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アルバは静かに憤っていた。
彼等が最前線攻略を優先し、アリストラス救援要請を無視したことについてだ。
「(どちらも大切なのは理解できる)」
もちろん彼等を全て否定はできない。
なぜならエリア攻略は結果として「ゲームからの脱出」へ繋がる可能性が高いから。そして、攻略にも大きな危険が伴うからだ。
「(しかし35万人の命と天秤にかけたら多少の遅れなど……)」
問われたのは〝人の命か先への道か〟
NPCを見捨てたわけでは無い。
35万人の命を見捨てたのと同義だ。
アルバにはそれが理解できなかった。
最前線では大きな利益が得られるのもまた事実で、実際アリストラスの非戦闘民を見限ったプレイヤーの多くは自分へのアドバンテージを優先している。普段ゲームをする方ではないアルバだが、この世界に来て――デスゲームに巻き込まれてからはレベルや装備やアイテムの重要性にも一定の理解がある。
強い武器は先を切り開く力となる。
強い防具は未知から守ってくれる。
売れば大金、自由に暮らせるだろう。
お金があれば解決できることも多い。
しかし、人の命より優先されるべきことでは無いと思っていた。だから異質だったのだ――悪びれもせず、悠々と食事をする彼等が。
「あれ、黄昏のマスターは欠席ですか?」
そんなアルバとは対照的に、ワタルは気にしていないような素振りで西側に座るプレイヤーに声を掛けていた。
西側には一人の女性が座っている。
不安げな表情が印象的な青髪の女性。
20代前半くらいだろうか。
ワタルに話しかけられ、目を泳がせる。
「マスターは……その、体調が優れなくて」
と、またもや塞ぎがちにそう答えた。
マスターとサブマスター2人での参加を要請されたこの場にいて、先ほどの口ぶりから彼女が〝サブマスター〟であることは分かる。
その会話を聞いてか、アランがゲラゲラと笑い出した。ワタルは不思議そうに首を傾げている。
コホンと咳払いをする白門。
その視線はワタルに向けられている。
「ワタルさん。僕の知る所、ここにはすでに紋章の精鋭が何名か前乗りしてるそうですね」
「はい。うちのNo.3含めた十人ですね」
今回ワタル達が引っ張ってきた精鋭とは別に、参謀であるフラメ率いる精鋭の先発組は既にサンドラスに前乗りしている。それは情報収集が目的だったり、色々である。
シロカドが困ったように笑う。
「流石は最大規模ギルド。一気にパワーバランスがひっくり返りますね」
それを聞いたアルバは、シロカドの言葉に引っ掛かりを覚えた。が、口にすれば非難する言葉まで出てしまいそうで、口を真一文字に結んだ。
そうそう、と、続けるシロカド。
「最前線の攻略進捗ですが、我々はセルー地下迷宮の第三ボスまで攻略済みです」
ワタルとアルバは攻略進捗に耳を傾けた。
セルー地下迷宮。
シオラ大塔の次の攻略エリアであり、精霊の祈りによって阻まれているソーン鉱山の前のエリアである。修太郎とエルロードが「鍵が無い」ということで断念した場所でもある。
「迷宮は恐らく過去最大級の広さですね。出現モブには40もチラホラ出始めました。第一ボスは平均35程度のパーティで十分倒せましたけどね」
「モブの属性は?」
「今回はなぜか統一感が無いんですよね。一番多いのは火属性ですかね。まぁ行けばわかります」
まだ情報を持っていることは明白だったが、ワタルは深く聞こうとはしなかった。そしてワタルはようやく本題に話を移す。
「非戦闘プレイヤーはしっかり保護しました。完璧とはいえませんが、後ろを気にする心配は減ったと思います」
ワタルの言葉に皆が耳を傾けている。
「侵攻への援軍の件をとやかくいうつもりはありません。ただ、少しでも後ろめたさがあるなら、僕の提案をぜひ受け入れてほしい」
ひと呼吸置き、そして――
「この四つの攻略ギルドを一つにしたい。ゲームだった頃のような競争を終わりにしたい」
遊びの範疇はとっくに超えている。
誰が先だ何を取ったなんて問題はこの際どうでもいい。一刻も早い脱出を願うのであれば、力や情報の独占などせずに一丸となろうではないか――ワタルの主張はそういう内容である。
しばらくの沈黙の後、
Hiiiiiveが口を開いた。
「協力はする、雇われも大歓迎。ただそれ以外はお断りだ」
ガラッと席を立つハイヴ。
アランは退屈そうに椅子から立ち上がった。
ミシ、と、アルバの鎧が音を立てた。
ワタルは顔色ひとつ変えずに尋ねる。
「なぜ?」
「目指すものが同じでも、必ずしも意見が合うわけじゃないからな。特にうちは特殊だし。混ぜるな危険ってこと」
そんな答えにもなっていない言葉で返答としたハイヴは、手をひらひらさせながらその場から去ってゆく。アランも一言「ごっそさん」と呟き、ギルドから退出した。
出口を睨みつけるアルバ。
ワタルは予想していたのか、冷静な様子で今度はシロカドを見た。
「aegisは?」
再びの沈黙――
そしてシロカドは小さく微笑んだ。




