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177話 s

 



 入場してくるプレイヤー達の多くが、

 部屋の一角に座る異質な3人組を見て足を止めた。


「何見てんだよ」


 アランがギャラリーをひと睨みすると、

 野次馬達は気まずそうに方々へと散っていった。

 アランは「ケッ!」と、舌打ちをした。


「紋章様お抱えの武器職人はいねえのか?」


 退屈そうにアランが尋ねる。


「いえ、いますよ」


 そう答えながら、せっせと装備の手入れを行うミサキ。


 牙の短剣、銀の弓、銀の矢、紋章の鎧。

 武器には耐久値というものが存在するが、

 見た目で損耗の具合を知ることはできない。


 たとえ破損寸前の武器だとしても、見た目上、刃こぼれや血糊が残ったまま――という状態にならないという意味である。


 つまり武器職人でもない限り、ミサキの行為はほぼ無意味。しかし、彼女の目的は武器や防具の補修とは別の所にあった。


デスゲーム(こんな世界)になったからでしょうか。人から貰った物が前よりもすごく大切に思えるんです。それに、私を守ってくれているこの子達への感謝の気持ちも大きいです」


 スゥと、愛おしそうに弓をひと撫でするミサキ。

 銀の矢はその数を半分近くまで減らしてしまっている。


 矢は消耗品。


 回収できる物もあるが、彼方へ飛んでいくこともあるし、敵と共に砕けることもある。


 特別な戦闘にだけ用いていたが、最前線にいる以上は仕方のないことだった。

 彼女が出し惜しみをすればレイド全体が危険晒される可能性があるのだから。

 セオドールが作ったミサキの武器達は最前線でもその威力を遺憾なく発揮している。

 特に銀の矢はボス攻略に大きく貢献してくれていた。


(この矢が無くなる頃には、自分の強さを実感できてるといいんだけど)


 見守るように座る八岐(ヤマタ)の2人。

 ひと通りを終わらせたミサキは「お待たせしました」と向き直った。


 改まった様子でミサキが口を開く。


「どうしてわざと負けたんですか?」


「口の減らねえ……」


「だって、さっきまであんなにやる気だったのに」


 腑に落ちない様子のミサキに、アランに変わってハイヴが答えた。


「ま、端的に言えば君の努力の跡を見て、認めちまったんだと思うよ」


「努力の跡、ですか……」


 相変わらず不機嫌そうだが、アランはそれを否定しなかった。


「そもそもアランと君じゃレベルの差的に戦いにはならないからな。まぁこれは、ハンデ付けたから言いっこなしだけど」


 アランはビーフジャーキーを齧りながら「当たり前だろ」とジト目を送る。


「本当のレベルはいくつなんですか?」


「48だ」


「よんじゅうはち?!」


 ミサキは声を上げて驚いた。


「じゃあ本当に、実際の強さで戦ったら勝ち目なかったじゃないですか……」


 みるみるうちにしおらしくなるミサキ。

 それを聞いてアランはクククと笑う。


「お前アホだな。最初からそう言ってただろ。にしても……お前くらい(・・・・・)になると実力差も肌で感じ取れるようになるはずなんだがな」


 この世界でレベルもといステータスが上がるというのは、

 言い換えれば「体の進化」のようなもの。


 経験値を得てレベルを上げていくことでプレイヤーは自分を高次元の存在へと進化させていく。

 その過程で、強者の実力を察知する能力も開花する――こともある。


 最前線組でもひと握りの才能。


 アランはミサキにその能力が備わっていると踏んでいた。

 それは、遠回しに彼がミサキを「認めている」何よりの証拠でもあった。


「暴言を聞き流せなくて……」


「素直というか頑固というかよぉ」


 再び吹き出すアランに「そんなに笑わなくても」と不機嫌そうに呟くミサキ。

 ひとしきり笑ったアランは、目尻の涙を拭いながらハイヴに視線を送る。


「こいつ気に入った。今の時代にゃなかなかいない」


「珍しいな」


「ちょっとだけ俺の妹に似てるしな」


 ハイヴは「そういうことか」と笑った。

 一人置いてけぼりなミサキが首を傾げる。


「妹さんがいるんですか?」


「そうなんだよ、こいつシスコンでさぁ。妹とその子供に会うために攻略勢に加わったんだよ」


「バッ! いらねえこと言うなよ!」


 士道亜蘭(シドウアラン)20歳――溺愛する1つ下の妹と、生まれたばかりの姪っ子に会うため、男は脱出を目標に最前線に立ち続けている。


 ばらされて不貞腐れるアラン。

 ミサキは意外そうな顔で驚いてみせる。

 ハイヴは乱暴に頭を掻きながら続けた。


「ま、俺も人のことは言えねえな。現実に戻らなきゃいけないだけの理由がある。だから先を見てる奴は好きだし、保身ばかりな引き籠りには反吐が出る。まぁ暴言についてはこっちが悪かったよ」


