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 貴族であるディオールの本名は長い。

 ディオール・シュテファン・ベネディクト・アウグスト・アントン・ミヒャエル・アダム・フォン・アーバイン=ロートリンゲンとなる。


 付随する称号も多く、全てを合わせれば二十行ほど増える。

 しかし母親でさえ正確には覚えていないし、そもそも名乗る事もない。


 幼少期より周りを固めるのは、同じく長い名前を持つ貴顕の子息。

 宮廷で生まれ育ったディオールにとって、初めての学園生活は面白かった。


「昼まで授業を受け、午後は学生達と議論をし、夜はフス先生と戦略を語る。なかなか良い暮らしだと思わんか、ロラン」


 薄い赤茶色の髪を揺らして、ロランが困った顔をする。

 目立つ美形の妹よりも、大学内では筋骨逞しい兄の方がまだ人目を引かぬと、護衛の役割は入れ替えになった。


 しかしディオールより三つ歳上の騎士にとっては、主君に出歩いて欲しくない。

 プラハには三つの隠れ家と四箇所に馬を用意してあり、他に支援者も居る。

 隠れるならじっとしてろ、と兄代わりとしては叱りたいところ。


 その表情はディオールにも伝わる。

 主従関係は上下関係とは違う、一団を形成し戦う為に築いた間柄である。


 ロランの方も盲目の忠誠ではない。

 同じ乳を飲んだ主家の長男とは特別な関係である。

 無事に栄達すれば、帝国の将軍位が若くして転がり込むのは間違いなかった。


 だがロランは地位が欲しかったり、誰かに強制されて従う訳ではない。

 幼き頃のディオールが、ポケットに詰めた菓子を分けてくれたり、剣術ごっこで誤って皇子の顔を真ん中を打った時に、最後まで転けたと言い張ってくれたからでもない。


 ディオールの初陣に付き従った時に、自分はこの方と戦う為に生まれたと確信した。

 騎士にも主人を選ぶ権利はある、そしてロランが選ぶ旗は一つしかなかった。

 他に考えられないのではなく、既に一つと決めたのだ。


 ――第二次継承戦争の末期、僅か七百の騎兵で一万八千のフリードリヒ軍の別働隊に挑む時、ロランは言った。

「ここで死ぬかも知れませんね」と。


 ロランの若き(あるじ)は、気弱な乳兄弟を咎めることもせず笑顔で返した。


「ならば共に死にたいものだな。もちろんお前達ともだ! 貴様らの死は生涯忘れぬぞ、生き延びれば必ず仇を果たすと約束しよう。もし先に俺が死ねば、フリードリヒでもアルブレヒトでも、好きな主君を選ぶが良い!」


 初陣だった十三歳の皇子の台詞は、ロランだけでなく集まった七百の騎士に向けられたものだった。

 全員が常人を超越する力を持つ最精鋭の騎士。


 それでも発展著しい火銃を備えたフリードリヒの新型軍と戦えば勝ち目は薄い。


 だが皇太子直卒の栄誉を得た騎士の群れは、名誉よりも実利を選び、雨の夜に一万八千の軍に襲いかかった。

 一騎当千とまではいかぬまでも、当百には匹敵する戦士階級の集団は平民から集められた軍隊を蹂躙した。


 そのまま二日二晩追い続け、アーバイン家の本領であるエスターライヒ大公国を東から包囲しようとしたフリードリヒの戦略は破綻する。


 母テレーザと妹達が南東のパンノニア王国に逃れたと知ったディオールは、再び騎士達に言った。

 ここまで生き残ったのは三百名余りに過ぎない。


「騎士諸君の働きで、完全なる包囲は崩れた。戦いは果てなく続くことも、明日終わることもある。既に馬も疲れ逃亡も不可能、何処かの敵陣へ突入し玉砕しても良いが……」


 騎士の大半はここで盾を手で鳴らして賛意を示したが、ディオールが右手をあげて抑えた。


「余はエスターライヒとベーメン及びパンノニア、全ての家領と皇帝の法定推定相続人としてバルト王に和平を申し込む。奴は丁度、首都ヴィアーナの近くに来ている。それにほら、母上が降参するとは思えんだろう?」


 今度は全ての騎士が止めた。

「せめてフリードリヒの陣営には某をお遣わし下さい」と申し出るのは穏健派で、「絶対に認めませぬ。ならば先に自分の首を落としてから!」と詰め寄る者もいた。


 ロランは初めて、ディオールが「余」と自称するのを聞いた。

 三つ歳下の乳兄弟が、家に付きまとう責任を果たそうとするのを見た時に、彼の生き方も決まった。


 宮廷騎士(ファルツ)よりも身分が高い者も居たが、全てを押しのけてロランは御前に進み出る。


「ご一緒いたします。ヴィアーナへ戻りましょう」と。

 次は誰が共をするかで揉めたが、十二騎を除きその場で解散した。


 ――第二次継承戦争は、パンノニア王国以外を占領されたままアーバイン家が休戦を申し出る形で終わった。


 ロランは、万が一にもディオールが先に死ぬような事があれば、必ずフリードリヒを殺すと決めていた。

 宮廷騎士(ファルツ)とは、古代の皇帝親衛隊(プラエトリアン)を語源に持つプファルツを意味し、パラディンと同じである。


 ドラゴンやヒポグリフと戦ったと伝わる中世騎士に、先祖還りしたかのような戦闘能力をロランは持つ。

 北琅王フリードリヒの幕舎に忍び込み、護衛に心臓を貫かれようと千切れた首がフリードリヒを噛み殺すだけの覚悟がある。


 今のディオールは、学生会館の地下で無政府主義(アナーキスト)の演説に割り込み議論を戦わせていた。


「変わったお方だ」とロランは思う。

 だがロランの忠誠は一度も緩んだことはない、至急を報せに飛び込んだディオールの部屋で、素っ裸の妹がベッドから転がり落ちるのを見てもだ。


 その妹は、ディオールが死ねば、報せを聞いた日に首を突くだろうとも分かっていた。

 ロランには妹を止める気もないし、妹の葬儀よりもやるべき事がある。


 今やるべき事は、討論を楽しむディオールを「もうそのへんで」と回収することであったが。


 これは、生きるも死ぬも主従一体の時代の物語。


遺伝子と食い物がよく幼少期から訓練を積む騎士はオーク並みに強い

FSSの騎士ほど飛び抜けてはいませんが

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