178話 s
シオラ大塔を抜けた先、そのエリアは広がっていた。
セルー地下迷宮――
世界に三箇所存在する巨大な迷宮のひとつ。
かつて迷宮を生み出す異能を持った賢者が造ったとされるその迷宮は、侵入者を排除する魔物や罠が存在する。
周囲には高濃度の魔力が漂っている。
それらは魔物にとって最高の餌であり、人間には毒となる。
ここで喰われた者は迷宮の糧となり、迷宮は更に大きくなってゆく。
「呆気ねえな」
「第四フェーズまで情報あればこんなもんだろ」
地下迷宮を攻略する数十名の集団。
第三のボスを倒し、最後のボス部屋を目指していた。
天井のない神殿のような空間。
側面が黄色い色味の石壁で作られており、先に続く道をグルリと囲う形で、細かな装飾が施されている。
迷宮内を照らす、魔法の炎が揺れている。
「聞きましたか? 紋章が撤退する話」
妙に機嫌良さそうに笑う白門。
彼は巨大攻略ギルドaegisのマスターである。
紋章が黄昏の冒険者(白蓮)と手を組んだと聞いてからのシロカドの動きは早かった。
なにしろ向こうにはマップ開拓の壊れスキル[千里眼]がある。
それに噂に聞く生命感知が併されば、駆け抜けるようにエリアを攻略されてしまう――エリア初攻略報酬を持っていかれてしまうのだ。
エリア初攻略報酬はギルドに箔をつけるためには必須の報酬。
シロカドは黙って紋章達に渡す気などさらさらなかった。
「ここのエリアはいい……私の二重魔法がよく通る」
そう言って杖を撫でるシロカド。
その後ろを退屈そうにハイヴ達が歩いていた。
(なーんかきな臭いな)
シロカドに対してではない。
エリアに対しての漠然とした不安。
ハイヴは妙な違和感を覚えながらも、
その正体には気付かないまま、先へと進んだ。
「それにしてもそちらの〝情報屋〟は何者なんです? もしや二人目の千里眼とか?」
「アイツはそんなんじゃねーよ。なんつーか、嗅覚が異常なだけ」
面倒臭そうにそう答えながら、何度かの戦闘をこなした後、aegisと八岐連合レイドは遂に最後のボス部屋までたどり着いた。
「んじゃこりゃ……」
引いたような様子でアランがそう呟いた。
神話に出てきそうな豪華な神殿がそこにはあった。
穢れひとつないその空間の中心には、ひときわ目を引くものがあった。
女神のような風貌の光の人型が、燃え盛る檻の中、胸の前で手を組んで座っているのだ。
どうやらあれがここの大ボスのようだ。
「戦闘配置!」
シロカドの指示でプレイヤー達が列を成す。
aegisの戦い方は超分業制で、まず盾役がひたすら耐えて攻撃パターンを学習、そして魔法部隊と弓部隊が交互に攻撃してどちらが効くかを検証、本格的にバフを炊いて攻略に臨む。
危険を冒さない堅実な攻守。
特に防御に関しての総合力はワタルを凌ぐほど――まさに絶対防御である。
「私好きにやっていい?」
「まぁ俺達はいつも通りでいいだろ」
「作戦立てても意味ねーもんな」
ゆるい雰囲気で展開する八岐の面々。
参加しているのは6人だけだが、その全てがギルドのトップ8に名を連ねる猛者である。
個々の力は抜きん出ているが協調性にかけるため、エリア攻略は適当かつ気まぐれ。
それでも他の攻略ギルドと進行度が同じところに、彼等の能力の高さが窺い知れる。
今回は多額の報酬に合意してaegisと共闘している。
ジリジリとaegisの盾部隊がボスへと近付く。
炎の檻に囚われたボスは微動だにしない。
『異人達よ、どうか――』
全員の脳内に声が響いた。
盾役達は思わず頭を抱え、うずくまる。
「何をしているんです! 攻撃が飛んできたらどうするんです!」
シロカドの檄が飛び、盾役達が立て直す。
その間も脳内には声が響いていた。
『どうか――、私を――』
その距離わずか2メートルの所まで到達。
しかしボスに動きは全く見られない。
ひたすら脳内に変な言葉が流れるだけだ。
「カウンター型のボスなら埒が開きませんね。全方位からの攻撃でアドバンテージを取りに行きますか……」
そう呟くシロカド。
攻撃がないことに関して『プレイヤーからの攻撃を受けて始まるタイプのボス戦』だと分析し、作戦の変更を考えていた。
「盾部隊は配置を横一列に! 後方部隊はボスに向け10分ちょうどに攻撃行きます」
10分ちょうどまで残り50秒ほど――
後方部隊は一斉に準備に入り、バフやアイテムが乱れ飛ぶ。
「無抵抗なボスに総攻撃とは気乗りしないな」
面倒そうに呟くハイヴ。
「そんなこと言ってると報酬減らされるわよ」
「はいはい」
メンバーに促され相棒を呼んだ。
『宝石の竜』
ハイヴの背後に巨大な魔法陣が現れた直後、這い出すように現れたのは、一匹の竜。
紫の宝石の如き美しいその竜は、βテスト・製品版でも例の少ない〝高級召喚獣〟の一角。
八岐の王、ハイヴの力の象徴。
aegisのメンバーから驚嘆の声が上がった。
「俺は待機でいいよな」
「いや遠距離攻撃あるだろ」
「後方部隊って言ってたぞ」
いつもの調子のアランとハイヴ。
そして残り10秒前となった――
「惜しまず全力で叩きます!」
シロカドの言葉を合図に、方々から攻撃の雨霰が火の檻目掛けて降り注ぐ! 同レベル帯のボスならば一撃で消し飛ぶほどの威力はあるが、エリアの大ボスとなればそうはいかない。
爆風が止み、砂煙が収まる。
「なに……?」
シロカドは驚愕の声を漏らした。
『どうか――、どうか――』
LPは確かに減っている。
しかしボスは戦闘開始時と同じ格好、同じ体勢で、変わらずそこにいた。
「これは……」
異様な光景にハイヴも思わず動きを止める。
戦場では考えられないほど、長い沈黙の時間が流れた。
「これはチャンスです」
シロカドが微笑んだ。
「この手のボスは珍しいがいないわけではありません。第二形態、あるいは第三形態まであるタイプもいましたが、これもまさにそれでしょう」
シロカドの言葉に多くの者が納得する。
途切れていた攻撃が再び始まると、ボスの声は聞こえなくなったが、未だピクリとも動かなかった。
*****
「つまらねぇボスだな」
そう言いながら籠手を装備するアラン。
ハイヴはクライノートを待機させたまま、
ボスが放った言葉の意味を探っていた。
(何を訴えようとしている?)
