102
闇に愛されし土地――キレン墓地。
枯れた木々と朽ちた教会。
見渡す限り墓が並び、周囲には不気味に白いモヤが立ち込めている。
巨大な生物の骨が小高い丘を形成しており、墓標の中には錆びた剣だけの物もある。
かつてのβ時代にプレイヤー達を最も苦しめたそのエリアにある種憧れを抱いていた修太郎は、怖気を覚えるようなその光景に目を爛々と輝かせていた。
「とりあえず、最初だから欲かかずに午後12時になったら一旦引き返すことにして進もう。先頭は私が、最後尾は怜蘭ね」
戦斧を肩に担ぎながら、真剣な表情でラオが言う。皆はそれに黙って従い、隊列を崩さないように足を進める。
「特効ダメージが与えられる私と君がパーティの要だよ。頑張ろうね」
修太郎の周りをパタパタと飛び回る小さい黒竜に向け、表情を強張らせてケットルが言う。
黒竜は「ガアウ」と一言。
ケットルは思わず笑みを浮かべる。
「(そういえばセオドールの実力を知らないよね私達)」
「(でも修太郎君の召喚獣ならきっとまた常識を超えた活躍をする気がします)」
後列のバーバラとキョウコがヒソヒソと何かを話している。キョウコの発言は真実の琴線に触れているのだが、今は誰も知る由もない。
「前方2時の方向に〝猟犬〟三匹。たぶん後ろから〝飼い主〟も付いて来る」
ラオの声で皆が一斉に戦闘態勢となる。
修太郎が2時の方角に目線をやると、そこには首輪を付けた大きな三頭の犬が、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
体長約4メートルの巨大な犬。
体の周りには薄らと瘴気のようなものが立ち上っており、踏み締める爪は鋭く太く、滴る涎は酸のように触れたものを溶かす。
キレン墓地周辺mob図鑑から引用すると、猟犬ベロアーは主に腐った肉を食べ墓場を彷徨う獰猛な獣である。体の半分はアンデッド化しており、辺りに瘴気を撒き散らしている。爪や牙には猛毒が含まれており、墓地に潜む最も恐ろしい生物である。
「最初の戦闘が〝犬使い〟とは――」
毒付くように怜蘭が呟く。
大地が揺れ、地響きが鳴る。
何かを引き摺る音が響き渡る。
5メートル程の巨体を揺らし、犬を追うようにして人型のmobが第7部隊の前へと現れた。首には何本もの剣が刺さっており、紫と緑の中間色の血液を撒き散らしていた。
キレン墓地周辺mob図鑑から引用すると、死刑囚マンバルドはかつてカロア城下町で106人の命を奪った大量殺人鬼である。首切りの刑に処されたが、その屈強な肉体の前に何本もの名剣が折れたという。首無し公デュラハンの力によって墓から蘇ると、三匹のベロアーを飼い慣らし、墓場に迷い込んだ人間を襲わせている。
準ボス級の猟犬を三匹引き連れ、自身もボス級の強さを誇る死刑囚マンバルド――β時代多くのプレイヤー達を屠っており、その時付けられたあだ名が〝犬使い〟である。
決まった場所に留まらず、キレン墓地を隅々まで歩き回るその厄介な特性は、大規模化しない侵攻とも呼ばれている。
広大なキレン墓地に沸く犬使いは1組だけなので、遭遇確率は極めて低く、出会ってしまったのは〝不運〟である。
「私が敵視を集めたら猟犬AからCまで順々に! 人型は最後!」
そう言ってラオがスキルを重ね掛けする。
バーバラもラオに向け支援魔法を発動した。
「『こっちだ!』」
ラオが《挑発》を使うと犬使いは標的をラオに絞る――そこへ第7部隊の集中砲火が炸裂した。
まずケットルの放った火球が猟犬Aを襲うと、苦しい鳴き声と共に猟犬AのHPが5%ほど削れると、力強く地面を蹴ってショウキチと修太郎が追撃を加える。
「《三連撃》」
「《三連撃》」
前足、胴体、後ろ足――と、
滑らかな動きで剣を叩き込む二人。
特に修太郎の攻撃力は凄まじく、武器を新調したショウキチの攻撃力も推奨数値を大きく上回っている。猟犬AのHPが残り72%となると、上空から矢の雨が降り注ぎ、続け様にHPを69%にまで減らした。
矢の雨を受けた猟犬達とマンバルド。
致命的なダメージは与えられてはいないものの、付与された火属性のダメージは無視できない。キョウコは次なる矢をつがえている。
「『こっちだ!』《アックス・バッシュ》」
敵視を集めるラオの《挑発》に加え、戦斧の腹の部分で猟犬Aの頭を叩くと、猟犬Aは硬直状態となった。
マンバルドの豪腕がラオを襲う。
そして猟犬Bの噛みつきが繰り出された。
猟犬Cは様子を窺っているようだ。
直前に防御スキルが展開され、直撃しラオのHPが残り77%となる。予めバーバラによる軽減魔法と防壁魔法を受けていたラオは、驚くほど少ないダメージ量で敵の波状攻撃を耐えていた。
(犬使いの攻撃は流石に痛いな)
心の中で舌打ちをするラオ。
怜蘭の剣が怪しく光る――!
目にも留まらぬ速さで繰り出された斬撃は、69%残っていた猟犬AのHPを31%まで削り、猟犬Aは剣圧に押されて吹き飛んだ。
「すげええ怜蘭! 一気に削れたぞ!」
「心強い!」
興奮した様子のショウキチとキョウコ。
残る敵は三体――の、筈だった。
猟犬達とマンバルドの体が四散する。
一行の前に、銀色の巨大な狼が鎮座した。
「なっ?!」
「嘘……!」
絶句するラオと怜蘭。
側から見れば侵攻発生の瞬間のようであるが、実際はシルヴィアが本来の姿に戻っただけである。元第21部隊の面々は、改めてその規格外さに唖然としていた。
レベルアップ音が連続して響き渡る。
『主様に褒められるのは私だけだ』
『……』
得意げな顔で小黒竜を見下ろすシルヴィア。
セオドールは無言を貫いていた。




