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176話 s

 


 ミサキは変わらず訓練場に来ていた。


 正方形の戦闘フィールドが無数に点在するそこには、

 数えるほどしかプレイヤーがいない。


 紋章・黄昏メンバーがひとりもいない所に、

 事件の爪痕の大きさが伺えた。


 ミサキは鍛錬を怠らない。

 何もできない自分を変えるために。

 最後の瞬間(・・・・・)に後悔しないように。


(セルー地下迷宮は火属性が多いって聞いたし、とりあえず設定はレベル30のソウル・キャンドル辺りにしようかな)


 パネルを操作すると、地下迷宮仕様に変わったフィールドのいたるところに、青色の炎を揺らす大きなロウソクが現れていた。


 キレン墓地周辺mob図鑑から引用すると――ソウル・キャンドルは、館で殺された人の無念や怨念がキャンドルへと宿り、無作為に人を襲う魔物と化した姿である。炎の色・熱量はは怨念の深さに比例する。個体ごとにダメージ量が変わるのはそのためである。


 苦悶の表情を浮かべた人の顔が浮かぶ蝋燭が3本。青色の炎を揺らしながら、蝋燭台に乗って飛ぶその異形の姿に恐怖したプレイヤーも少なくない。


 出現を合図に乱れ飛ぶ緑の矢。

 三か所ある眉間全てに矢が撃ち込まれ、ソウル・キャンドルはなす術なく爆散する。


(……苦労して倒せる強さじゃなくちゃ意味ないか) 


 今度は設定レベルを35まで引き上げて、ミサキは再び弓を構えた。


 目の前に5体のソウル・キャンドルがゆらりと現れる。

 ミサキは無心でそのmobを狩り続けた。


 全滅させたら、また種類を変えてもう一度。

 全てのスキルを満遍なく使い、フィールドの特性に合わせて向き不向きを判断してゆく。


(もっとコンパクトに立ち回るには――? [闇纏い]と[潜伏]は必須。[変わり身]と[忍び足]で翻弄しながら[致命突き]を当てられれば、一人でも効率よく倒せるかも)


 遠くにいる敵ならば弓一択になるが、

 狭い道で近くに複数いる場合は短剣で捌く方がいい。


 弓と短剣、それと体術に長けたミサキの職業[隠者(ハーミット)]は、ひとりでも完結した戦闘が行える。薄暗く狭い地下迷宮では、その特性がフルに活用できる。


 十数回、数十回と戦闘を重ねてゆく。

 頭を介さずとも自然と動けるように、体に染み込ませるようにして短剣を振るい、回し蹴りを放ちながら、ミサキの思考は戦闘とは別のところにあった。


(修太郎さんが関わってるのかな)


 ミサキとてバーバラ達やK達の実力を侮るわけではなかったが、それ以上に、修太郎の実力を持ってすれば侵攻やPKなんて脅威にはならないだろう――そう考えていた。


 ミサキの中で、修太郎は「プレイヤーのピンチに現れるヒーロー」そのものだから。

 


「おーおー、すげえことしてんなぁ」



 不意にかけられた声に気付き、体を捻って着地すると、そこには二人の男が立っていた。


 癖のある黒髪の赤い瞳の男。

 浅黒い肌の筋肉質な刺青の男。

 八岐(ヤマタ)のメンバー達である。


 二人のことを知らないミサキは「ここ使います?」と、いそいそと退場しようとする。


「んあ、いいよいいよ。訓練場なんて今腐るほど空いてるし」


 そう言って手をひらひらさせる黒髪――もといHiiiiive(ハイヴ)は、退屈そうに欠伸をするトライバルタトゥーの男――アランと共に、ゆっくりとした足取りで移動を始めた。


