170話
解放者という巨悪を討ち、ようやくデスゲームが戻った頃――修太郎の元へ、不穏なメッセージが届いた。
《警告 ダンジョンへ侵入者が向かっています》
皆からの拍手の音が遠のくような感覚。
心臓が脈打ち、じわりと嫌な汗が流れる。
「えっ……?」
それは修太郎が初めて目にする警告文だった。
修太郎は一瞬何が起こったか分からなかった。
呆けている彼の元へ、第一位魔王からの念話が届く。
『主様。どうやらこの城に侵入者が現れたようです』
「!」
ようやくその意味を理解した修太郎。
すぐさまその場にいる皆へ向き直った。
「ごめんなさい、ちょっと用事が!」
「えっ、あっ、待って修太郎……!」
ショウキチが呼び止める声も無視する形で、
修太郎は颯爽と駆け去っていったのだった。
*****
ロス・マオラ城へと戻った修太郎は、慌てた様子で警告文をタップし詳細を確認した。
『はじめてのダンジョン防衛について』
『ダンジョンは侵入者を倒して大きく強くなるもの。防衛を避けては通れません。勝てば経験値とアイテムが、負ければ一からやり直し。しっかりと備えて迎え撃ちましょう』
切迫した状況とは裏腹の、のんびりとした説明文が現れる。
これが娯楽ならばイベントの一環だと楽しめただろう。
しかし今、レジウリアの空に浮かぶ〝ダンジョンコア〟が破壊されてしまえば、修太郎を含む城の全員は永遠の闇に葬り去られるのだ。
一難去ってまた一難――
「皆無事?!」
開口一番、修太郎はダンジョン全域に声をかけた。
『おお、主様の声だ!』『何が起こっているんでしょうか』『有難い……!』『侵入者と聞きましたが!』『しんにゅうしゃ、ってー?』『この国に悪い人が来たってことじゃよ』
老若男女が入り混じった声。
それはレジウリアの民の声だった。
侵入は事実としても、皆に危害は及んでいないことに安堵する修太郎。
『状況をお伝えします』
エルロードの声が響く。
『姿が見えないので予測になりますが、敵の数はおよそ60。半分が人で、半分がモンスターです。数こそ大した事はありませんが、厄介な事に……』
そう言って言葉を切り、そして続ける。
『その全てがレベル100を超えています』
*****
冒険者ホリヴァイは、国の近くに確認された不審な穴の調査に出向いていた。
現状では人的な被害はなく、中からモンスターが現れたこともない。悪意がないからと放置されていた任務だったが、出現経過時間を鑑みて、脅威になる前に駆除を行うという運びになったという。
討伐隊は全部で30人。
そしてゾロゾロと続くモンスターの群れ。
「ダンジョンにここまでの軍勢が必要なのか?」
ホリヴァイは、特にモンスター達を訝しげに見やりながらそう呟いた。
レイドの長の名前はケールトンといった。
通り名は――千の魔獣使いケールトン。
恵まれた固有スキル「魔獣軍使役」の効果によって、多くのモンスターを従える事ができるというS級冒険者である。本当に千匹連れては歩けないが、個体を選ばなければ100は使役できると聞いたことがあった。
ケールトンの他にS級冒険者は8人。
ホリヴァイもレベル120に達した際にようやくS級冒険者と認められ、これが初めての依頼となった。
強者揃いの最果ての地の依頼とはいえ、単なるダンジョンにこれだけの戦力を投入するのは珍しい。冒険者ホリヴァイはそんなことを考えながらも抗えない力を疑問視することもなく、歩みを進めていた。
「まずは斥候組が視察、私の下僕を三匹連れて行くといい」
穴を降りながら、仏頂面の男――ケールトンが呟くようにそう言った。
斥候は全部で三人。
その全てがA級だ。
eternityにいる武力を持つNPCにはそれぞれ役割が存在する。
〝兵士〟という存在は、プレイヤー達のセーフティーエリアである国や町を防衛する。たとえば侵攻や国の中でのいざこざには、この兵士達が武力で対応する。
そして〝冒険者〟という存在は、主に国の外での活動を生業としている。
プレイヤーが参加したクエストに稀に参加してきたりもするが、基本的には勝手に各々がクエストを受けてエリアの中を移動するので、エリア攻略の際に遭遇するNPCがいれば、十中八九この冒険者という存在となる。
冒険者の階級はS〜Fまである。
功績や実績を加味するという設定こそあれど、その階級はほぼレベルに依存している。Fならば1〜、Eならば20〜、Dならば40〜といった具合だ。A級となれば100〜119の間に位置し、120に到達すれば晴れてS級ということになる――
ケールトンが杖を振るうと、猫ようなモンスターが音もなく現れた。
中型犬ほどの体躯に、深い黒色の毛並み。
鋭い爪と、返しのついた牙。
闇魔法と風魔法を使う知能の高さと優れた索敵能力を持ち、牙には即死級の毒を持つ。
ロス・マオラ周辺mob図鑑から引用すると――闇夜のルファは、白夜のルシアと双璧を成す猫系種族の頂点に位置する種である。彼等を音や匂いで見つける術はなく、また、牙に備わる激毒に争う術もない。
「合図が無ければモンスターの軍を進める。混乱に乗じ、我々はコアの破壊を優先する」
ケールトンの言葉に斥候が頷く。
斥候達はそれぞれ一匹ずつ黒猫を連れ、滑るようにして穴を駆け降りていった。