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 女王エカテリンが、ディオールの目を覗き込みながら尋ねた。


「男は誰もが戦えと叫ぶ、勇ましいことにな。槍弓に倒れる男子を一人を産み育てるのに、どれほどの骨折りと年月を費やすか分かっておるか?」


 女王の言葉に、ディオールは素直に頭を下げて答えた。

「私も、母上には感謝しております」


 一つ頷いてから女王は続ける。

「勘違いするでないぞ。戦うは誉れ、決して恐れることはない」


 この言句は、ディオールでなく女王の背後や周囲に従う重臣や各部族の長に向けたものであった。


 草原の女王は、ディオール達と同じ西方文明圏の出身で、草原の王のハレムに囲われていたに過ぎない。

 だが女王は、夫の逝去に際して己の知恵と行動力で成り上がった。


 幼い息子の後見として立ち、西方からの武器と知識を独占することで、勇猛だが無鉄砲な遊牧民を従えた。

 拠点と定めたキーエフに恒久的な城を造り、商人を集め、周辺を灌漑して人口を増やす。


 武力よりも富で支配してきた女王だったが、臆病と見られることは徹底的に避けた。

 強い者に従う遊牧民は、戦争には勝てる時だけ参加する。

 慎重と不安を見せれば、一夜で離反しかねない。


「ディオール殿下、そなたは勝つと言ったが、如何にして勝つのか?」

 女王が尋ねた。

 ディオールはことさら鷹揚に、帝国軍を指揮任命する者として答える。


「スモレンスク公の軍は、歩卒四千に騎兵二千。従卒と傭人を加えれば、1万にはなりましょう。大軍です」


 十二の部族をまとめるエカテリンは、動員兵力ではこれに数倍する。

 しかし、規律と戦術を徹底したフリントロック銃兵と、二千もの有翼突撃重騎兵の前に、遊牧民の軽騎兵では攻め込む術がない。


 遊撃に徹して消耗を待てば、最小限の被害で追い払うことも出来るが、草原の民は消極的な戦術を苦手としていた。


「そなたに任せれば期待出来るものとなるのか、殿下」

 僅かに期待を込めてエカテリンが聞く。

 聡明な女王は、現状を良く理解していた。


 優雅な微笑みを付け、ディオールは返す。

「私に三千もお預け頂ければ必ずや。私は、七百の騎兵で2万の軍を蹴散らしたことがございます」


 ディオールの態度と口調は、セルシーが見れば惚れ直すほど堂々としていたが、エカテリンは露骨に失望する。

 彼女が聞きたいのは、ありがちな大言壮語ではなく、納得出来る道筋であった。


 だが、周囲の重臣と族長どもは「おおっ!」と歓声を上げる。

 寡兵を持って大軍を撃つと言うのは、どの時代の男も憧れるものだ。


 エカテリンがしばし迷う。

 ここでディオールを討ち取り、首を土産にスモレンスク軍に撤退を願うのが、正しいかとも思えたのだ。


 そしてディオールは、女の心の変化を正しく見抜く。

 新たな命令をエカテリンが出す前に、本題へと入る必要があった。


「女王陛下、スモレンスク公の軍は精強なれど、北琅王フリードリヒの軍勢には遠く及びませぬ。侮っているわけでは御座いません、より強き者を知る私には、恐れる必要がないのです」


 女王に許可を取ったディオールは、連れてきた騎士を呼び寄せた。


「ロランとエーバー、共にエスターライヒを代表する騎士。私の両翼と言える存在です。騎士の力を、お見せしましょう」


 この言葉に、血の気が多い遊牧民の男達が乗ってくる。

「我が部族の戦士と戦わせてみよ!」と一人の族長が言えば、別の族長は自ら挑むと言い出した。

 戦いの空気を作ろうとするディオールに、エカテリンはまだ態度を決めかねていた。


「時に、ディオール殿下。戦は勝てば良いというものではない、分かるか?」

「もちろん承知しております。ルブリン王国との間に、禍根を残せば草原の民の未来に影を落とすことになるでしょう」


「ならば如何なる結末を用意出来るか?」

 君主の視点でエカテリンは尋ね、ディオールは胸元から首飾りを取り出して見せた。


 白金の鎖に大粒のサファイア、宝石には白い翼を広げた鷲――ルブリン国の紋章――が浮かぶ、ウリヤナ姫の首飾り。


「先だって崩御なされたジギスムント王が息女、ウリヤナ殿から預かりし物です。彼女が私の味方になってくれるでしょう」


 エカテリンにはその意味が分かる。

 目の前の危険な皇子は、ルブリン王国を乗っ取ると言っていた。

 この時にエカテリンが大きな恩を与えれば、西方の危険は全て取り払われることになる。


 それは逆らい難い魅力であった。

「ほ、本当に勝てるのか? スモレンスク公爵は大領主、名高きアーバインの騎士と言えど、たった二人では抗することも出来まい」


 ディオールは、ようやく手札を全て見せることにした。


「前のロンバルド公爵ガリバルド、かの者が指揮を執ります。帝国でも歴戦の将にて。最新の火銃に、野砲が四門、騎兵指揮はロランとエーバーが。我々がここに居ることを知らぬ敵軍を、まず緒戦で叩き潰すことをお約束しましょう」


 断言したディオールに対して、女王は五千の兵と馬を与えた。


 火薬と弾は、商人達が買い集めていた。

 ありったけの黄金を吐き出し、土地の穀物も買い漁る。

 遊牧民の拠点だけあり、馬の飼料には不自由しないが、不作のルブリン王国内まで攻め入るには準備の時間が足りない。


「だが、まずは一戦して勝たねばならない。見物人は多い、彼らが参加する理由を作ってやらなとな。ガリバルド、足の具合はどうだ?」


 年寄りをいたわる素振りを見せたディオールに、老将が口ひげを上げて答える。


「心配なさいますな、馬には乗れまする。さて、必勝の戦とは古来より例なきものでございますが、此度は例外といたしましょうぞ」


 六月も終わりを迎え戦争の季節。

 目覚めた獅子の旗が、ゆっくりと西へ動き出した。


 

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