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解放者達が大勢のプレイヤーを連れ、
オルスロット修道院へと入ってゆく。
それを遠目で見ていた人影があった――
「町を出てからあんまり警戒してる様子もないし、もしもPKに怯えてるならおかしいよね」
修太郎だった。
横には戦意剥き出しの小狼と、小黒竜がいる。
「あの場所は神様の祈りに守られてるから、皆を連れて行くことはできない。もちろんプニ夫を纏うこともできないよ」
そう言いながら、修太郎は抱いていたプニ夫を下に置き、二人の魔王を見た。
「皆には一旦城に帰ってもらっておかなきゃ」
『なッ……それはできません! いくら鍛えたからとはいえ生身の主様を一人にするなど!』
必死に訴えるシルヴィア。
セオドールは何かを察したように静観しており、修太郎はシルヴィアにも見えるようにある画面を表示する。
契約魔法:配下の攻撃スキルおよび魔法スキルおよび固有スキルを使うことができる。対象とする配下の忠誠度が高いほど再現度が上昇する
それは昇級試験にて授かったスキル。
効果は、配下のスキルや魔法を使用できるというもの。
「見ててね――」
そう言いながら、修太郎は《契約魔法》のスキルを開き、その膨大な量の〝使用可能スキル〟を選択し使用してゆく。
「《魔族王の加護》《死王の加護》《巨人王の加護》《獣王の加護》《竜王の加護》《精霊王の加護》《生命共有》《全耐性》《金剛の肉体》《竜王の鱗》《野生の勘》……」
それは魔王達のスキルだった。
昇級試験に唯一不参加だったシルヴィアの顔が、驚きの色に染まる。
修太郎の体から七色のオーラが立ち昇り、それは胸の中に収まるように吸い込まれてゆく。
「《聴覚保護》《視覚保護》《精神安定》」
次に、保護系魔法を唱えてゆく。
これにより修太郎への精神的攻撃、感覚を奪う攻撃に絶対的な耐性を得た。
目の前に片手を出す修太郎。
「《時の番人》《至高の魔力》《はじまりの印》……」
掌の上に小さな魔法陣が現れた。
修太郎の周囲に黄金の懐中時計のエフェクトが現れ、それが弾けた刹那――巨大化した魔法陣が展開され回転、中央の〝印〟が光を放つ。
「《反発する超空間》」
修道院を包んで余りある巨大な青のドーム。
その展開が終わるのを見届けた修太郎は、改めて魔王達に向き直る。
「終わったら呼ぶね」
プニ夫の頭を撫でる修太郎。
魔王二人は観念したように頷くのだった。
*****
修道院内――
昼間すら暗い修道院の中は、真夜中というのもあって不気味なほど暗かった。
床に描かれた紋様の上で祈りを捧げる大勢のプレイヤー。彼等と同じように祈る解放者と、その側近達。
(頃合いか)
解放者が片目を薄く開けると、
群衆の中に紛れた青年と目が合った。
解放者の口元が一瞬だけ緩む。
なぜなら、この場にいるプレイヤー達は今日の今日までログアウトを信じずレベルを上げて鍛えてきた者達だから――それがおよそ170人ほどいる。
全て殺せばレベル50と言わず、もっと伸ばせるのではないか。
(莫大な経験値とアイテムが我が手に)
解放者は高笑いを我慢する自分を褒める。
あと数秒、あと少しで更に――
「あのう、すみません」
修道院の中に少年の声が響く。
皆、無言で祈りを捧げていたからか、決して大きくなかったその声は良く通った。
ざわつき出す群衆達。
祈りを解いている者も多い。
(邪魔が入ったか。だがもう一押しで……)
側近達に目配せをした解放者。
いま祈りを捧げている者だけでも――と。
解放者は一瞬だけ目を開け、声の主を確認したのち、祈りの形を解かぬまま答える。
「おや、君は確か紋章のメンバーじゃないですか。私達を殺しに来たんですか?」
ざわめく修道院内。
群衆達は殺されまいと必死に祈る。
少年――修太郎は、それに笑顔で答えた。
「え? 僕紋章ギルド入ってないよ」
解放者はそれを鼻で笑った。
解放者は、紋章のメンバー達と一緒にいた修太郎に声を掛けたのを覚えていたから。
恐らく修道院内であるため連れてはいないが、召喚獣を連れ歩く紋章ギルドの少年であることは明らかだった。
子供の嘘は浅く、愚かだ――
などと考えながら目を開ける解放者。
「はぁ……そんな馬鹿な――」
そこで初めて、修太郎の名前の上を見た。
名前の上にあるはずの〝ギルド名〟が無い。
(馬鹿な……つまり紋章の連中と常に行動を共にしていながら、所属はしていなかったということか? 紋章と決めつけ糾弾した以上、更に畳み掛けるのは難しい。なんとも紛らわしい)
解放者は側近に手を挙げ、目配せする。
この少年の対応を先に行う、と。
「これは失礼しました。して、どう致しました?」
解放者はいつもの笑顔でそう尋ねる。
修太郎も同じように笑顔を向けた。
「ログアウトしている所が見たくて!」
解放者は心の中でほくそ笑む。
願ったり叶ったりであった。
(半信半疑の奴等にも無理やり祈らせていたから、これは丁度いい。実演で信憑性が増すだろう)
そう考えながら立ち上がる解放者。
「いいでしょう。やはり皆さんも不安でしょうから、一度実演を見せます」
そして解放者は〝茶番〟の助手を探すように群衆達を見渡すと、修太郎は残念そうに肩を落とす。
「あ、解放者さんが戻る所を見せてくれるんじゃないのか……」
修太郎の魂胆を見抜く解放者。
(なるほど、紋章連中の差し金か。何を企んでるのか知らないが無駄なことよ。誰がやろうが、私がやっても同じこと)
過去最大のご馳走達を前にしても冷静に分析する解放者は、笑顔を崩さぬまま「いいでしょう」と答えたのだった。