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紋章カロア支部レストラン――
修道院内での一部始終を聞いた修太郎は、心配そうに怜蘭に視線を向ける。
「体に不調とかは? 怜蘭は平気なの?」
怜蘭は静かに頷いた。
「正直、体感した人は絶対的に信用してしまうと思う。私自身、あの時〝はい〟を選択していたら現実に戻れたんじゃないかって、少しだけ後悔しているくらいだから」
怜蘭もまた、キイチ同様にその場から消え、皆が彼女のオフラインを確認している。その後、同じようにして再び現れ、今度はオンラインの確認が取れたのだった。
解放者の言葉に偽りは無かったのだ。
「キイチさんが手品に加担してるとは思いたく無かったけど、あれは本物だった。解放者が言ってた事も理屈は通るし、聞くほど見るほど分からなくなる……」
そう言って、俯く怜蘭。
バーバラは修太郎に向き直る。
「キイチさんと、あとヨシノさんの伝言、預かってるわ。聞いたのは二人の住所と氏名で『外に出たら訪ねて来て』だそうよ」
それを聞いて、修太郎は静かに「そっか」と呟いた。
怜蘭が戻った後、第7部隊の面々からの解放者への質問が途絶えたため、当初の予定通りログアウトが実地されていった。そこにいた推定40人のプレイヤーは、2、3人が一度戻って来たのち、安心した様子で再び消えていったという。
「戻れるものなら、戻りたい」
長い沈黙を破ったのはキョウコだった。
一同が彼女の顔を見る。
キョウコは大粒の涙を流していた。
「ここでの出会いは私にとってかけがえのないものだけど、温室育ちな私にこの世界はあまりにも過酷です。ログアウトしていく人達を見て、純粋に羨ましいと感じました」
顔を覆いながら、涙声で語るキョウコ。
いつ死ぬかも分からない世界。
死と隣り合わせの残酷な世界。
エリアで無茶をすれば簡単にあの世に送られる中で、教会に行き、祈りを捧げるだけで現実世界に帰れる――それのなんと簡単で、なんと魅力的なことか。
でも……と、涙を拭きながらキョウコが続ける。
「ショウキチくんやケットルちゃん、それに修太郎君を残して自分だけ現実に戻ろうとは思いません。皆が残るなら私も残る。皆が解放者さんに賭けるなら、私も賭ける」
一刻も早く解放されたいと願うキョウコだが、独断で動かず皆に判断を仰ぐ所に、彼女がいかに第7部隊を大切に思っているかが現れているようだった。
「皆はどう思う?」
バーバラが皆に意見を求める。
ショウキチとケットルは答えが出せずにいるらしく、暗い表情で俯いている。怜蘭もまた口を噤んでおり、ラオだけは真っ直ぐ前を向いていた。
「私はやっぱり、ログアウトできるとは思えない」
そう言いながら、ラオは皆に訴えかけるように語り出す。
「そもそもこのデスゲーム化がMother AIのやりたかったことなら、現実世界への流出は最も避けたい事態じゃないか? それも、システムの抜け穴を通って現実に戻れる方法なんてせいぜい数人抜けられたらすぐにシステム側からの修正でも入りそうなもの。クエストだってリアルタイムでMotherの気まぐれで発生している訳で、370名ものプレイヤーのログアウトに気付かないはずがない」
あの場でも同じ事を言ったラオだったが、あれほど完璧な手段を見せられては、説得意見として弱かった。
ラオの意見について、バーバラが私見を述べる。
「でもまぁ、それ含めてMotherが我々人間の力だと認めて流出を良しとしている可能性もあるんだけどね。けど――うん、私も手放しで信用し切るのはまだ怖いかな」
言いながら修太郎の方へ視線を向ける。
優しい笑顔で頭を撫でるバーバラ。
「でもね、私達大人がこんなに悩んでも答えが出ないくらい、解放者さんの意見や実演にも説得力はあったの。キイチさん達が無事に現実世界に戻れたかは確認できないけれど、二人もよく考えた末に答えを出したんだと思う」
修太郎は納得したように頷いた。
フレンド欄を消し、前を向く。
そして解放者が語ったという言葉を思い浮かべながら、凛とした表情で第7部隊を見渡した。
「解放者さんのやり方も、Motherに見つかればずっと続けられないかもしれない。全員ログアウトできないかもしれないって言ってたんだよね――なら僕たちは僕たちで、ゲームのクリアを目指して残った人達全員を元の世界に戻してあげたい。特に僕は強さにも恵まれてるから、最前線の人達も助けたい! 自分に適した自分ができる事をしたい!」
修太郎の言葉に、ショウキチが立ち上がる。
「俺も! 俺も、なんかログアウトで途中退場って、なんか違う。なんか、もやもやする。外に出ても中の人を助けに戻れないなんて、たぶん飯もろくに食べられない! だから俺も残る! 残ってクリアしたい!」
吹っ切れたショウキチを見て、迷っていたケットルも決心したようだ。そして怜蘭とキョウコもまた、修太郎とショウキチの言葉に励まされ顔を上げる。
「とりあえず、私達は保留ってことにしよ」
バーバラの言葉に、全員が頷いた。
そして第7部隊はログアウトしていったプレイヤー達の無事を祈りながら、今後の予定を立て始めたのだった。




