をひとり失っている白蓮。
彼女もまた自責の念に囚われていた。
「無事、といっていいんだろうか。ショウキチの様子には本気で考えさせられたよ……」
電話口で大泣きするショウキチの声が、誠の耳から離れなかった――なぜあんな子供を置いて最前線に来てしまったんだろうと、誠は本気で悩むようになった。
「バーバラには遠回しにだが応援されたよ。キョウコとケットルは強がっていたが、内心しんどいはずだ」
そう続けたのち、誠はさらにつぶやいた。
「俺、ここにいていいんだろうか……」
その言葉を複雑そうに聞きながらも、白蓮はキッと睨むように誠へと視線を向ける。
「心残りがあるなら戻ればいい」
驚いた誠は白蓮を見るが、気まずそうな様子で視線を逸らし、頬を掻いて俯いた。
「悪いな……愚痴っちまって」
「別にいいわ。同じパーティなんだし……」
それに――と、白蓮も床に視線を落とす。
「私だってたくさん後悔してきた。偉そうなことは言えないけど、貴方の気持ちも分かる」
大勢の仲間と親友の死によって心を砕かれ、残された親友と手を取り合うこともせず、残ってくれたギルドメンバー達とも壁を作ってきた白蓮――彼女もまた、自分の選択を悔やんでいた。
でもね、と、白蓮は再び誠を見た。
「皆を救うために最前線へ来たあなたはとても勇敢だわ。けれど、自分だけを信じて突き進んでも、横を歩いてくれる人がいなければ……示してくれる人がいなければ、そのうち道を見失ってしまう」
誠は静かにそれを聞いていた。
遠くでぶつかり合う金属の音が響く。
白蓮はワタル達の戦いを見ながら続ける。
「あなたには私やミサキちゃんがいるし、バーバラさん達もいる。どちらの道を選んでも、どちら側もきっとあなたを恨んだりはしない。こんな贅沢なことはなかなかないよ」
そう言って、白蓮は微笑んだ。
「戻ることは恥ずかしいことじゃないわ。進むことも愚かなことじゃない。一晩迷って、しっかり答えを出せばいいじゃない」
「……そうだな」
バーバラに慰められ、ショウキチには泣きつかれ、何が正しいかを見失っていた誠は、白蓮の言葉でようやく吹っ切れたようだった。
(一番愚かなのは、差し出された手を払うことだから)
かつての自分と誠を重ね、最悪の選択をしないように導いた白蓮。彼女は自分を救ってくれたミサキや誠、信じてついてきてくれたメンバー達を二度と裏切らないと心に誓い、最前線にてラオ達を待つと決めていたのだった。
「――!」
突如、全身を駆け抜けた悪寒に身を震わせる白蓮。
見れば誠だけでなく、ワタルやアルバも同じように動揺しているのが見えた。
「なにかがおかしい……」
そう呟いたワタルが戦闘を中断し外へと飛び出した――誠と白蓮は頷き合うと、同じように外へと駆け出した。
*****
サンドラス甲鉄城は夜の闇に包まれていた。
町の喧騒は変わらないし、NPCに変な動きもない。
いつもの風景といった様子である。
「何もない……けど、なんなのこの嫌な気配」
白蓮は胸を抱きながら辺りを見渡した。
異変を察し、外へ出たのはごく限られた人数であることが分かる。
「まさか侵攻か?」
「あり得るかも。でも、これほど肌で感じるものなの?」
警戒心を強める誠と白蓮。
少し離れた場所に立つワタルとアルバは、ある一点を見つめて動きを止めた。
「誠さん、白蓮さん!」
二人が視線を移すと、慌てた様子でミサキが駆け寄ってきた。
彼女がいれば侵攻の有無がわかる――そう考えた白蓮が口を開くよりも前に、アルバの怒声が町の中を貫いた。
「いったい何をしたんだ!!」
アルバの視線の先には八岐のメンバー達がいた。
合計6名。中にはハイヴとアランの姿もある。
騒ぎを聞きつけた他のプレイヤー達も外に出てきていた。
「何もしちゃあいねえよ」
アランが鬱陶しそうにため息を吐く。
それとは対照的に、ハイヴは真剣な面持ちでアルバを見た。
「地下迷宮の大ボスを倒してきた」
「地下迷宮の大ボス?! もうそんな所まで……」
「といっても、殆どがaegisの連中の功績だけどな」
そう言いながら、今度はワタルへと視線を向ける。
「ボスは精霊とかいうやつで、LPが0になるまで一切の攻撃をしてこなかった。その時点で妙だったんだが、精霊が死ぬと何かが壊れ、何かが起こった」
なんとも要領を得ない言葉だったが、ワタルもまた真剣な表情でそれを聞いている。
「天使とかいうのが現れ、俺達のレベルを上げていった。俺達は撤退し、今ここにいる」
今度は別のメンバーがため息を吐いた。
マスターの判断に不満があるような顔だ。
「なぜか撤退させられたん――」
「これの原因はその天使にあると?」
愚痴るように言うメンバーだったが、ワタルは邪魔だと言わんばかりにそれを無視すると、ハイヴに尋ねた。
ハイヴはゆっくり首を横に振る。
「いや、恐らくその後ろの奴らだ」
「後ろってどういう――」
アルバがそう問い詰めるのと同時に、どこからか耳をつん裂くような甲高い悲鳴が響いた。
誠と白蓮に支えられながら、ブルブルと体を震わせる――悲鳴の主、ミサキ。
ワタルの額に汗が滲む。
「ものすごい量……地下迷宮……時間の問題……止められる?……見たことが……!」
顔の真っ青なミサキを心配そうに抱く白蓮。
ズカズカと歩み寄るアランは「どけ」と乱暴に言い、怯えるミサキを見下ろした。
「敵はどのくらいいるんだ?」
その言葉に周りは騒然となった。
賢い者は、あのミサキがいの一番に怯えた理由を考え、ワタルのように戦慄していた。
正面門の方でどよめきの声が起こる。
「あ、おい! まだ戻ってくるぞ!」
「ありゃaegisの連中か……?」
「なんか数が少なくねえか?」
サンドラス甲鉄城にaegis達も帰還した。
歯をガチガチさせ、明らかに怯えた様子の者もいれば、空な目で独り言を呟く者もいる。
サブマスターの松の姿はあるが、シロカドの姿はなかった。
「回復を急いで!」
「何か飲めるものを持っていってやれ!」
「休める場所に運ぶのを手伝ってくれ!」
慌ただしくなる城内。
離れた場所に腰掛けながら、刀を抱くようにして震える松が、正門の方を見ながらつぶやいた。
「逃げられない……誰も……」
ミサキはアランを見上げ、それからワタルを見た。
「大きな反応は少なくとも六つ。全部で千を超えるくらいの大群が攻めてきてます」
大きな反応とはつまるところボスを指す。
一つのボスは一つの侵攻を作り出す。
つまり――六つの侵攻、千の軍が、壊れた祈りの奥から押し寄せていたのである。




