179話 s
紋章第7部隊は、合計30人のレイドを組んでとある場所へと向かっていた。
オルスロット修道院――。
修道院とは、神の教えに沿った求道生活を集団で行う場所とされており、修道士や修道女は毎日祈りと公祈祷(聖堂などで行う公的な礼拝)を行なっている。
しかし、ゲーム開始から今日まで、教会のみならず修道院にもNPCの姿はなく、どこか荒廃したような寂れた雰囲気となっている。
プレイヤー達はそれを「神はない」という残酷なメッセージだと解釈していた。
「待っててもよかったのに」
困ったように後ろを振り返るバーバラ。
そこにはキョウコのみならず、ショウキチとケットルの姿もあった。
「俺達が早くに気付いていれば、きっと救えた命もあったんだ。だから皆が残していったかもしれない遺品探し、俺も手伝いたいんだ」
明るく振る舞っているように見えて、ショウキチの笑顔はどこか寂しそうだった。
無言で頷くだけだったが、ケットルもまた、複雑な面持ちで修道院を見つめていた。
今回のレイドは解放者達に殺された者達の遺品回収が目的で、修道院内にmobは湧かないが、万が一に備えこのような大規模な人数となっていた。
「そういえば、誠とはもう話した?」
そう切り出すバーバラに、キョウコとケットルは頷き、ショウキチは視線を逸らす。
「誠からの電話で大号泣だったもんね」
「こ、声聞いたら勝手に涙がさ……!」
などと小突き合うケットル達の会話を聞いて、バーバラが小さく笑った。
「? どうしたんです?」
「ううん、なんでもないわ(誠は私に大号泣したなんて誰にも言えないし……)」
楽しそうに笑うバーバラを、キョウコは不思議そうに眺めていた。
「解放者達の遺品はどうする?」
「確かに、売るのも憚られるわね……」
「混ざってた被害者の遺品は整理したんだし、残りは二人の裁量に任せるよ」
そんな会話をするラオと怜蘭に、先頭を行くKが提案した。
解放者達を討った際に得た被害者達の遺品は、身元が分かった範囲で友人や知人へ引き渡し、分からないものはギルドの倉庫に保管してある。
問題は解放者達本人の遺品だ。
アイテムボックスの空きも無限ではなく、かといって彼らが所持・装備していた物を使うには手に余った。
「彼等の武器に関してはお墓として使っているからいいとしても、防具までお墓に置くわけにもいかないし……」
紋章カロア支部の敷地内には、被害者達の墓が設けられている。そしてそことは別の場所になるが、解放者達の墓も設けられていた。
間違っても他の人間が気づくことのないように、暗く離れた場所に彼等の墓はある――が、防具一式まで墓におけば、万が一、被害者の友人達がそれを見て気分を害する(解放者達と見間違う)可能性もあるため、武器だけがそこに刺してある。
「ギルドの倉庫に入れて知らずに誰かが装備してもまずいしな。まぁ無難に納品依頼に使うか、売るしかないかな」
と、ラオはそう呟いた。
クエストには装備品の納品依頼というものもあるため、運が良ければ、解放者達の装備を求めているNPCが現れるかもしれない。
そうすれば経験値や別の装備と交換できる。
それが無理なら、最後は売るしかない。
「ん? なんか様子が変だな……」
何かに気付くK。
先に向かっていた斥候が慌てた様子で戻ってくる。
「敵……?」
反射的に大剣の柄に手を伸ばす怜蘭。
一向に緊張が走る。
「大変だ!」
どたどたと走ってくる斥候は、息も絶え絶えな様子で、修道院を指差しながら続けた。
「修道院の中にたくさんNPCがいる!」
*****
紋章レイドの前には別世界が広がっていた。
薄暗かった建物内は昼間のように明るくなり、讃美歌にも似た歌が遠くから聞こえてくる。
そして――忙しなく動く修道女達。
「本当にNPCが出現してる……」
驚いた様子でそう呟いたK。
教会や修道院がエリアの合間合間に多く存在していることについては、プレイヤーの間でよく話題の種になっていた。
mobが入れない聖域であること。
NPCがいないこと。
この二つだけが、これらの施設に関して分かっていること。熱心に調べたプレイヤーでも、クエストや聞き込み、文献からもそれ以上のことは得ることはできなかった。
何を祀っているのかも――。
「ごきげんよう」
入り口で立ち往生するレイドメンバー達へ、一人の修道女が声をかけてきた。
スカプラリオに身を包み、白と黒のヴェールを被っている。
十字架はぶら下げていないものの、現実世界の修道女とほぼ同じ出立ちであることがわかる。
「私はオルスロット修道院の修道院長を務めておりますウーナと申します」
そう言って、淑女の礼をしてみせるウーナ。
レイドメンバー達は狐につままれたような気分で、ウーナ修道院長に倣って挨拶をする。
「あのー、皆さんはいつからここに?」
単刀直入にそう尋ねたのはKだった。
ウーナは笑みを崩さず小首を傾げる。