「そうですか」


 そう呟いた後、訓練に戻るミサキ。

 再びパネルを操作するミサキの耳に、二人の会話が断片的に聞こえてきた。


「……も、千里眼の……だな」

「金で釣られ……下品な……」

「滅多な……ぞ」

「どうせ……ふざけてるよな」


 千里眼。

 金で釣られた。


 ミサキの手がピタリと止まる。


 操作の電子音が消えると、その会話は鮮明に聞こえてきた。


「実力も無い引きこもりの癖にスキルで荒稼ぎかぁ。楽して贅沢できて羨ましいなぁ、黄昏のマスター様はよぉ」


 ミサキの体が自然に動く――

 気付けばその二人の前に立っていた。


「白蓮さんの話をしてましたか?」


「あ? なに?」


 アランが挑発的な笑みを浮かべる。

 ハイヴは額に手を当てて「ほら見ろ」と呟いた。


「白蓮さんは戦場で立派に戦っていましたし、スキル提供への見返りも求めていません。これが正しい白蓮さんです。訂正を求めます」


 普段のミサキなら取らない行動だった。

 しかし、白蓮の過去や葛藤、そして立ち直ってからの行動を間近で見ていたミサキには、アランに間違った情報を拡散されることが我慢ならなかった。


 アランは「へぇ……」と首を鳴らす。


「自分の意見を認めさせたいんなら、俺を実力で屈服させてみろよ。ここは実力が全ての世界で強い奴が偉いし正しい。合理的だろ?」


 ことデスゲーム化したeternityにおいては、アランの主張が正しい。

 リアルの世界にあった「権利」や「平等」は今や消えてなくなり、純粋な力が支配する世界と成ったのだから。


「仮に強い人が間違ったことを言っていても、あなたはそれに従うってことですよね?」


「そりゃもちろん」


 ピリリと空気が張り詰める。


 まさに一触即発といった雰囲気だ――が、

 ほどなくしてアランは苦笑を浮かべ頭を掻いた。


「やめとけ、場数が違う。多分喧嘩にすらならねーよ」


 手を払うようにシッシとやるアラン。

 しかしミサキは立ち退こうとはしなかった。


「強くて偉い人には意見することすら許されない。そんなの悲しいし、不便です」


 アランの笑みがフッと消えた。

 ミサキは背筋にゾクリと怖気を覚える。


「じゃあ聞くが、弱者に耳を傾けた紋章ギルドはどうなったんだ? 明日の朝また帰るんだってなあ? 今やaegis(イージス)八岐(俺達)より勢いも実力も劣ってるじゃねえか」


「勢い? 実力? 貴方が人命よりも大事にしているものってそんなものなんですか?」


 その言葉にアランは座った目で黙り込んだ。

 ミサキは自分の主張を曲げなかった。


 胸に手を当てながら続ける。


「私は弱くて、物を知らず、愚かです。でも――戦えない人達に手を差し伸べる紋章の人達を悪く言われるのは我慢できません」


 アランは挑発的な笑みを浮かべる。


「ならどちらが正しいか、腕っ節で決めようか。俺が負けたら発言の撤回だったな? お前が負けたら何するんだ?」


 ハイヴが呆れたようにため息を吐く。

 ミサキは曇りない瞳でそれに答えた。


「何もしません!」


 キョトンとした顔で呆気に取られるアラン。


「はぁ? 意味わかんねーこと言うなよ」


「だって私のほうが弱いなら最初から不利ってことですよね? その上負けたら何かしろって、極悪非道ですよ!」


 当然ですといった顔で言ってのけたミサキ。


 アランはブルブルと怒りに震え、

 ハイヴはプルプルと体を震わせている。


「めちゃくちゃなこと言ってんじゃねえぞ! そっちの意見は通したい、こっちの主張は聞きたくないって単なるワガママじゃねえか!」


「ええそうですよ! 貴方がめちゃくちゃなことを言っていたから、私もめちゃくちゃします!」


 いがみ合う二人にハイヴは堪らず吹き出した。


「お前ら子供じゃないんだからやめてくれ!」


「ガキはコイツだろ!」


「ならどっちがガキか戦って決めましょう!」


「趣旨変わってんじゃねーか!」


「あっはははは!!」


 火花を散らす二人を大笑いするハイヴ。

 なんとも異様な光景はしばらく続いた。


 肩で息をしながらようやく落ち着いたアランは、ギロリと睨んで唸るように言う。


「完膚なきまでに叩き潰してやる。負けても何も求めねえ、でもな――もう俺に意見できねぇくらいに心を折ってやるよ」


 殺気と呼ぶに相応しい強烈な威圧。

 それでもミサキは一歩も引かなかった。


 対mobばかりやってきたミサキは、対人戦の経験がほとんどない。ゆえに、見ず知らずのプレイヤーと対戦する機会なんて本当にレアであるし、勝っても負けても貴重な経験になる――と、ポジティブに考えていた。


 彼女は案外、神経が太いようである。

 銀の弓を握りしめながら、ミサキは頷いた。



「やりましょう」




*****





 対人戦経験の浅いミサキから見ても、Hiiiiive(ハイヴ)の出した条件は、自分有利に設定されているように感じた。


 ルールはこうだ。


 致命傷3本先取(首、心臓などの急所への攻撃が成功すれば1本)という試合形式で、アランのレベルはミサキと同じ32に変更。


 おまけにスキル熟練度も全て30に変更され、

 アランは相当な弱体化を強いられていた。


 アランの武器はその身一つ。

 どうやら格闘家系統の職業だと分かる。

 マップ選択権もミサキにあった。


「セルー地下迷宮かよ」


 変貌してゆくマップを見ながら意外そうに呟くアラン。

 定石通りでいけば、ミサキには弓という遠距離の武器があるため、近距離型のアランに有利を取るなら通常広いエリアを選ぶからだ。


 準備を進める彼女は淡々とこう答えた。


「次の攻略エリアなので」


 ハイヴは「ほお」と感心する。

 当然、負けを覚悟した目つきでもない。


(仮に負けても経験になる、か。単なる世間知らずの真面目ちゃんかと思ったが、案外食わせ者かもしれないな)


