171話
不自然なほどに長く歪な形の穴を、三人と三匹が音もなく駆け降りてゆく。
「なんだこれは……」
斥候達は穴の終わりを見下ろし、戦慄した。
眼下に広がる漆黒の闇。
真夜中よりも暗く、そして冷たい。
闇の中で蠢く強者達の気配。
その数を計り知ることはできない。
ここまで来てなぜ気付かなかったのかと、斥候達は自分の能力の低さを責めた。なぜなら城内にいる者の気配は、自分が倒してきたどの敵よりも圧倒的に強かったから。
「ラオファン……」
「行くしかないだろ。そうなってるんだよ」
と、隊長格の斥候が真っ先に穴から降りた。
長い滞空時間の後、城へと降り立つ。
遅れて小さな物音が背後から続いた。
「国の平和を脅かすモノは放置できない」
そう呟きながら隊長格の斥候――ラオファンは辺りを見渡した。
ダンジョンはNPC達にとって珍しいものでもなかった。
それは侵攻と同程度に認知された〝災害〟的なもので、その性質上守備的なために、侵攻ほどの脅威にもならない。
穴の上から観察した限り、このダンジョンは一般的な〝アリの巣タイプ〟とは違い、何の目的か巨大な城の形をしているようである。
城があるなら、その主はさしずめ王か。
ラオファンは皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「見たところ入り口付近には罠がありませんね」
警戒した様子で他の斥候がそう呟く。
自分の城に無粋なものは置かない。そういう意味なのかもと、ラオファンは深読みした。
主によってダンジョンの姿は様々で、罠が極端に少ない場合、主のプライドが異様に高いという傾向にある。
ダンジョン内にいる配下達の実力、あるいは自分の武力に自信があるか。
「穴蔵のヌシ風情が王とはな」
闇夜のルファ達は毛を逆立てて何かを恐れていた。
未知なる脅威に震えるのは斥候三人も同じことだが、体で分かっていても、頭で分かっていてもなお、彼等は自分達の役割に抗うことはできない。
先頭をラオファン、後ろを二人が固めた。
隅々まで掃除が行き届いた城内には、赤色の絨毯に金の刺繍で何かの模様が描かれていた。それを見たホリヴァイは豊富な知識から〝王を意味する言葉〟だと悟り、深いため息を吐く。
「城内にすら罠が無いとはな……」
ここまでのダンジョンは珍しい。
こうなると武力と武力での戦いである。
斥候の役割では戦闘は二の次。
主な仕事は罠の解除、索敵、目的地へのルート確保である。
ラオファンはここで、先にケールトンのモンスター達に暴れてもらい、その間にダンジョンコアを探すのが得策だと考えた。
後続組へと合図を送った、その時だった――
「まさか……王自らお出迎え、か?」
短剣を抜き放ちながら、ラオファンは遠くを睨んだ。
長い長い廊下の先から、金属が擦れる音と共にモンスターが現れたのだった。
ひと言でいえば、豪奢な鎧を着た大男(或いは女)。
黄金を彷彿とさせる煌びやかな金属の板金鎧に、見事な装飾が施されている。
長剣と盾も同様で、さながら高名な騎士のよう。
顔はヘルムで隠れて確認できないながら、その奥に怪しく光る青の瞳がひとつ――隻眼か? と、ラオファンはそんなことを考えていた。
相対すれば嫌というほど伝わる存在感。
歴戦の強者のソレを纏った格上の存在。
コレがこの城の頂点に違いないと、
戦慄の中でラオファンはそう確信した。
背後で続く落下音と雄叫びのような声――それが後続組のモンスター達だと分かると、ラオファンは半歩後ずさって笑った。
「総力戦といこうか、穴蔵の王様」
コアが破壊されればダンジョンは終わる。
が、主を破壊してもそれは同じことである。
*****
戦闘が始まってしばらく経った。
穴の上から様子を伺う冒険者ホリヴァイは、ケールトンからの突撃命令を待っていた。
「妙だな……」
訝しげに目を細めるケールトン。
先ほど現れた騎士とモンスター達の激突後、どういう訳か斥候達も戦闘に加わっているではないか。作戦通達時にはなかった動きだが、ここから推測できることは只ひとつ。
あの騎士こそダンジョンの主、ということ。
「作戦変更だ。あの騎士を倒せばダンジョンが破壊できる」
「そうですか。なら分かりやすくていい」
他の冒険者がそう頷く。
ホリヴァイは眼下で繰り広げられる戦闘を見ながら、いち早く違和感に気付いた。
(あの大群が押し返されている……?)
