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 追撃して戦果を拡大することこそが騎兵の本領であると、ディオールも知っている。

 ロランとエーバー、それに長銃を持たせた銃騎隊を引き連れ、退却するスモレンスク軍と並走するように機会を伺っていた。


 両腕を広げただけの長さがあるフリントロック銃、とても馬上で扱える代物ではなかったが、常識に捕らわれていない遊牧民は、銃身や銃床を短く切り落として使うようになっていた。


「お前ら……それ一丁が、幾らすると思ってるんだ……」


 最初は嘆いたディオールも、裸馬を蹴ってほんの十数歩の距離まで近づき、高確率で命中させる銃騎兵を見て考えを改めた。

 戦闘において最も難しい最初の一撃を加えるのに、ふさわしい兵科だと理解したからだった。


 南から追い続けるディオール軍は、敵の本隊から離脱する小集団を補足しては撃滅する。

 敗戦となれば、誰もが真っ先に故郷に戻ることを望む。

 殿軍を本隊に任せて生き延びたいと願ったスモレンスク軍の一部は、草原に屍を晒すことになった。


 そして、小さな勝利を重ねるディオールの元には、祝いと味方が増える。

 ディオールの秘書役は、今はマシニッサが務めていた。


「今日は、何処の部族だ?」

「リヴネ、ルークツ、サルヌイの三部族です。二つは戦士二百ほどですが、サルヌイ族は千近い戦士が揃うとか」

「まあ良い、会おう。連れてこい」


 草原の地でディオールの公式な身分は、エカテリンの客将である。

 女王エカテリンに繋がりのある部族は、こぞってそちらに挨拶に出向く。

 敵対していた部族はディオールの所へやってくる、手段は様々だが目的は一つ、対スモレンスク戦役の勝ち馬に乗りたいのだ。


 リヴネ、ルークツ、サルヌイ、三つの部族の長がそれぞれ口上を述べた。

 要約すると。


「エカテリンに従うので口添えして欲しい」と「指揮下に加えて欲しい」と、最後は「協力するから共にエカテリンを倒そう」であった。


 秘書官となったマシニッサは、ちらりとディオールを見たが皇子は目で抑える。

 合図を出せば、3人目の族長はここで死んでいた。

 十七歳の髭も揃っていない若者は、椅子から立ち上がることもなく返答する。


「リヴネとルークツの族長殿。戦勝祝いの言葉、ありがたく受け取ろう。余はこのまま西進し、スモレンスク公と戦う。若き戦士を三十名ずつ、余の指揮下におくことを許す。手紙も書こう、エカテリン陛下は物分りの良いお方だ、苦境に際して駆けつけたそなたら一族を、粗略に扱うことはない。急ぎキーエフへと馳せ参じることだな」


 リヴネとルークツの族長は喜んだ。

 戦士全てを差し出せと言われても断れぬところで、戦争の経験もない若者三十人で済んだのだ。

 若い女は貴重だが、男は幾らでも代えが効く、それが遊牧民の価値観だった。


「さて、サルヌイの族長殿」


 一転してディオールの声と目つきは冷ややかになる。


「聡明にして偉大な女王エカテリン陛下は、草原の民全ての行く末を考えて侵略者スモレンスク公国との戦いを選んだ。幸いにして、余と余の部下は戦い方を知っている。慧眼をもって兵を与えて下さったわけだ。今もって余の指揮下に1万、キーエフには2万の軍勢が集うという。貴公は己の土地に帰り、戦の準備をするが良い。さらばだ」


