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紋章と黄昏が同盟を結んでから一週間後。
シオラ大塔――
古来より塔は権威の象徴などと言われ人々は畏敬の念を抱いてきた。塔には軍事的な目的と宗教的な目的があるが、シオラ大塔は前者である。
別国からの侵略に素早く対応する目的と、眼下に広がる地下迷宮から魔物が溢れないかどうかを監視する目的があったというが、建設途中に「天使」の襲撃を受けて途中で放置されたのだという。
「魔族が悪で天使が正義という考え方が一般的ですが、この世界における天使は〝断罪者〟と呼ばれています」
「断罪者?」
「神を脅かす存在を罰する者、ですね」
そう語るのは、
黄昏サブマスターのkagone。
ミサキが彼女に「なぜそんなに詳しいんですか」と尋ねると、カゴネは「やることがなくて町の書庫の虫になってましたから」と得意げに返答したのだった。
カゴネの言うように、天使は天界に住む存在で断罪者とも呼ばれており、NPCの間でも「悪いことをすると天使様に裁かれるぞ」などと言い伝えられている。
天使は警察のような存在とは違う。
ただ罪を罰するだけの執行人である。
天使は正規の手段以外で天界に上がってこようとする存在を許さない。シオラ大塔を建てる=天界に近付く=神に近づく行為という基準から建築途中のこの塔を攻撃したものと推測できる。
ちなみに、塔の建設を命じていたサンドラス城の支配者は天使達に怒り、天使を殺す存在と呼ばれる機械の技術を取り入れ城を鉄壁の要塞に変える――というのが、シオラ大塔、加えてサンドラス甲鉄城誕生の歴史となっている。
ならばなぜ天使を殺せる要塞と化した甲鉄城は天使の裁きを受けないのか――という理由は簡単で、天使にとって機械の力は脅威になり得ないため干渉しないだけであった。
機械の力では天使は殺せない。
世界からプレイヤーへのメッセージでもある。
「……という理由からシオラ大塔の上部30%ほどが粗末な螺旋階段と骨組みのみとなっていて、そのため頂上に住む雷鳥は侵入者を見つけやすいという事情があるそうです」
「はえー本当に詳しいのな」
感心したように唸る誠。
前を歩く白蓮は会話に混ざらない。
カゴネは白蓮を見つめながら呟く。
「必死で調べましたよ。もう二度と、あんな悲劇が起こらないように」
言いながら、暗い表情で俯くカゴネ。
その場がシンと静まり返る。
何も考えず相槌を打ったことを後悔する誠。
「いつまでもここに縛られるわけにはいかないよね」
前をゆく白蓮が呟いた。
カゴネ達黄昏のメンバーが顔を上げる。
感覚を取り戻すまでに二日。
エリアの情報を頭に入れ直すのに一日。
紋章との戦闘連携を繰り返して四日――。
満を持して挑戦するシオラ大塔。
黄昏メンバーは強い意思で進んでいた。
「私はもう迷わない。私は最後まで皆にエリアの最短距離を掲示し続ける――そしてこの世界から出るんだ」
白蓮は明確な目標を掲げ歩き出している。
生気の戻った白蓮のソレを「短期的なもの」と不安がっていたメンバー達の心配は、この時点で撃ち砕かれた。それは全員が心から望んでいたことで、彼女を救ってくれたミサキと誠に再び感謝することとなる。
「敵の反応、2時方向4つです!」
「ここで4つなら角虫の群れね。先頭は曲がり角入ったらすぐ戻る! 壁に刺さった虫を叩くよ!」
ミサキの索敵に反応したフラメが指示を飛ばす。先頭にいたワタルが曲がり角に消え、すぐさま戻るや否やダーツの如く飛んできた4匹の虫が壁に突き刺さった。
シオラ大塔周辺mob図鑑から引用すると、角虫は角で刺した生物の血や魔力を吸う吸血昆虫である。鳥類をも超える飛行速度により、勢いのついたその角は頑丈な岩をも貫くといわれている。
ビビィイイン! と、刺さった角虫が小刻みに震える。一度動きが止まればこちらのもので、攻撃役の連携によってすぐさま処理され光の粉となって溶けていった。
「本当にすげえなその固有スキル。千里眼の白蓮とmob情報網羅してるフラメさんを合わされば鬼に金棒じゃん」
驚きの声をあげる誠。
エリア攻略に時間を要する理由は「エリア内構造の把握と罠の把握」「mobの種類や配置、動きの把握」を「参加者全員が暗記する必要がある」というものが大部分を占める。
最前線へと前乗りしたフラメ達「斥候職」の活躍もあり、エリア内構造や罠はあらかじめ全員が共有してある――しかし「見た、聞いた」くらいの情報で完璧に動ける者はごく稀であるため、本来は何度も挑戦することで「知識と事実の擦り合わせ」を行う必要があった。
プレイヤーの経験値、とでも言おうか。
ボスに挑むためには、回復アイテムの温存や身体的・精神的な疲労をなるべく「0」に抑えるのが理想。ボス戦までに何度もやり直すパーティ或いはレイドは、この「プレイヤーの経験値」が不十分と言わざるを得ない。
ボス戦はエリア攻略の中で「最も過酷な戦闘」になるから――全ては「死者を出さないため」の必要な努力と言えるのだ。
しかし、ことこのチームに関して言えば唯一の〝例外〟である。
「どんだけ遅れても千里眼がいれば新しいエリアも最短距離で進めるもんな」
「最前線組をまくるのも時間の問題じゃ?」
「うちは三人の女神によって支えられてるのか……」
など、メンバー達がざわつきはじめる。
事実、フラメ、ミサキ、白蓮の三人がいる限りメンバーのほとんどは「戦闘」にだけ注意すれば良い。
そして戦闘面に関して言えば――。
「《聖なる導き》」
「《王龍斬》」
ワタルとアルバのいるこのチームに死角は無い。
*****
長い道のりを経て広い踊り場に出た紋章・黄昏一行。
「ここは……」
上を見つめる白蓮がそう呟いた。
はるか高く聳える骨組みと螺旋階段。
すでにかなりの高さを登ってきているためか、眼下に広がる荒野とサンドラス甲鉄城――そして地中深くに続いていくセルー地下迷宮が一望できる。
「(ここまで来たのに……)」
体が小刻みに震えているのがわかる。
白蓮の中で「あの日」の光景が蘇っていた。
歯と歯がすごい勢いで触れ合い、
カチカチと音を立てている。
「白蓮さ……」
ミサキがそう声を掛けようとする前に、黄昏のメンバー達が白蓮を取り囲んでいた。
皆が白蓮の手を優しく包み込み、kagoneは震える声で言う。
「乗り越えましょう、皆で」
白蓮は溢れそうになる涙を堪え、優しい顔つきへと変わる。そして「ありがとう」と呟いた。
体の震えはなくなっていた。