「? 私達はずっとここで祈りを捧げておりますよ?」
そんなはずはない――と、皆が思った。
ならばここで行われていた大量殺人はなんだったのかと。
とはいえ、彼女達を責める者はいない。
さっきまでいた者が消え、そして現れる。クエストNPCなどがまさに神出鬼没だ。
ゲームキャラとは得てしてそういうものだと全員が理解し、深くは聞かなかった。NPCにまともな返答も期待できないから。
「祝福を受けに参られたのですか?」
ウーナがそう続けた。
気になったバーバラが逆に質問する。
「祝福……ってなんですか?」
「我々と共に祈りを捧げますと、天使様の加護を受けられるのでございます。冒険者様方は皆、戦いの前に必ず祈りに参られます」
胸の前で手を合わせるようにして、ウーナはそう説明した。
「戦いの前に必ずってことは、何かステータス部分で恩恵が期待できるってことか?」
「やってみる価値はありそうだけど……」
ラオの言葉に賛同しつつも、本来の目的を遂行したい怜蘭は困ったように院内を見渡す。
以前とは別の建物になったような、全く様変わりした修道院内。
行き交う修道女達はざっと見ても20人以上はいる。
見える範囲で遺品が落ちてる様子もなく、この人数をかき分けて捜索するのはかなり骨が折れそうだった。
「というか……ここで祈りを捧げるなんて、ちょっと無理かも」
ぽつりと、ケットルがそう呟いた。
ピクリと、ウーナの眉が動いた気がした。
注意すべく口を開いたバーバラだったが、瞬間、解放者達の姿がフラッシュバックする。
彼等は人を殺すためにこの場所で祈らせた。
目の前で堂々と殺人が行われながらも、バーバラ達は何もできなかった――だから、ケットルの気持ちも理解できた。
「とりあえず当初の目的を果たそう」
Kの言葉を合図に全員が修道院内に散らばると、落ちているアイテムの捜索に移った――といっても、それなりに時間が経っているのもあり、何も残っていなかった。
「祝福は受けられないのですか?」
ウーナが再びそう尋ねてきたが、どうやら他の皆も同じ気持ちだったようで、誰も祝福を受けようとはしなかった。
ひとりを除いては――
「俺、やってみる」
「ちょっとショウキチ……!」
「神様に祈るなら解放者とは違うだろ?」
止めようとするケットルを手で制し、
ずいと前に出るショウキチ。
「俺は神に祈ります」
「我々が崇めるのは天使様ですよ」
笑顔で強く否定するウーナ。
どっちも同じようなもんじゃんと心中で呟くショウキチが、修道院の奥へと歩いていく。顔を見合わせたバーバラ達も、その後についていった。
「ん?」
他の修道女達が囲うような形で祈りを捧げる物を見て、ショウキチの頭に疑問符が浮かぶ。
「なんで空席を崇めてるの?」
修道女達が崇めていたのは大きな椅子だった。
王が座るような豪華なソレに座る者はおらず、けれど修道女達が必死に空席を崇める姿が少し異様に映った。
それを見透かしたかのように、ウーナは空席を見上げながら語り出す。
「神は決して人里へ降りてはきません。神が人に何かを伝えたい時、必ず天使様が現れます。天使様は神の代弁者で執行者。この席は降りてきた天使様のための席なのです」
ウーナはそう説明し、祈りに加わった。
ショウキチは「そ、そうなんだ」などと相槌をうちながら、意を決したように祈った。
誰もいない大きな椅子に向け、願った。
(死んだ人が安らかに眠れるように、見守っていてください)
その直後――想いをのせて祈ったショウキチの体が、黄金色に輝いた。
「これが……祝福……?」
ショウキチは祝福されたことを実感した。
そして祝福による変化にも気付いていた。
慌てた様子で皆に向き直る。
「ステータスが上がってる!」
数値にしておよそ10%の上昇率。
現れた見慣れないアイコンに視線を送ると、祝福の説明を読むことができた。
《天使の祝福》
光の神は天使を作り、天使は人々を見守った。罪人には裁きが下され、希望の子らには祝福がもたらされる。欠かさず祈りを捧げなさい、より大きな祝福を求めるならば――
加護レベル1:取得経験値25%増、ステータス10%増、回復量10%増、MP消費量10%減。
効果時間 23:59:55
それは、あまりにも大きな恩恵であった。
ショウキチがその効果について説明すると、バーバラ達を始め、警戒していた後ろのメンバー達もこぞって前へとやってきた。
「こんな大味な……何がキッカケだ?」
「まさかPKじゃないでしょうけど……」
Kとバーバラがそう唸った。
その間にも他の面々は祈りを捧げ、受け取った恩恵に歓喜している様子が見えた。
「効果時間は24時間だって! 一日一回、祈りに来ればレベル上げや攻略がうんと楽になるぞ」
と、嬉しそうに語るショウキチ。
こうして、教会および修道院に新しくNPCが配置され、プレイヤー達は大きなアドバンテージを得たのだった。




