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紋章の宿屋に戻った三人。
誠の部屋に着く頃にはミサキも落ち着きを取り戻し、恥ずかしそうに俯いていた。
「上等な物じゃないけど」
そう言いながら紅茶を淹れる誠。
心地の良い香りが部屋に広がった。
「ふふ。紅茶なんてガラじゃなさそうなのに」
「酒を出すわけにもいかないだろ?」
誠に軽口を言うくらいには元気を取り戻した白蓮。
ミサキは二つあるベッドのひとつに腰掛け対面に白蓮が座る。誠は扉近くの壁にもたれかかった。
久々にあんなに泣いたなぁと思い返しながら、ミサキは紅茶をグッと飲み干した。乾いた体に潤いが戻った気がした。
「ごめんなさい」
しばらく無言を貫いていた白蓮が呟く。
「ミサキさん、だったね。ここに来るまでに誠さんから色々聞いたわ。だから私も話すね……私のことも貴女に知ってもらいたいから」
そう言いながら、白蓮は語り出す。
彼女もまた、ミサキと同じように過去の自分を振り返ろうと思ったからだった。
*****
時間は遡りデスゲーム前――
元々別のゲームで仲の良かった女友達数名と話題のeternityに応募した白蓮。見事全員がβテストに当選し、パーティを組んで毎日遊んでいた。
メンバーはラオ、怜蘭、テリア、春カナタ、そして白蓮。女性だけのパーティというのも珍しく、それでいて個々の話題性も高かった。
特に、作成したキャラが有用な固有スキルを持っていた白蓮の知名度は、βテスト時代でいえば一番だったかもしれない。
白蓮の固有スキル「千里眼」
エリアに足を踏み入れる必要はあるが、マップ開拓の手間をほぼ全て省けるという有用スキルである。宝箱がある隠し扉などは表示されないながらも、こと攻略に関してこれほど強いスキルはない。
この千里眼の力も相まって、こと攻略スピードにおいて彼女達のパーティは他のプレイヤーと一線を画していた。βテスト時代最深エリアであるキレン墓地にいち早く足を踏み入れたのも彼女達だった。
しばらくして彼女達はギルドを立ち上げる。
ギルド名は「黄昏の冒険者」
黄昏の冒険者という名前は、
友達の一人であるテリアが考えた。
黄昏という言葉には夕暮れなどの意味を持つが「人生の黄昏(盛りを過ぎて終わりに近づこうとするころ)」という意味もあり、テリア曰く「彼氏ナシでアラサーな私達っぽい名前じゃん」と、大いに笑っていたのもいい思い出だ。
怜蘭とラオは持ち前のゲームスキルで攻略勢顔負けの活躍を見せ、気弱な春カナタは戦闘を好まず、武器や防具作成に熱心だった。白蓮は攻略に熱心でスキルの恩恵も相まって攻略進捗トップを爆走、テリアは自由に立ち回る友人達の世話焼き女房をやっていた。
攻略進捗が話題を呼び、
ラオと怜蘭が人気を博し、
春カナタの店は大いに繁盛した。
そしてメンバーも増えてきた頃、デスゲームが始まったのである――
「大丈夫。皆、大丈夫だからね。なんて言ったってうちには凄腕の盾役も剣士も僧侶もいるんだから! 装備だっていいのが揃う! それに私のスキルがあれば未知のエリアだって最短攻略できる!」
デスゲームがはじまり、大半のプレイヤーがアリストラスに閉じこもる中で「ボス報酬とステータス増強の重要性」に気付いた一部のプレイヤー達は最前線へと進んでいた。
それは黄昏の冒険者も同じ。
創立メンバーである白蓮、テリア、怜蘭、ラオ、春カナタをはじめ、メンバー数十人が一緒だった。
この地獄を終わらせる。
白蓮はそう意気込んでいた。
