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しばらく何もなく歩き続けるミサキ。
時折りまわりを見渡しながら、不安げな表情で呟いた。
「もうエリアに踏み入ってますよね?」
先程の声から5分は経つ。
歩いた距離や風景からしても、ここがすでにエリア内なのは明白だった。
「そりゃあ先頭がワタルさん達だからな」
「ええ? だってこの列、まだ一度も止まってないですよ?」
「歩きながらでも捌けるんだろ」
強いことは知っていた――知っていたが、ミサキは改めてワタル達の強さに驚きを示す。なにせワタル達と一緒に冒険するのはこれが初めてだったから。
最後尾の盾役二人は、
「あ、巡回モブも倒されてますよ」
「うっそ? 俺らの見せ場は?」
「無い方がいいですよ俺は。怖いし」
などと呑気に話している。
次に最前列から声が上がったのは、エリアに入ってから十分程歩いた頃だった。
「ボス部屋入るぞー!」
もう? と、呆気に取られるミサキ。
自分はまだ矢を一本も射っていないのだ。
巨大な建造物にぞろぞろと鎧の群れが進む。
ミサキ達がボス部屋へと足を進める途中、扉の辺りで声を掛けられた。
「誠さん、迅さん、ミサキさん。ここが最後尾ですか?」
精悍な顔立ちの男性。
紋章ギルドマスターのワタルだった。
誠と迅の顔に緊張の色が見て取れる。
「お疲れ様です。はい、最後尾ですよ」
唯一フラットな状態のミサキが答えた。
ワタルは「了解」と小さく頷く。
列はボスが起きるギリギリの場所で待機しているようで、強化魔法やスキルが飛び交い、七色に光って見えた。
「凄まじい殲滅力ですね。何もやることありませんでした」
「適正からだいぶ離れてますからね。レイドで挑むエリア攻略なんて、適正+5レベルもあれば一方的な感じになりますよ」
そう言って笑うワタル。
そして思い出したかのように付け加える。
「今日はあと二つのエリアを超えて一気に最前線まで向かうので、ちょっと大変ですがよろしくお願いしますね」
「あ、私は全然。むしろ戦闘に参加しないでいいのかなぁと申し訳ないくらいです」
「ははは。少なくともボスは結構硬いので参加は大歓迎です。攻撃は絶対後ろに逸らさないのでご安心ください」
自信満々なのに嫌味には聞こえない。
誰もが彼の実力とカリスマ性を認めていたからだ。
固まる盾役二人に視線を向けるワタル。
「誠さん、迅さん。大空洞で忙しくなりますがお二人が頼りです。よろしくお願いします」
そう言って、ワタルは列の中へと消えた。
「かっこいい……」
ぽけーっと立ちつくす男性プレイヤー。
誠は誇らしげに腕を組んだ。
「マスターのすごい所として統率力や強さが一番に挙がるけど〝全員の顔と名前を覚えてる〟ってとこも、俺は尊敬してるんだよな」
「全員?! うち何人いると思ってるんですか?!」
驚愕の声をあげる男性プレイヤー。
誠はしたり顔でそれに頷く。
「少なくとも俺はマスターが名前とか職業を間違えたところを見たことないな」
凄まじい記憶力。と、唸るミサキ。
男性プレイヤーも同じ言葉を口にしている。
誠はどこか遠くを見つめるように続けた。
「単純に記憶力がいいってわけじゃあない。あの人は忘れないようにしてるのさ」
「忘れないように?」
そう聞き返すミサキ。
誠は小さく頷いた。
「自分の判断で、自分の指示で、死ぬかもしれない人達の顔と名前だよ。あの人は何千と所属するうちの隊員全員の命を背負ってるわけだからな」
ミサキ達は言葉が出なかった。
一人一人に、かけがえのない人生がある。
数千人の命の重さなんて想像もつかない。
命を背負う覚悟。
命を率いる技量。
「あの人が俺達のトップだ」
ワタルの背中を眺めながら、
誠は誇らしげにそう呟いた。




