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遡ること数時間前――ケンロン大空洞
氷結した湖が鏡のように氷柱群を写す極寒の大空洞に、断末魔の叫びがこだまする。
「や、やめッ――!?」
「やめる? そりゃ無理だよねぇ」
響き渡る笑い声、刎ねられる首。
湧き水の如く大量のアイテム群が床に散らばった。
長髪を後ろで束ねた男は、
遺体を観察するようにしゃがみ込む。
「プレイヤーを殺すと所持品も手に入るし経験値量も多い。その上、パーティに同じだけ経験値が渡る……って、いい子ちゃん達は知らないんだろうなぁ」
遺体の装備品を漁り、つまみ上げるように眺めてみてはゴミのように後ろへ投げる。周囲に居たプレイヤー達はいそいそとそれを集めていた。
「必死にレベルを上げてmobと戦って、死ぬ思いして装備を揃えたってさぁ……それを美味しくいただく方がよっぽど効率的なんだもんなぁ。必死で集めたアイテムも、金も、こうやって散らばっちまうんだから」
まさに鴨ネギだよな――と、男が笑う。
「これってさぁ、〝プレイヤーを殺せば早く強くなれるよ〟っていうMotherからのメッセージだよねぇ。どう思う、ケンちゃん」
「そうすね」
聞かれた坊主頭の男が答える。
長髪の男は愉快そうに犬歯を見せた。
周囲の仲間達に向け、
まるで宣言するように語りだす。
「お前らいいか? 無所属パーティなら問答無用で殺せ。別に逃げられても咎めないし、それはそれで良い。そうすりゃアイツが内側から食い散らかすからなぁ」
歓声にも似た雄叫びが湧き上がる。
長髪の男は足蹴りにアイテム群を散らかすと、「あったあった」と嬉しそうに何かを摘み上げ、近くにいた男に投げる。
それは鈍色の鎧だった。
言わずと知れた紋章の制服である。
「お前、それ着ておけ。宣伝材料だ」
「あ、はい!」
怯えたようにそれを着込む男。
これで鈍色の鎧が部下達全員に行き届く。
「目撃者が見るものは〝逃げ惑う無所属プレイヤー達を狩る、鈍色の鎧を着たプレイヤー〟達よ」
語り終えた所で、数名のプレイヤーが向かってくることに気付く。長髪の男は「来たか」と笑みを浮かべ、定位置である岩の上へと腰掛けた。
「よお、まだインチキ商売はバレてないんだな」
せせら笑う長髪の男。
月明かりに照らされ現れたのは、
解放者とその側近二人だった。
「インチキ商売? はて、何のことですか」
人の良い笑顔を向ける解放者。
長髪の男はその姿を鼻で笑う。
「とぼけんなよ。現にお前らのレベルと所持品、とんでもねえことになってるんだろ?」
「四道さんほどではないでしょうが、まあ貴方がたと一時同盟を組んでからはかなり効率的にレベル上げができてますよ」
笑みを崩さずに言う解放者。
解放者のレベルは既に47となっていた。
側近二人もレベル45であり、これは最前線組でもトップクラスのレベルである。
そして長髪の男――四道のレベルは46。
四道の側近である坊主の男も46で、三本の剣を背負った男は45となっていた。
「今夜でレベル50に乗るなぁ」
感慨深そうに呟く四道。
「四道さん達は予定通りに?」
「おう。ある程度したら騒動を聞きつけて紋章の精鋭部隊が戻ってくる筈だからな。黒犬達の無念を晴らすには最高のコンディションだ。なぁケンちゃん」
解放者の問いに答えながら、側近の坊主頭に尋ねる四道。坊主頭は「そうすね」と、相変わらず無愛想にそれに答えている。
「貴方がたの作戦はどうにもお粗末ですからね。〝紋章による組織的PK〟の次は、〝無所属メンバー達が団結して反撃する構図〟ですか? そんなに上手くいくとは思えませんがね」
「初めから上手くいくなんて期待してねーんだよ。俺が見たいのは〝混沌〟だからな」
二人の男は不気味に笑い合った。
側近を連れ、踵を返す解放者。
「では引き続き暴れてください。我々は同志が騒いだ頃合いを見て、内側から混乱させます――その後は貴方がたが待ち望んだ〝食べ放題〟と、上手くいけば〝デザート〟にありつけると思います」
そう言い残し、大空洞から去る解放者達。
その背中を見送ったのち、四道が立ち上がる。
「おし、お前ら。ここを通る奴等全員殺して良いぞ」
野太い歓声と共に、
鈍色の鎧を着た男達が武器を掲げた。
その中の一人が何かに気付く。
「あれ、リーダー。あれ誰ですか?」
そこには黒の衣装に身を包んだ、目の下に英字の刺青のある人物が立っていた。その人物を見た四道は深くため息を吐くと、岩にどかっと座った。
「おう、今までどこほっつき歩いてたんだよ」
PK達からの視線が集まる。
その人物はそれに答えず、佇んでいる。
頭を掻きながら四道が続ける。
「ちっとばかし協調性には欠けるが、お前の事は買ってんだよ、俺は。お前も一応うちのメンバーなら今回の大掃除にもキッチリ参加してもらわねえと。なぁケンちゃん」
「そうすね」
頬杖をついて睨み付ける四道。
側近の坊主の男も、その人物を睨んだ。
黒い髪と灰色の瞳。長い睫毛をパチクリさせながら、その人物は頷くでもなく微笑んだのだった。