 彼女がこの状況で、勝ち負けよりも〝別〟のものを見ていることに気付いたから。


(格闘職の立ち回りが勉強できるいい機会だよね)


 ミサキは心の中でそう呟きながらゆっくりと深呼吸し、精神統一を図る。

 カロア城下町でのPKの件もあり、地下迷宮の攻略中にいつプレイヤーに襲われるかも分からない。

 だからその対策も兼ねて、ミサキは狭いエリアで対人戦闘の経験を積むことを選んだのだった。


 アランが両拳を打ち付けると、拳の先から金属の防具がカチカチと構築されてゆき、やがて分厚い鉄の籠手へと姿を変えた。

 弦をギィギィと引いて手応えを確かめた後、ミサキは顔を上げる。


「うちのルールで言うと、始まりの合図は取っていない。互いが相手の呼吸を読んで、好きな時に動くといい」


 そう言うと、ハイヴは楽しそうに壁へと背をもたれた。

 ミサキは緑色の矢を番えたまま相手の出方を伺う。アランはミサキの動きを警戒する様子もなく、低く構えてニヤリと笑った。


「行くぜ」


 ドンッ! という爆発音と共に、アランは一気に駆け出した。

 歩くたびに地面は抉れ、その速度は距離がつまるほど上がっていく。


「[速射]」


 ミサキは弓使い系職における最速攻撃スキルの[速射]を発動。そして属性付与の矢の中でも最速と謳われる緑の矢――[風の矢]を放つ。


 眉間に吸い込まれてゆくその刹那、それを難なく躱すアランだったが、同時にミサキの姿を見失った。


(どこだ……?)


 ミサキはアランのすぐ背後にいた。

 矢と自分を入れ替える[変わり身]だ。

 牙の短剣がアランの背を捉える。


(距離の有利で押すと見せかけて、近接職()相手に近距離……)


 大胆なミサキの戦略。

 不意をつかれたアランは地面を殴りつけた。


 ズドン! という凄まじい音。


 そしてガガガと地面を抉りながら進む鉄の拳が、ブレーキと方向転換の役目を同時に行い、一瞬のうちにミサキと向かい合う。


 両者の攻撃が交差する刹那――

 金属音の後にミサキの短剣が宙を舞った。


「[金剛双打]」


 加速する拳にスキルを乗せ追撃するアラン。

 短剣を失い、隙だらけのミサキ――は、空にいた。


 弾かれた短剣への[変わり身]。


 手には銀の弓が握られている。


「[連射]」


 空からの5連射がアランの体に襲い掛かる。

 そのうち3発は籠手に防がれるも、1発は足先、もう1発は心臓部を捉えていた。

 ミサキはアランから一本先取したのだ。


「短剣が弾かれる所まで作戦か」


 驚愕の表情を浮かべるアラン。

 スタッと降り立つミサキが微笑んだ。


 弾かれた短剣との位置も入れ替えつつ、

 素早く得物を弓へと変えて放ったミサキの矢。


 アランは獣の如き嗅覚でそれに気付くも、

 全てを打ち落とすことはしなかった(・・・・・)


 おもむろに武装を解くアラン。

 ミサキは不思議そうに眉をひそめる。


「俺の負けでいい」


 ハイヴが意外そうな顔で「いいのか?」と呟くと、アランは小さく頷いた。


(明日は槍が降るな……)


 そんなことを考えながら試合終了のボタンに手を伸ばすハイヴに、ミサキが待ったをかけた。


「終わりですか?」

「ああ。満足したらしい」

「……」


 そっちから持ちかけておいて――と、不服そうな面持ちでアランを見つめるミサキは、彼の纏う雰囲気の違いを感じ取る。


 ただ仁王立ちするその体には、先程までとは違い(・・・・・・・・)一文の隙も見当たらない。

 ミサキはここで初めて「相手が本気を出していなかった」ことに気付いたのだった。


 気まぐれで勝負を譲ってくれた。

 その理由が分からないミサキを差し置いて、3本先取のPvPは、相手の棄権により呆気なく幕を閉じたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] PVPをするならレベルやスキル熟練度や装備品などその他を均一化してプレイヤースキルのみで対戦するか。レベル差、スキル、装備品をそのまま対戦のどちらかかな?
[一言] 同じレベル、同じ程度の装備などハンデで負ければ立ち回り、プレイヤースキルで負けてるということ
[気になる点] わさびさん 今日のタイトルsつけ忘れですか? [一言] 此処まで4部読んで場面転換が多く読みにくく感じる事があり、どうしてかなぁ?って考えたんですが毎日追いかけてるからという結論に。…
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