131 s
その場所には名前がない。
その場所には法律がない。
その場所には差別がない。
その場所はただ、力を求めた者が集まる。
その場所はただ、力を求める者に与える。
朝の来ない世界。光の無い世界。
あるのは残った片方の目と、己が信念のみ。
皆が名前も身分も捨て、
信念という名の〝剣〟を振るう。
枯れ果てた荒野の上、三つの影がいた。
顔の見えない黒のローブに、銀の剣。
三人が三人、同じ格好・同じ武器を持ち、異なる信念を振るい、火花を散らした。
「動きが鈍いな! 《目無しのNo.9》!」
ひときわ体格の大きい影が吠える。
目無しのNo.9と呼ばれた影は二つの影に狙われているようだった。もう一つの影が口を開く。
「まぐれで貰ったんだろ? 一桁の数字は俺がいただく」
二つの影が同時に剣を振るう。
目無しのNo.9は体を捻るように跳び、二本の剣の間を間一髪ですり抜ける――と、片方には剣の一撃を、片方には蹴りをそれぞれ喰らわせた。
「ぐうッ……二人でも無理か」
蹴り飛ばされた方は口に位置する部分を拭うようにして後退る。
「あ、ぁああぁぁあ!!!!」
そして斬られた方は、まるで炎に巻き上げられ散る煤が如く、黒く細かい屑のように体が崩れ、やがて消え去った――それは、この世界での〝死〟だった。
「……」
生き残った方は無言でその場から消える。
辺りに静寂が落ちると、目無しのNo.9はしばらくして歩き出した。
*****
小さな焚火を囲い、目無しのNo.9は見ることのできないその炎を、ただ見つめていた。
肩には美しい銀色の剣が、もたれるように置かれている。その柄の部分を撫でるように、目無しのNo.9は焚火をただ見ていた。
「よ。ちゃんと生き残ってるな」
瞬間――銀の剣を声の方へ振るう。
声の主はそれを避けるでもなく肩で受けるも、そこに傷が出来ることは無かった。
目無しのNo.9はハッとしたように剣を収める。声の主はため息を吐くと、彼とは反対方向に腰を下ろし、焚火を囲んだ。
「感覚が研ぎ澄まされてるのは結構だが、私の気配くらいはいい加減覚えてくれないか?」
そう言いながら、銀髪の美女シルヴィアは目の前に座る男――アイアンを見る。焚火に照らされながら、そのボロボロのローブの奥に一瞬、機械の顔が覗いたように見えた。
「二桁以降にはもう相手が居ないだろう――ただここから先、上に残っている奴等はハッキリ言ってモノが違う。玉座にこそ座れていないが数百年の時を〝この世界〟で生き延びている達人のような連中ばかり」
アイアンを観察するシルヴィア。
アイアンに動揺する様子は見られない。
シルヴィアは満足そうに頷いた。
「勝てなくても逃げたくても、戦う姿勢だけは捨てるんじゃない。それを失えばもうここで形を保てないから」
と言いながら、立ち上がるシルヴィア。
アイアンはただ、焚火を見つめていた。
「心配で見に来たが、余計な心配だったな。なら次会う時は玉座についた時だ」
そう言って、シルヴィアが笑顔を向けると、アイアンはゆっくりと顔を上げ――小さく頷いた。
「健闘を」
シルヴィアが闇へと溶け、
辺りに静寂が落ちる。
彼女が消えた場所をしばらく眺めた後、
アイアンは再び焚火に視線を向けた。