騎士が剣を振るうたびに、モンスター達が紙屑のように吹き飛ぶ。
一度は城内に入った斥候およびモンスター達が、再び回廊部分へと弾き出されている。
体勢を立て直し、再び襲い掛かるモンスター。
幸い30いた数はほとんど減っていない(一匹は奈落の底へ落下していったが)ため、騎士の攻撃力はそれほど高いわけではないようだが、攻めあぐねているのは事実だった。
「出るぞ」
隣のS級冒険者が剣を抜き放つ。
皆に続き、ホリヴァイも戦場に降り立った。
両腰に備えた長剣を抜き、騎士と対峙する。
聳える――というほどではないが、見上げるほどの体躯。
装備は見たことのない装飾の鎧と盾。
得物は肉厚の長剣だった。
装備の質、技、存在感。
祖国にいる騎士達よりもはるか格上。
「[貫く氷塊]」
「[捕縛する手]」
魔法使い達が先行して魔法を放った。
無数の手が騎士を縛り付ける。
そして、巨大な氷塊が騎士の胸を貫いた。
それを合図に斥候達の弓矢が乱れ飛ぶ。
その間もモンスター達の攻撃は止まない。
「全弾命中!」
誰かしらかの声を後ろに聞きながら、ホリヴァイは両手の長剣を構えて駆ける――総勢10名ほどの前衛達が騎士と激突する直前、聖職者達が強化の魔法を唱えた。
「[不屈なる意志][鋼鉄の体]」
「[研がれた刃][重撃]」
盾役へは耐久値の上昇魔法を。
攻撃役へは攻撃力上昇魔法を。
湧き上がる力を感じながら、冒険者達の武器が騎士を穿つ。
凄まじい金属音の後、前衛達は硬直した。
その中の一人、ホリヴァイが違和感に気付く。
(攻撃が通らない)
脅威はその凄まじい剣圧に非ず。
真に恐るべきは――その耐久力。
攻撃が全く通用していない。
斬撃も、魔法も、毒も、呪いも、全て。
総攻撃を受けてもビクともしない騎士。
巨大な鉄塊、或いは大木の如し。
《Accompany Mob:ベオライトLv.120》
ベオライトとはよく言ったものだと、ホリヴァイは心の中で皮肉る。
正に〝鉄壁〟。
驚くべきは未だ盾を使っていない所か。
単純な鎧の耐久力のみでこの硬さである。
盾を構えれば更に硬度は増すということ。
ホリヴァイは恐ろしさを感じ、身震いする。
思いがけず長期戦の構えとなり、冒険者達の顔に焦りの色が見えた。
騎士の反撃は死者が出るほどではない。回復さえ怠らなければ負けることはない――と、たかを括っていたホリヴァイは、ある事実に気が付いた。
味方が凄まじい勢いで死んでゆくのだ。
(これも騎士の攻撃によるものか? いや、もっと別の何か……)
ホリヴァイは飛来する何かを咄嗟に避けた。
避けた先にいた冒険者にそれが当たる。
黒色で、ネバネバした液体のようだった。
冒険者は鬱陶しそうにそれを拭っている。
(これは……!!)
ホリヴァイがソレの正体に気付くよりも先、冒険者が事切れた。
液体が付着した場所は溶け、体が蒸発するように消えてなくなる。
「敵は騎士だけじゃない!! アビス・スライムがいる!!」
ホリヴァイの言葉に周りは絶句した。
アビス・スライム――スライム種の上位に位置する最強種のひとつ。それらは物理的な攻撃技をほとんど持たないながら、あらゆる属性への耐久性と、凶悪な属性攻撃を得意とする。
アビス・スライム1匹の討伐には、S級の聖職者が最低でも4人必要とされている。それだけ倒すにも耐えるにも厄介な存在なのだ。
総攻撃を仕掛けても無傷な騎士に加え、混戦に乗じてアビス・スライムが攻撃してきているとなれば、本来なら退却一択の絶望的状況であった。