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首なし公――
およそ3メートル近い屈強な体躯が、腰掛けていた玉座からゆっくりと立ち上がった。
全身鎧で身を包み、背中には擦れたマントを羽織っている。そして腰には立派な剣が下がっていた。
キレン墓地周辺mob図鑑から引用すると、首なし公爵デュラハンはキレン墓地のアンデッド達を生み出した存在と言われている。思念や怨念を操り遺体に歪な生命を与え、生ある存在を襲わせ配下を増やしている。その昔、大きな国の高名な騎士だったが冤罪によって処刑され、強い怨念を残していたためこの様な姿で蘇ったとされている――
デュラハンの館は上等な洋館のような内装で、玄関扉を抜けた先に、広い空間と赤い絨毯が広がる。そしてその奥に鎮座する形で首の無い騎士が来訪者を待っているのだ。
最終確認を兼ねて、パーティの要である盾役のラオが説明してゆく。
「注意するべきは第二フェーズ直後の広範囲斬撃とその後の連続攻撃。第二フェーズ以降の雑魚召喚と、第四フェーズ以降の斬撃延長。その際壁に寄りすぎると……」
「罠が飛び出して致命傷、だよな?」
言葉を続けるショウキチ。
ラオは満足そうに頷いた。
ショウキチだけでなく、ここにいる全員がエリアの特性からデュラハンの特性、使用技、注意点を把握している。
「前半は私も積極的に攻撃に加わるから」
気合を入れるバーバラ。
彼女の扱う聖属性も、アンデッドタイプのモブには特効効果を持つのだ。
「フェーズ移行後の雑魚処理は任せて!」
ケットルが口にしたと同時、錆び付いたような音を立ててデュラハンが動き出す。
両手で重そうな剣を引き抜くと、下段の構えのような形で剣先をずりずりと引きずりながら、第7部隊の方へと歩み寄ってくる。
戦闘開始――!
まず最初に動くのはラオ。
赤色の闘気を纏いながら激しく戦斧を叩き付け、一気に敵視を稼いでゆく。
「《鋼の魂》《剛力》《鋼の魂》《トライン・アクス》《ブランディ・ストライク》《鋼の魂》《ディグ・パニッシャー》」
デュラハンの剣を防御スキルで弾いた後、怒涛の猛攻で畳み掛けるラオ。絶妙な組み合わせで硬直時間も無く繰り出されたスキル群の威力は、最前線の攻撃役に勝るとも劣らない。
最後の《ディグ・パニッシャー》によって数秒のスタンが入ると同時に、今度はケットルとバーバラの魔法が乱れ飛ぶ。
「《火龍の礫》」
「《聖なる光》」
極大の火の玉と直線に進む光線がデュラハンの体に撃ち込まれ、その巨体が宙に浮く。
足元まで距離を詰めた修太郎、ショウキチ、怜蘭の近接攻撃役達の剣が光を放つ。
「《五連撃》」
「《三連撃》」
「《大斬撃》」
みるみる減ってゆくHP。
一連の攻撃によって、デュラハンはHPを17%失った。
「削り絶妙! 第二フェーズ入る前に強化掛け直し!」
ラオの指示によりバーバラとキョウコがバフを掛け直す。ラオは自身の防御力上昇とクリティカル回避のバフを使い、最後に全員のダメージを一度だけ肩代わりする《騎士の決意》を発動した。
全ては、第二フェーズ開始直後の強い攻撃に備えるため――
一般的に、ボスモブはHPが20%減るごとに〝フェーズ〟が変わり、攻撃パターンを変えてくる。
戦闘前にケットルが請け負った〝フェーズ変更ごとの雑魚召喚〟も該当し、それに加え、強力や技や回避が困難な技などを仕掛けてくる場合が多い。
そのため体力の削りを20%未満に抑えるのは攻撃役の仕事の一つでもある。
「遠距離組頼んだ!」
準備が済んだと判断したラオから指示を受け、ケットルとバーバラが魔法詠唱を、そしてキョウコがスキルを発動させた。
「《火竜の礫》」
「《裁きの光》」
「《強撃―火炎の矢》」
防御体制を取るデュラハンだったが、その殆どを体に受けHPを更に7%減らす。
そしてHPが合計20%以上削られたことにより、デュラハンの動きに変化が見られた。
「第二フェーズ最初の連続強撃――」
怒号にも似たラオの声は、耳をつんざく金属音によって掻き消えた。
ギャリィィイイィン!!
ラオの戦斧とデュラハンの剣が衝突。
激しく火花と金属音を轟かせた。
「援護に……」
「ううん、衝撃波に備えて!」
心配する修太郎に、怜蘭は短くそう伝える。
金属音に合わせるように周囲に広がる斬撃が発生し、波紋のように伸びたそれは第7部隊に襲い掛かる。
たちどころに吹き飛ばされる面々だったが、ラオの《騎士の決意》によってダメージが肩代わりされ、無傷となっていた。
「第二フェーズの一撃目だけ範囲攻撃になるの厄介だね」
「ちょちょ! そんな悠長なこと言ってる場合か!? 攻撃がラオに全部集まってるってやばくないか?!」
不機嫌そうに体勢を立て直す怜蘭。
ショウキチは慌てた様子でラオを見た。
ラオは何食わぬ顔でデュラハンとの鍔迫り合いをしている。
彼女のHP減少値は、全員分のを肩代わりした割に驚くほど少ない。
「《火炎の嵐》」
杖を動かすケットルの範囲魔法が、周囲に沸き出していたアンデッドを焼き払う――その間もラオはデュラハンと一対一で武器での応酬を繰り広げている。
近接組は合図が来るまでじっと耐える。
「やっぱりレベル差もあって固いのか?」
「それもあるけど、あれは盾役に最適なラオの固有スキルの効果。第二フェーズ序盤の連続攻撃はあの子一人で余裕で耐えられるはず」
ショウキチの問いに、ラオに対する信頼感からか、怜蘭はひどく落ち着いた様子でそう答えたのだった。
ラオの固有スキルは《達人の鎧》。
効果は〝相手攻撃の防御に連続成功すると、自動的に防御力強化のバフが掛かる〟というもので、怜蘭の言うように世の盾役にとっては垂涎もののレアスキルである。
第6部隊ガルボの《瓜二つ》のような、幅広くどの職業でも応用の効く固有スキルも重宝されるが、ラオの《達人の鎧》のように職業役割に特化したスキルは数も少なく、ゆえに希少とされている。
「たまたま対人戦闘で好成績を残した私よりも、実際のところ、ラオの方が最前線で重宝されてた」
最も死亡リスクが高く数の少ない盾役で、ラオのような固有スキルを持った存在は本当に貴重であった。
「あの子は人一倍責任感が強くて優しすぎるの。でも守りたいものがまたできて、今度こそ絶対失いたくないからって――きっと今のラオが一番強い」
ラオがデュラハンの攻撃を全て捌き、最後に大剣を弾き飛ばして大きな隙を作った。ケットルは見惚れたように「すごい」と呟いた。
「第三フェーズまで一気に削るよ!」
ラオの指示に、全員が力強く頷いた。




