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解放軍の三人は四道の元へと急いでいた。
道中に沸いたmob達も、多くのプレイヤーを犠牲にして積み上げた彼等のレベルの前では足止めにすらならない。
救護を求める目的――ではない。
(四道達を囮にして熱りが冷めるまでどこかに潜伏すればいい)
解放軍の固有スキルについては、
修太郎の推理の通りであった。
首謀者たる解放者の固有スキル『潜む者』の効果は、対象を影の世界に出し入れすることができるというもの。そして側近の女の固有スキル『虚像』の効果は、対象に虚偽の情報などを画面に表示することができるというものであった。
ログアウトの実験者は、紋様の上でそれらしい祈りの形をしばらく継続したのち、解放者の『潜む者』によって影の中へと落とされ影の世界に行く。そこで百合香の『虚像』によって架空のログアウト選択画面が表示されたのち、一度地上に戻される。その間、皆の画面も百合香の『虚像』によって『実験者名 オフライン』という表示に切り替えられている――というのが、彼等の手口である。
心の中でほくそ笑む解放者。
前を行く青年が焦ったように声をあげる。
「解放者様、ここからどうしますか!? ぼ、僕らどうなるんですか?」
「気を強く持ちなさい。私がこのような事態を想定できなかったとでも? 四道達と合流し、追手を返り討ちにします」
「そ、そうですか。よかったぁ」
解放者はチラリと、安堵の表情を浮かべる側近の一人に視線を移した。
青髪の青年――プレイヤー名『Arma』
全ての殺人は、この青年の固有スキル『死の紋様』の力で成されたものである。
死の紋様は、床に描いた紋様の上で30秒間動かなかった者のLPを0にするというもの。本来このスキルの条件を満たすのは困難で、一つは紋様が目立つという点、もう一つは30秒間の停止がほぼ不可能であることが挙げられる。
効果こそ絶大だが使い勝手は悪い。
戦闘中は魔法職でも普通に動く。
30秒はあまりにも長いのである。
(百合香の固有スキルはかなり貴重だ、まだ失うには惜しい――が、Armaのスキルは替えが効く。非効率なレベル上げから解放し旨い汁を吸わせてやったんだ、もう充分だろう)
かつて、アリストラス周辺にてデミ・ラット相手に《麻痺》と《睡眠》を用いて紋様の上に留まらせる形の狩りをしていたArmaに、すでに百合香を仲間にした解放者が声を掛けたのが解放軍の誕生秘話である。
Armaにとっては渡りに船であり、
解放者にとっては良い手駒であった。
元々彼は、最終的に切り捨てる予定で仲間にしたのだから。
(知る者は少ないが、幸いPKは行った者〝のみ〟が罪の対象となる。直接手を下さない私はNPCに追われることもない――)
解放者は直接的なPKを行なっていない。
そのため町の中に入ることも可能である。
しかしArmaは膨大な人数をその手で殺めている。そのカルマ値は、四道をはじめとするPKを生業とするプレイヤーをも軽く凌駕する数値となっていた――殺人の数によって罪の重さに差が生まれるのと同じで、カルマ値の高さは罪深さに比例するのである。
「淵士さん、あれ」
百合香が道向こうの人影に気付いた。
三人の人影が並ぶようにして立っていた。
「よお解放者サマ。そんなに急いでどちらまで?」
肩に剣を乗せながら真ん中のKが尋ねる。
鈍色の鎧を身に纏い、いつものように柔らかな笑みを浮かべていた。
「これはこれは、支部長様では――」
「あぁ、そういうのいいよ。お前らのやってきたことは添付された映像で全部もう見たし。俺達はあの子に不要な重りを背負わせないために、お前らを始末に来ただけだから」
そう言って、解放者に剣先を向けるK。
Kの両隣に佇むラオと怜蘭――
二人は解放者によって殺された親友の顔を思い出しながら武器を抜いた。
微笑みを浮かべていた解放者の表情は、冷め切ったように無となった。
「……こちら側に逃げてきた未所属プレイヤー達はどこへやったんですか? もしや全員すでに殺した、とか?」
注意深くあたりを見渡す解放者。
Kは盾を取り出しながらそれに答える。
「ああ、それね。引き返してお前らに鉢合わせするのが一番面倒だったからな、戦闘があったけど、実力行使で黙らせて、このままボス部屋抜けて最前線に向かってもらったよ」
Kの返答に、解放者は眉をひそめる。
(普通にボス部屋を抜けた――なら、四道達はどこへ行った? まさかK達に殺されたのか? ……いや、そこまで弱いわけがない。ならばどこかに隠れて奇襲を狙っている可能性があるな)
解放軍の三人はこれ以上の会話は無意味だと判断し、各々の武器を取り出した。
百合香は籠手を、青年は短剣二本を、
そして解放者は禍々しい黒剣を手に取る。
側近二人が動いた――
三人の間合いへと距離を一気に詰める。
素早く繰り出される籠手での殴打と、麻痺と催眠属性の付与された短剣での連撃――殴打は怜蘭が、短剣はKがいなすように防ぎ、二人は同時に側近達を蹴り飛ばす。
両者の距離が再び空く。
(レベル45を相手にこの強さ……相手も全員、傑物の類か)
「納得いかないって顔だな」
心を見透かすように語り出すラオ。
解放者は睨むように沈黙している。
「終わりにしよう。犯罪者ども」
それを合図に動き出す四名。
極寒のケンロン大空洞にて、三対三のPvPが始まった。




