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犬使いというイレギュラーを体感したからか、一行の動きに緊張故の固さは見られない――戦闘能力の高い第7部隊であるから、落ち着いて挑みさえすれば苦戦する場面はほとんど無いのである。
地響きと共に、巨大な骨が崩れ落ちる。
とどめを刺したショウキチは特に得意げに威張る様子もなく、深く息を吐いて二本の剣を鞘に収めた。
「そういえばさ、なんで最前線の人達はエリアの隅々まで調べてから次に進むんだ? ボス倒してどんどん進めば、今頃はもっと先のエリアが最前線なんじゃないの?」
午前中の目標だった二体の巨人スケルトン通称〝兄弟〟を倒した帰り、カロア城下町へと向かう道の途中、ふとショウキチが呟く。
「それはアレだ、後続組を育てる必要があるからだ」
戦斧を肩に担ぎながら、先頭を行くラオが答える。
「もし仮に最前線組が必要最小限の情報で攻略してどんどん先に進んじまったら、後続のプレイヤー達が未発見の何かによって命を落とすかもしれないだろ? 最前線はゲームクリアを目指すと同時に、自分達が全員死んでしまった場合の〝次〟も考えて進んでるんだよ」
デスゲーム化した現在、最前線組がエリア一つクリアするのにかかるのは一週間程度と言われている。
未開拓マップという前提で、マップ開拓と罠の位置と種類把握に3日、敵の特性を掴むために1日、ボスの特性と攻撃パターン把握に2日、そして本格攻略に1日といった内訳である。
最前線組は常に、いつ自分が死ぬかも分からない状況にいる。そのため自分達が命がけで開いていったエリア情報を、後発組に繋いであげる必要があるのだ。
故に、しっかりと予習したパーティの死亡率は極めて低い。
最前線組が苦労して集めた情報により、後発組はエリアの特性を100%理解したうえで挑む事ができる。攻略方法も何もかも裸になっているため、レベルさえ満たされていれば1日あればクリアできる場所がほとんどである。
「私がショウキチとケットルを連れ回した施設、NPC、掲示板はゲームに散りばめられたエリア攻略の〝手掛かり〟だが、それらの場所を見つけ出し無償で提供する攻略組の功績があればこそだ」
「へええ、かっこいいな」
ショウキチは目を輝かせる。
聞いていた怜蘭の表情に影が落ちた。
ラオは空を見上げながら苦笑する。
「親友の死で参って、最前線で頑張る意味が分からなくなって、でも何もしないのは耐えられないから後発組の支援でも――ってアリストラスに戻ったわけだけど……」
そう言いながら、振り返るラオ。
「こうやってショウキチやケットル、そして修太郎みたいな有望な後発組が育っている現場を見てたらさ〝あぁ、私達のやってきた事って意味があったんだな〟って思えた」
視線は最後尾を歩く怜蘭に向ける。
真剣な表情で見つめ返す怜蘭。
「だからもう一回、私は最前線で頑張りたいと思ってる。私達の頑張りは、ちゃんと後発組に受け継がれてる。私達の頑張りは、非戦闘民の希望になってるって分かったから」
もう折れないよ――
強い意志で、最後にそう呟くラオ。
「決心がついたんだね」
「うん。ありがと、ここまで待ってくれて」
親友を死なせた事による喪失感に加え、自分達の努力は本当に実っているのかという疑問にぶつかり、心を病んだラオ。しかしアリストラスで強く生きるプレイヤー達や、希望を捨てていない第7部隊を見て、再び最前線を目指す決心がついたようだ。
怜蘭は多く語らず、目を伏せて頷く。
「じゃあこれからは最前線目指すのか!?」
「うん。だから悪い、そっちの最終目標は違うかもしれないけど、私達は最終的に最前線へ……」
そこまで言いかけたラオ。
バーバラは呆れたようにラオの背中を叩いた。
「もう、なーに言ってるのよ。私達全員で〝第7部隊〟なんだから気を遣わなくていいの! それに――私達の最終目標は最初から最前線だったわけだし」
驚いたように振り返るラオ。
キョウコやショウキチ、ケットルも同じように、決意を秘めた瞳を向けている。
「そっか」
嬉しそうに唇を噛み締めるラオ。
こみ上げてくる何かを必死に耐えていた。
「じゃあさ、じゃあさ、怜蘭が戻ったら最前線三本指が復活じゃん!」
「ふふ。もう私の席には誰かが座ってると思うけどね」
ショウキチの言葉に苦笑して答える怜蘭だったが、その目に静かに闘志を燃やしていた。




