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 ディオールは、捕まえた男たちを謁見していた。

 山賊盗賊の真似事をしようとした男どもである。


 通常、身分に差がある時は、直接に言葉を交わしたりしない。

 身分に応じて話を仲介する人数が増えるといった面倒な事を、どの文化圏でも行う。


 ただし急ぐ時、特に戦場においては皇帝や王であっても平民や一兵卒から直に話を聞く場合もある。


「臨機応変ってやつだ。ロラン、俺が尋ねる」

 護衛役の騎士を押しのけて、ディオールが十三人の男達の前に立った。


「ところで、俺はそんなに弱そうに見えたのか?」

 まずディオールは、襲われた理由を聞いた。


 皇子の背丈はどの民族に混じっても高い方に入るが、まだ線が細い。

 ロランやエーバーになると、それに加えて体も厚い。


 支配者層の中で婚姻を繰り返し、平民では日に二度の食事を三度は食べ、肉も毎日食卓に並ぶ、畑仕事をせずに体を鍛え武具の扱いを覚える騎士以上の階級は絶対的な強さを持つ。

 文字通り生まれと育ちが違う。


 何十世代にも渡って積み重ねた差は、戦う一族と従う一族を明確に分けた。

 もちろん平民でも一代で騎士に叙任される勇士を産むことはあるし、騎士家に生まれても弱い者はいる。

 だが次代も弱いとは限らないので、主家は些細な事だと気にせずに代々の面倒を見る。


 優れた祖先を持つ者は、優れた子孫になる可能性が高い、これが常識の世であった。


 捕らわれた十三人で、真ん中の男が代表して口を開いた。


「そ、そういう訳ではございません。か、金持ちに見えました。強そうな護衛が付いてましたので……」

 男は言いながら取り上げられた火縄銃を見た。


 農民が獣の狩りに使うありふれた銃だが、当然人も殺せる。

 騎士貴族と平民を分ける絶対的な武力の差は、この兵器によって薄れつつあった。


「撃たなかったからな。命は助けてやろう、ただし話は聞かせてもらう」

 盗賊と化した農民達が持っていた唯一の銃は、結局火を吹かなかった。


 左右から別れて迫るロランとエーバーに照準を迷い、そのまま殴り込まれて終わった。

 撃ったとしても、当たる確率は一割もないが。


 平和に暮らす農民が出稼ぎに出る、それほどに収穫が危うい事がディオールには気になっていた。


 まだジギスムント王が死んだことは伝わっていないが、ルブリンは荒れる兆しを見せている。

 不作に王の死、訪れたディオールと国の主要港を狙うフリードリヒ、三十年以上続いた平穏が壊れる時がきていた。


「冬を超えるのは無理なのか?」

「このままでは餓死する者が……」


 ディオールの問いに、農民はすがるような目つきで答えた。


「街が、このあたりにもあるだろう? ルブリンは長らく平和だ」

「ございますが、既に人が溢れております。新しく農地を拓くより、毛織物の工場で働かせた方が良いと領主様が……」


 ルブリン東部の地図をディオールは思い出しながら尋ねた。

「この辺りは、スモレンスク公の土地か? 東方守護の大領主だな」


 農民は肯定しながらも、不思議な者を見る目になった。

 ロランの吐く息が、長く細くなったのをディオールは感じ取る。


 ルブリン合同国の東部と言えば辺境、ディオールのような身なりの者が訪ねるのは、スモレンスク公以外はあり得ないほどの。

 馬鹿ではなかった農民達は、気付いたゆえに殺さねばならないとロランは決めた。


「まあ待て。お前達、金を奪って何処で麦を買うつもりだ? スモレンスク公の城下町にはあるのか、食い物が」


 最初の一言でロランを制して、ディオールはさらに尋ねる。


「西隣のカロリング帝国も今年は収穫が悪いと思われます」

「何故だ?」


 農民は空を指差した。


「今年は陽が少ないです、それに夕焼けが濃い赤になります。こういう年は、西の方が寒くなると長老が言ってました」


 理屈までは分からないが、農夫の台詞は説得力がありディオールも納得した。

 誰も知らないが、寒い夏の原因は確かに西にあった。


 遥か西方、フランクル王国も超えた先の大洋の島で、昨年末に火山が噴火していた。

 上空に舞い上がった塵は陽光を遮り、空を舞う粒子は西の空を赤く染める。

 何十世代も空を見ながら大地と戦った者達が伝えてきた知識だった。


「ふむ……金ならやっても良い」

 突然のディオールの言葉に、三人の騎士も農民達も驚く。


「だが何処の小麦を買う。カロリングもフランクルも、売る程の収穫はないのだろう?」


 男は言い辛そうに頭をかくと、人差し指を東へ向けた。


「ば、蛮族と交易します。奴らは羊しか持ってませんが、もっと南の……その、異教徒の国から商人が来てますので」


 告白した男以外の十二人は蒼白になった。

 農民が国外の勢力と勝手な取り引きをすることも、まして異教徒から物を買うことも、領主に知れたら死罪以外はありえない。


 もちろん山賊になったことでも極刑になる。

 農奴は重要だが、貴重ではないのだ。


「す、全てお話しました! どうかお慈悲を下さいまし!」

 同じ村の仲間からの非難の目を一身に受けた男が、額を地面に擦り付ける。


 ディオールには分かった。

 この男は、弱みを晒す事で全員の命を救おうとしていると。


 正体と所在を隠したい謎の一行に、自分達の秘密を伝える事で出会ったことを誰にも言わないと約束したのだ。


「ロラン、剣から手を離せ。お前、名は何という?」

 本の一冊も読んだことがない、それどころか自分の名前すら書けぬであろう農民の必死の駆け引きに、ディオールは応じることにした。


「ヤロポルクといいます」

「よしヤロポロクとやら、そなたら十三人を雇おう。ちょうど人手が要るところだ。なに心配するな、戦わせたりはしない。運ぶ荷物があるのだ。対価は、貴様らの村と周りの村が冬を越せるだけの麦だ」


 ヤロポロクと、彼を真似て地面に頭を付けていた十二名が一斉に顔をあげた。


「俺達もこれから東へ向かうところだ。金を奪う手間が省けたのだ、貴様らは運が良いぞ」


 ディオールは、サーシャが東を示した意味が分かった。

 食い物がなくなる列国は、これから奪い合いになり大きく揺れる。

 ルブリンはもちろん、カロリング帝国もフランクル王国もだ。


 今の内に小麦を押さえた者が勝つのだ。

 ディオールが商人ならば大儲けだが、もう一歩大胆な行動すら可能にする。

 飯がなければ軍隊は動かない。

 満腹の軍があれば、飢えたルブリン国を獲ることすら夢ではない。


 半信半疑の面持ちで、農民たちは立ち上がった。


「良いのですか?」とロランが耳元で聞いたが、ディオールは「構わぬ」とだけ答えた。


 忠義などはかけらも無いが、街道で追い剥ぎをするほど追い詰められた連中が、やっと掴んだ糸を自ら手離すことはない。


 財布を盗んだところで、東へ行って食い物を買えなければ意味がない。

 金貨は食えないから。


 有頂天とはいかないが、ディオールも道筋を見つけたつもりだった。

 だがただ一つ、飢えた民衆がこの連中だけではない、他の国でも立ち上がるかも知れないというところまでは考えが及んでいなかったが。


 そしてパンを求める民草に、ディオールの妹アントーニアが吐いた暴言が、一つの王家を倒すなどこの時点では知るよしもない。


アントーニアは、フランス語読みでアントワネットです

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