前提クエストは受けた。が、こんなイベントに繋がる内容のものはひとつもない。恐らく今届いているメッセージから汲み取るしかないのだろう。
「AYA、奴の脳内メッセージを一応書き起こしておけ」
「承知」
そうしている間にもボスのLPはみるみる減ってゆく。
流石は大ボスといった膨大なLPも、反撃がなければただの的――戦闘開始からおよそ5分も経たずして、残り10%のところまできた。
(第二形態? 本当にそんなのがあるのか?)
シロカドの仮説を鵜呑みにせず、
独自の路線でボスの性質を紐解いてゆくハイヴ。
そして残りLP5%になった頃だ――
『異人達よ、どうか私を、』
繰り返す言葉はそればかり。
肝心な部分は聞こえない。
「一気にカタをつけましょう!」
そう言ってシロカドの固有スキル二重魔法によって生成された二つの大きな魔法陣が電撃を帯び、轟音と共に炎の檻を貫いた!
『どうか私を――、』
ハイヴ達の脳内に再び声が響く。
『壊さないで』
突如、ガラスが砕け散るような音と共に、ボスの檻は破壊され、人型だったモノは人間のような姿に変化してゆく。
ボスのLPは0になっている。
「倒したのか……?」
誰かの呟きが響いた。
ほどなくして天から何かが飛来した。
「て、天使?」
まさに天使と形容するに相応しい。
四メートルほどある人間の体。
腰から生えた四対の翼。
顔にはパーツはなく、のっぺりとしている。
背中には巨大な金色の輪がゆっくりと回転しており、一切装飾のない長剣をそれぞれが持っていた。
それぞれ――そう、天使は二体いる。
『感謝イタシマス、希望ノ子ラヨ』
妙に機械的な声が再び脳内に響いた。
巨大な二体の天使は倒れ伏すボスの両脇に降り立つと、持っていた剣で、クロスさせるようにしてボスの体を貫いたのだ。
ボスの絶叫が脳内に響く。
それは、この世の終わりのような大絶叫だった。
《火の精霊を倒しました》
《天使の祝福によりレベルが+6されます》
その場にいる誰もが言葉を失った。
ボス撃破による経験値とは違い、直にレベルが上がったのだ。
ボス攻略でレベルが+6された例などない。
それも現在のレベルに関係なく、である。
『天使ノ施設ヲ活用シナサイ』
『我々ハ希望ノ子ラヲ助ケル存在』
二体の天使はそのままどこかへと消えた。
地下から見える空は綺麗に星が見えた。
「うおおおおお!!」
遅れてやってくる大興奮と絶叫の声。
経験値が渋いこのゲームでは、類を見ないほど大きな報酬だ。
「……俺たちの助けはいらなかったな」
呟くようにハイヴが言った。
ステータス確認に勤しみながら、シロカドはそれに答えた。
「だからといって約束の報酬を渋ったりはしませんよ」
「ああ、そりゃ当然だ」
空返事な様子にシロカドは眉を顰めた。
「どうしました? こんな褒美の後だというのに」
「なーんか不気味だなと思ってよ」
まぁいいやと踵を返すハイヴ。
「お前ら出るぞ」
「うええ? ステ確認まだなんだけど……」
「んなのはいい。さっさと行くぞ」
帰還の準備を始める八岐のメンバーを、
不思議そうな顔でシロカドが呼び止める。
「戻る? 次のエリアの確認もせずに戻るのですか? 次が拠点だったらどうするんです?」
最前線組がエリア開拓を競う理由に、
拠点解放のボーナスというものがある。
最初に拠点を解放した個人・あるいはギルドは、拠点内のNPC友好度の上昇からギルドホーム設立費の軽減など、活動拠点として開拓するまでの恩恵が大きい。
そしていち早くギルドホームを設立できれば、利用するNPCによって勝手に資金が増え、ギルドは豊かになっていくのである。
「そんなもん今は興味ねえよ」
そう吐き捨てながら、
振り返ったハイヴはシロカドを睨み付けた。
「悪いことは言わねえ。大人しく俺達と戻れ。この嫌な気配が分からないか?」
対するシロカドがせせら笑う。
「どちらにせよ我々は先に行ってその気配とやらを確認し、そこではじめて判断します」
ハイヴはシロカドへの説得を諦め、
視線を彼のギルドメンバー達に向けた。
「後ろのお前ら。いくらギルドに所属してるからって思考を放棄してんじゃねえぞ。物事は自分の意志で決めるもんだ」
しかし皆が聞く耳を持たずに動かない。
ハイヴは舌打ちと共に踵を返した。
「このままいたら巻き添えだ……」
八岐の面々は足早に退散し、その場にはaegisだけが残ったのだった。