165 s
螺旋階段を進む一行。
全員の体を白と緑色の光が包んでいる。
どこからともなく聞こえてくる翼の音――そして小さな雷鳥の大群を連れ現れたのは巨大な鷲。
白蓮の持つ杖がギチチと音を立てる。
白蓮はその鷲をただたただ見つめていた。
大きく嘶くフェンダール。
「(アレが来る――!)」
最悪のキッカケとなるあの攻撃が。
轟音と共に放たれた電撃がメンバー達を貫く!
しかし、体を包む白い光がそれを阻んだ。
ダメージはない。
あの突風さえも、加護によってそよ風一つ感じない。
「うおおおお効かないぞ!!!」
「ざまあみろ糞チキンが!!」
「顔洗って待ってやがれええ!!」
諦めたように飛び立つ雷鳥を、黄昏メンバー達は興奮した様子で罵った。その中の誰一人として笑っているものはおらず、むしろ叫ぶ者全員が涙を流していた。
「こんな簡単なことで……」
仲間達は大勢死んだのか――と、言いかけた言葉を飲み込む白蓮。
キーアイテム「風の羽根」雷鳥の雛が落としたとされる羽根。母鳥が子を守るための強力な風の加護が付いており、これを持つ者は母鳥の風圧の影響を受けない。
キーアイテム「雷電の羽根」雷鳥の雛が落としたとされる羽根。母鳥が子を守るための強力な雷の加護が付いており、これを持つ者は母鳥の雷の影響を受けない。
この塔を攻略する上で必要不可欠ともいえるキーアイテムを、かつての黄昏は見落とし挑戦したことになる。
「(何故私たちはこんな単純なミスをしたんだろう)」
先を急ぎながらもはじめてのエリア攻略自体は慎重に取り組んでいただけに、白蓮の中でこの大きなミスに違和感があった――が、今更考えても仕方がないことだった。
そろそろ頂上部分だ! という誰かの声に白蓮はハッと我に帰り、額を思いっきり叩いて気合を入れた。
*****
シオラ大塔 頂上部ボス部屋。
階段を登り終えた一行の眼前には巨大な巣が鎮座しており、キィーンという鳴き声と共に、雷鳥フェンダールが目の前へと降り立った。
「着いた、んだよな?」
「俺まだ回復薬使ってないぞ」
驚くほど少ない消耗でボス部屋まで着いたことに黄昏メンバー達は驚愕していた。
「フェンダールも練習通りに」
ワタルの声で気合を入れ直すメンバー達。
シミュレーションで幾度となく戦ったボス。しかし今回は本番で、命の掛かったこの場面で緊張しない者はいない――いないはずなのだが、ワタルの存在が皆の緊張を和らげる。
気負った様子もなく語るワタル。
「レイドB、Cの盾役は僕の敵視が安定したのを見計らって所定の位置へ!」
紋章・黄昏メンバーが入り乱れた総勢54名の攻略チームでは、合計九つのパーティが完成する。それらを三つ毎に分け一つのレイドとして組み、完成した三つのレイドをABCと呼んでいる。
レイドのメイン盾役には「高い統率力」と、なにより「忍耐力と耐久力」が求められる。そしてレイドはこのメイン盾役を軸に動くことになるため、必然的にリーダーの役割に当てられることが多くなる。
「アルバさん、誠さん、よろしく頼みます」
ワタルの視線の先に立つ二人の男。
Bチームのメイン盾役アルバ。
言わずと知れた紋章ギルドのサブマスターにして紋章屈指の実力者。
少人数での攻略であればワタルがメイン盾役を務め、火力の高いアルバがサブ盾役兼攻撃役に回ることも多い――ちょうど侵攻に対処した時のような形である。
チームAを構成するのは紋章の精鋭部隊。
チームBを構成するのも紋章の精鋭部隊。
そしてチームCを構成するのは――。
「まあアレだ、あの二人に任せておけば安心よ。俺はあの二人より柔らかいから回復役さん頼むね」
などと軽薄そうに笑う誠。
彼の後ろに並ぶのは黄昏のメンバー達だ。
気合を入れる黄昏メンバーを前にして、
こそこそとミサキに耳打ちする誠。
「(なんで俺がリーダーなんだろうね)」
「(実力順だと思いますよ?)」
「(だとしたら層がペラペラすぎるだろ!)」
不本意そうにしながらも再びCチームの前に立つ誠は、わざとらしくウオッホンと咳払いをしたのち口を開いた。
「えぇーと、この一週間……準備期間としては本当に短かったと思う。その短い期間でここまで完璧に仕上げられたのは、ひとえに皆の努力の賜物だと思う」
メンバー達はその言葉を黙って聞いている。
皆を引っ張っていくようなカリスマ性を持つワタルやアルバや、皆が付いていきたくなるような魅力を持つ白蓮など様々なタイプがいる中で、誠はそれとはまた違ったリーダーの器を見せる。
皆を後ろで支えるような大きな包容力――そして安心感が誠にはあった。
彼だけがそれを未だ自覚していない。
「黄昏ギルドは色んな苦労や苦悩に打ち勝って今ここにいる。あとはアレをぶっ倒すだけ」
雷鳥を指差しながら、誠は続ける。
「勝って黄昏の冒険者完全復活! アーーンド紋章との同盟結成の記念と祝して今夜は焼き鳥パーティじゃい!」
ぐんっと右手を上げキメ顔をする誠。
静まり返るチームC陣営。
黄昏の面々からはクスクスといった笑い声と共に、まばらな拍手が沸き起こった。
「オオー! って場面なのにナンデ?」
目をぱちくりさせながら呟く誠。
白蓮は腹を押さえながらそれに答える。
「ふふッ……なんか……気が抜けるというか、チームAやBの檄とはあまりにかけ離れてたからかしら? ふッ……でも私はこっちの方が好きかも……!」
「嘲笑ってるじゃねえかよおい! えぇー……こんな場面でふざけてたって思われたらサブマスに怒られそうなんだが」
落ち込む誠とは裏腹に、黄昏メンバーの不安は一連の誠の立ち振る舞いによって吹き飛んでいた。リラックスしたその空気感は、少なからず戦闘に良い影響を及ぼすと白蓮は確信していた。
「(バーバラさん達も熱い信頼を置いていた理由がよく分かるなぁ)」
そう感じながらミサキはチームAへと視線を向ける――と、そこには、こちらを見ながら嬉しそうに小さく頷くワタルの姿があった。
美しい剣を引き抜くワタル。
剣先を雷鳥に向け、声高らかに宣言した。
「参ります!」