 ディオールにエカテリンを裏切るつもりはない、むしろ草原の土地に興味がないと言った方が良いが。

 つれない言葉にサルヌイ族の長は、大いに慌てた。


 若者の野心をくすぐり、操ろうとした野望を直ぐに投げ捨てる。

 結局、馬一千頭と兵糧、若い戦士百名をディオールに、それとエカテリンに人質を出すことで同意した。


 補給に問題を抱えるディオールは、無制限に兵を増やすわけにはいかない。

 また各部族の長や有力者といった、面倒な管理者を抱えるつもりもなかった。

 戦いのやり方も知らぬ若者ならば、ディオールやガリバルドの命令を忠実に守る、そして軍隊とはそのような若者だけの方が都合が良い。


 実際、世間知らずの蛮族の若者は、無類の力を持つ騎士ロランと騎士エーバーを神話に出てくる英雄と等しく扱った。

 両雄を従えるディオールもまた英雄である……が、唯一人だけ、皇子を上回る敬愛と憧憬を集める人物がいた。


 セルシーニア・エリザベート・テラ・オルランドである。

 輝く胸甲に鋼鉄の槍、明るい髪をたなびかせて疾走するセルシーの姿は熱狂を巻き起こす。


 遊牧民の若者どもは口々に「アナト――戦いの女神――の化身」と呼んだ。

 ディオールは、女神の化身の兄に苦情を訴える。


「ロラン、あいつ俺よりも目立って……いや、俺よりも強くないか?」

「おや、ご存知なかったのですか?」


 忠実な騎士の返事はそっけないものだった。


 それからスモレンスクの本隊を追い続けること五日、ディオールは騎兵千五百を引き連れて、決戦を挑むつもりであった。


 だが――。

「ちっ……ミハエルの死体を返すのではなかったな」

「拠り所となっていますね。彼らの気持ちも分かります。自分も殿下の遺体を最後までお守りしますよ」


 馬上にあるディオールとロランは、苦戦の予感を嗅ぎ取っていた。


「ところでロラン、俺の死体を持って何処へ行く?」

「それはもちろん、テレーズ様のところへ」

「母上は泣くと思うか?」

「それももちろんですが、お怒りになるでしょうなあ。先に死んだディオール様と、殺した奴らに。必ずや敵を皆殺しにして、土地に塩を撒くでしょう」


 無駄話の途中で、ディオールが退却のラッパを吹かせる。

 残存する歩兵二千と騎兵五百のスモレンスク軍は、追ってきたディオールの騎兵部隊を見ると、慌てることなく隊列を整えた。


 指揮はコモロフスキ卿、老境に差し掛かった将軍は責任を取るべく本国を目指していたが、ミハエルの仇を見つけるや、堂々と戦列を組んで押し出してきた。

 百名余りの軍楽隊も健在で、太鼓と管楽器が奏でる歩兵行進曲に合わせ、二千の歩兵が足並みを揃え前進する。


 予想以上の士気を見たディオールは、無理押しする場面ではないと判断した。


「死を覚悟した兵を相手にしたくない。我が軍にも、鼓笛隊が欲しいところだな。歩兵にはリズムが必要だ」


 弱気にも映るディオールの判断を、ロランとエーバーが「賢明です」と支持する。

 今もまだ獅子の旗の下には十分な戦力があるとは言い難い。

 なるべく弱い敵を探す局面であった。


「それとだ、ロラン」

 引き際に、ディオールは幼馴染の騎士に語りかける。


「母上が泣くかは怪しいな。弟がまだ二人もいるし、母上は俺がフリードリヒに捕まっても何の交渉もしなかったようだ」


 嫡男のディオールは、母の愛を疑ったことはない。

 だがしかし、エスターライヒ女大公にして二つの国の女王であった母テレーズが、長男の身を最優先にしないことも知っていた。

 そして、今の勝手な行動と挙兵を、どう思っているかは知らない。


 ディオールは頭を振って、馬を継いでも二十日はかかる距離にいるパンノニア女王のことを振り払った。

 スモレンスク公とは戦う、戦うが拠って立つ拠点が要ると判明していた。


「南から攻めよう」とディオールが決め、反対は出なかった。

 スモレンスク公国の最南端、ロスラブリの街を騎兵で奇襲し、一日で落とす。

 それから南進し、歩兵と合流してブリャンスク伯領になだれ込む。


 五千の歩兵と二千の騎兵、更に四門の砲に狙われたブリャンスク伯の居城は二日で落ちた。

 ナヴァラ、フラコフ、ブリンニエと、周辺諸侯を攻め領域を拡大させいく。


 ルブリン王国内には、父王殺しのディスワフと、対抗するラウエンブルク家。

 北部に駐屯したバルト軍と東方のスモレンスク公国、そして遊牧民を率いて侵入してきたアーバイン、五つの勢力が割拠することになる。


 季節は盛夏、八月に入りブリャンスク城を居としたディオールの下へ、嬉しくない報せが届く。


「陛下、スモレンスク公ウラジミールは、ディスワフと手を組んだそうです。クラクフからおよそ三万の援軍が東方へ発ったとのことです」


 ディオールは急ぎ諸将諸卿を集め会議に入る。

 取れる戦略は少なく、ラウエンブルクへ同盟を打診するしかなかったが。


 ディスワフの援軍は三万、スモレンスクは国の危機に際し二万を集めていた。

 一方のディオール軍はようやく一万を超えたところ、エカテリンが全軍を差し向けても合計で三万五千にしかならなかった。


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