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午後10時を回ったカロア城下町に、
怒りに震える解放者の声が響き渡る。
「今回キレン墓地の奥地で死んだのも紋章未所属のプレイヤー。映像で殺されているのも紋章未所属のプレイヤーばかりではないですか。皆さん、この町のルールを今一度思い出してください」
群衆達は演説に聞き入っている。
バーバラは「まるで鬼の首を取ったような饒舌さね」と毒付いている。
「紋章に所属した場合、町から出るにも、エリアに入るにも支部長の許可が必要。それは裏を返せば、プレイヤーの動きや成長をコントロールしているのと同義ではありませんか? その点、未所属のプレイヤーにはその制限を加えられない――」
だから邪魔になってるって事?
群衆の誰かがそう呟く。
解放者は無言でそれに頷いた。
「アリストラスでも最近は〝非戦闘民〟を鍛えて、ゆくゆくは最前線に送るような動きが活発化していると聞きます。私は貴方達に問いたい――彼等に委ね過ぎてはいないだろうか? この世界から解放される手段があるというのに、戦うことばかりを強要する彼等が本当に正義なのだろうか?」
ざわつく群衆。
苛立つ様子でタタラを踏むラオ。
もどかしそうに、しかし静観する怜蘭。
解放者はチラリと視線を動かす。
その先には、紋章精鋭部隊の刀を拾った男のいるパーティがいた。
「この方々も未所属のパーティではありませんか。そして今回、罪もないこの方々を犯人に仕立て上げようと画策した者達がいました。それはだれか? 他でも無い、紋章の皆さんではありませんか」
確かにそうだ。と、呟く声が増える。
刀を拾った男もまた、解放者の言葉に大きく頷く。
Kは、真っ先に糾弾してきたこの解放者が〝何かしらの罠〟を張り巡らせて実行している首謀者――という目星こそ付いていたが、信じがたい状況証拠のせいで動けずにいた。
(奴か、奴の側近が幻惑系の固有スキル持ちなら色々説明がつくが――可能性として、攻撃に属さない部類か。しかし、それの開示を求めたところで、スキルによって欺かれれば今度こそ紋章への不信感が募る)
苦虫を噛み潰したような顔で堪えるK。
解放者は余裕の表情でさらに続けた。
「きっといつかは――そう考えていましたが、今ここで決めました。我々解放軍は今夜、この町から去ります」
その発言に多くの者が動揺した。
彼等にとって解放者達は唯一の拠り所だから。
「悪行が白日の元に晒された今、紋章が牛耳るここは最も危険な場所となりました。そして活動内容は勿論ですが、今回の件で私は目立ちすぎてしまった。私は紋章に消されるリストの一番上に名前があるでしょう」
この発言した瞬間から、身の危険は承知の上ですけどね。と、笑顔で続ける解放者。
「紋章ギルドの建物がある町はすべからく危険と言えますが、我々は今夜、アリストラスに発ちます。アリストラスには紋章の大元があるためこの町よりさらに危険かもしれない……けれど、自分達は出来る限りの人にログアウトができる事実を伝えたい。殺される前に」
群衆の大勢が生唾を飲む。
映像とも相まって、説得力があったから。
しかし、群衆の数名は首を傾げていた。
この解放者の変貌ぶりに、違和感を覚えざるを得なかったからだ。
解放者は今日まで胡散臭い存在として多くのプレイヤーから認知されている。それもそのはず、彼の言葉を信用した者はすでにログアウトしているため、この場にいる全員は彼を〝信じていない〟ということになる。
そんな人達すら見透かしたように、
解放者は演説の仕上げにかかった。
「我々が信じられない人も大勢いるでしょう……元々、真っ当な活動とも思っておりませんし」
しおらしくそう語る解放者。
踵を返し、カロア城下町の門へと歩み出す解放者は「善意で申しますが」と一言。
「紋章のことも我々のことも信じられない、信じるべきではないと考える人がいて当然です。その方々は宿屋から一歩も出ずにクリアの日まで待つか、無茶をしてでも最前線に向かうべきだと考えます。空洞を超えられる力さえあれば、最前線には他の攻略ギルドもあります。彼等に保護を頼むのがいいでしょう」
そう言って、足早に門の方へと向かった。
群衆達は、紋章の面々と解放者達の後ろ姿に視線を何度も往復させながら、その多くが解放者に続くように駆け出していった。




