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酒場に現れた黒装束のプレイヤーに、
席で待っていたアルバが手を挙げた。
「ご苦労様。どんな感じだ?」
「どうもこうも、デザインが最悪です」
「いや、服の話ではなくてだな」
愚痴をこぼしながら席に座る黒装束。
鬱陶しそうに頭装備を取ると、そこには眼鏡をかけた美女の姿があった。
「斥候に転職したいと聞かなかったのはフラメだろう?」
「役割的には不満ないですよ。でも装備は別。前職の装備は可愛いのが多かったんですよ」
「それは知らん」
ああそうですかと半ば怒りながら酒を頼むフラメ。二人の酒が届くと、酒樽を合わせて乾杯をした。
酒場は眠らない――平和で賑やかなNPC達の声は、時に辛い現実を和らげてくれる。それこそアリストラスの酒場には絶望に打ちひしがれやけ酒するプレイヤーの姿が多く見られた。
賑わう男達の声を聞きながら、黙って酒を飲む二人。しばらくしてアルバが口を開く。
「調査はどうだ? 危ない場面はないか?」
体調はどうか?
仕事は辛くないか?
心配そうにそう尋ねるアルバ。
「ちょ、私のお父さんですか? 大丈夫です、一人で行動もしてませんし」
ぶつくさと文句を言いながらつまみを食べるフラメ。そんな彼女の様子にどこか安堵するアルバだった。
「むぐ……報告内容としては罠の配置図と敵の配置図は概ね完成しました。ボス情報と導入クエストを纏めつつ、消費アイテムを添付して追加30人にメール送れるよう手配済みです」
「流石だ。なら明日から攻略開始で予定変わりなく進められそうだな」
「ふふふ。結構頑張りましたよ」
「そのようだ。今日は浴びるほど飲んでくれ」
和やかなムードで酒も進む。
話題は黄昏の冒険者に変わっていた。
「黄昏の冒険者――というか、白蓮について何か知っていることはないか?」
フラメはピクリと反応し、手を止める。
「……部屋行きました?」
確実に何かを知っている様子のフラメ。
アルバは特に気にせず続ける。
「ああ。顔合わせの後にワタルとな」
そうですか、とフラメ。
「侵攻の件で紋章には後ろめたい気持ちが少なからずあるはずでしょうから、それでも出てこないならきっとこの先も難しいと思いますよ」
そう言いながらフラメは酒を飲み干した。
追加を注文しつつ、さらに続ける。
「聞いたところによれば――」
*****
真っ暗な部屋の中、
白蓮は昔のことを思い出していた。
ワタルとアルバには悪いことをしたと悔やみつつ、しかしどうすることもできないと自分を正当化する。そうやって「自分は可哀想な奴」だと無意識に甘えてしまう自分にほとほと嫌気がさした。
テリア
ラオ
怜蘭
春カナタ
かけがえのない仲間達。
いや、仲間だった友人達。
「全然忘れられる気がしないや」
彼女の呟きは暗闇へと溶けてゆく。
「つかれた」
この部屋で何度言ったことだろう。
今日も今日とて、何もせず時間が過ぎる。
「怜蘭とラオは元気にしているだろうか」とか「春カナタは趣味に没頭できていただろうか」とか、一向に行動に移せぬまま想いは募るばかり。
ガラス戸を開け木製の窓を押し開けると、辺りは夜の闇に包まれていた。
城から噴き出す白い煙や機械音、
繁華街から賑やかな声も聞こえてくる。
こうしている間にも大勢が戦い、クリアを目指して汗と涙を流している。自分はその責務から逃げ、楽な場所に隠れて過ごしている。夜景ひとつ見ても負の感情に襲われる自分に、白蓮は再び嫌気がさしていた。
「……」
窓を閉め、戸を閉める。
部屋が再び静寂に包まれた。