 そう言ってハイヴは素直に謝った。


 実際に暴言を吐き散らしていたのはアランだったが、ミサキはどぎまぎした様子で「いえ……」としか答えられなかった。


(悪そうな人達としか思わなかったけど……)


 振る舞いはチンピラのそれで、引き籠り勢を見下す発言こそ乱暴だが、裏を返せばゲームのクリアを本気で望み・挑んでいるということ。


 利害さえ合えば大きな力になり得るかも。

 ミサキはそう感じていた。


 八岐(ヤマタ)の悪名が世に轟いた最大の理由は、狂気ともいえる『LP0で敗北のPvPデスマッチ制度』の継続。


 いわずもがな、この世界は『LP0=死』である。


 降参での敗北が殆どを占めていたが、一歩間違えば簡単に死ぬ真剣勝負。

 フィールドでの戦闘ならまだしも、PvPで命をかける彼等を、多くのプレイヤー達は野蛮と言い、ギルドそのものを危険視するに至る。


 八岐がデスマッチを続けた理由――それは、現実への帰還を望んだハイヴが、死線の中でも安心して背中を任せられる戦士の中の戦士を厳選するためだった。


 他のギルドとは違い、八岐(ヤマタ)の精鋭八人の中に創立メンバーはハイヴしか残っていない。アランを含め、八岐の精鋭に名を連ねる猛者達は全てデスゲーム開始後にその席へと座っている。 


 覚悟の差が戦績に現れた――と言えるのかもしれない。


「強い奴には、こんなクソ世界を上り詰めるだけの〝信念〟ってものがある。コイツで言う所の妹やその子供だな」


 そう言ってハイヴはアランに視線を送る。

 ミサキは俯きながら小さく呟いた。


「信念……」


「弱い奴が引き篭もるのは正直どうでもいい。ただ使える奴が弱い奴に引っ張られるのは腹が立つ。俺達が外に出る日が遠のくしな」


 だから紋章は好かん――と、言い捨てるアラン。

 ミサキがこれに意見することはなかった。


「まあ約束は約束だ。もう馬鹿にする発言はしねぇよ」


 ぶっきらぼうに、小さくそう呟くアラン。

 ミサキは耳に手を添えて首を傾ける。


「なんて言いました?」


「もう馬鹿にしないって言ったんだよ!」


「君はアランを怒らせるのが上手いねぇ」


 そう言ってハイヴは再び笑った。

「さてと」と、立ち上がるハイヴ。


「準備運動する時間はもうないな」


「んあ? もうそんな時間かよ……」


 同じように立ち上がり、尻をポンポンと払うアラン。

 見上げる形でミサキが尋ねる。


「どこか行かれるんですか?」


「セルー地下迷宮のボスのトコロ」


 ハイヴはニヤリと笑みを浮かべた。

 ミサキは複雑そうな顔をしながらも、屈託のない笑みを二人に向けた。


「どうかお怪我のないように」


「なあに心配いらんさ。次のボスは情報がほぼまる裸だしな。問題は最後の大ボスか」


 八岐(ヤマタ)は既にセルー地下迷宮のクリア目前まできているようだった。

 しかし、少し状況が特殊らしい。


紋章と黄昏が離脱する(こんなこと)なら共闘なんてするんじゃなかったかもなぁ」


 と、ため息混じりに呟くアラン。

 それに対してハイヴが諌めるように答える。


「今回限りの協定だ。報酬もたんまりだし文句はないだろ? 攻略後にaegisをぶっちぎって先に進めばいいだけだ」


 この会話から、セルー地下迷宮をaegisと八岐(ヤマタ)が合同で攻略することが分かる。

 ミサキもそれに気付いていた。


「今後は我々とも共闘してくれませんか?」


 以前、ワタルからの提案をハイヴ達は交渉の余地なく断っているのだが……


 ハイヴは再びニヤリと笑うと、


「安くねえぞ」


 そう答えたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 八岐の2人いい人だけど死亡フラグ立ってる気がしてならない… デスゲームモノの醍醐味である緊迫感がすごい
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