トッププレイヤー級の戦闘能力を有する怜蘭、ラオ、テリアに加え、ボス報酬を加工し装備品へと昇華できる春カナタの存在もあり、黄昏の冒険者は無理なく最前線を駆け抜けて行く。
他ギルドがキレン墓地攻略に苦戦する中、いち早くサンドラス甲鉄城を拠点とし、資金繰りやレベル上げに勤しんでいた黄昏の冒険者。マップ情報を高値で取引し、得たお金で新メンバーの装備も揃えた。
メンバー達の強化は惜しまなかった。
誰一人として欠けてほしくないから。
新規参入メンバーも増えたことで戦闘職のランク戦も盛んに行った。PvPに慣れるという意味でも重要な催しだったが、これがメンバーのやる気を向上させる結果にも繋がっていた。
しかし、この頃から創立メンバーの間に亀裂が生じはじめる。
「先を急ぎすぎだ。本来エリアってのは何回も反復練習して、敵の配置や罠を調べて、経験を積んで少しずつ進むべきものだろ!」
「危ない橋は渡ってないわ! 索敵だって疎かにしてない。一度クリアしたエリアを反復する時間が惜しいのよ今は!」
この頃ラオと白蓮はいつも衝突していた。
慎重に事を進めるべきだと主張するラオや怜蘭に対し、無理ない範囲で、可能な限り進むべきだと主張する白蓮やテリア。
「テリアの妹や春カナタの体だって、悠長に構えてたらどうなるか分からないんだよ?!」
テリアは若年性認知症の母と暴力的な父親、そして2歳下の妹を持ち、春カナタは自身が難病を抱えている――そもそも彼女達はそういった不自由を抱えたコミュニティで知り合い、今日まで共に過ごしていたのだから。
一方は、現実に帰るだけの理由があった。
一方は、冷静になるだけの猶予はあった。
双方のリアル事情の違いが原因ともいえる。
「進める道がある限りは進みたいの。あの子は、あの子は私が守らなきゃだから……」
余裕のないテリアの様子にラオは反論を飲み込んだ。
白蓮のスキルがあればボスまでの道は一本道になるし、今までもボスの対策さえ万全なら危なげなく倒せている。だからラオ達の主張こそ少数意見で、大多数のメンバーは白蓮達の主張を推していたのも事実だった。
クエストをこなしシオラ大塔の鍵を手に入れ、何度かの挑戦の後、満を辞しての挑戦――その途中だった、ワタルから連絡が入ったのは。
シオラ大塔頂上付近にて――
「侵攻の可能性?」
より多くの人に同時に送るためだろう、その連絡は電話ではなくメールで行われていた。内容を読んだ白蓮が驚きの声をあげる。
「数やレベルはまだ不明で、おそらく種類はゴブリン系だろうってことらしい」
「坑道を根城にするなんて卑怯……」
「戻ろう。ワタルさんから要請するなんてよっぽどだよ」
心配そうに怜蘭がそう切り出すも、白蓮は自身のマップに表示された「ボス部屋」が間近にある事を再確認し、口を開く。
「ここまで来たんだ。ボス調査を済ませて合流しよう」
「またお前は! 今回は緊急事態だぞ!」
「決行が明日なら十分合流できる! 少なくとも今後のためにボスの情報は持ち帰って損はないと思う。ボス部屋までの道は螺旋階段一本で、罠も何も無かったっていうし」
激昂するラオにそう説明する白蓮。
白蓮の言葉に斥候が頷いた。
「ボス部屋まで罠はないよ」
斥候曰く、ボス部屋までは一本道でモブや罠も無し。メンバー達も、ここに辿り着くまでに消費アイテムを多く投入した背景もあり「無駄にできない」と意気込んでいる。
「なら約束しろ。危ないと判断したら帰るって」
「わかった。終えたらすぐにアリストラスに向かおう」
こうして黄昏の冒険者はボス部屋までの螺旋階段を登り始めた――そして悲劇が起こる。




