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 ディオールを案内に来た騎士は二名。


 一人は松明を持ち、身分が高いと見える方がディオールの三歩先を進む。

 敵意がない証にと、二名の騎士は剣を身に着けていない。

 

 ディオールの乳兄弟、ロラン・オルランドは主君の左後ろに付いた。

 前のロンバルド大公を無視した位置取りだが、ガリバルドはその意味が分かる。

 ディオールが右手で剣を抜いた時にロランが左側を守る、ガリバルドは背中を守るのだ。


 先導する騎士達からは隠せぬ緊張が溢れていた。

 ディオールの前に出る者は、男も女も緊張するが、それは徐々に薄れる。

 固まった相手を解す涼やかな笑顔がディオールの武器の一つ。

 だが騎士達の緊張は高まる一方であった。


「ジギスムント陛下は、良い主君であられるな。国のことも民のことも、よく考えておられる」


 ディオールは意識してゆっくりとした喋り方をした。

 身分の高い方の騎士が立ち止まりディオールに一礼したが、感情の揺らぎはない。


 ジギスムント王の命令ならば、三人は生きて城を出られない。

 政治の都市といえど、王だけは軍を所有している。

 しかし王以外にも一人だけ、王城に騎士を集める事が出来る人物が居た。


「ディスワフか。デザートの給仕にしては、ちょっと多いなあ」

 扉の無い通路で、武装した騎士が道を塞ぐ。


「若様、後ろにも」

 ガリバルドの声も張り詰めていた。


 後方は兵士が槍を並べ、前方には王の息子ディスワフが率いた十五名ほどの騎士がディオール達を取り囲む。


 前と後ろを確認したディオールが「……銃はないな」と口に出した。

 ロランに向けた台詞だったが、ここまで案内した騎士が再び一礼していった。


「降伏下さいませ。まだ殺せとの命は受けておりません」

 丸腰で告げた勇気にディオールも応える。

 ディオール達三人は帯剣していた。


「貴君、名は何という」

「ヤギェウォ家に仕えるヴィリニュス家、ケーストゥティスの子ヴィータウタスです、殿下」

 騎士ヴィータウタスは頭を下げたまま答えた。


「長いな、だが覚えておこう。ディスワフの下へ帰るが良い」

 まず真っ先に殺される罠への案内係をディオールは免じた。


「余裕がありますな、ディオール殿下」

 自分の下へ戻ってきたヴィータウタスの肩を一つ叩いたディスワフが話しかける。

 慈悲を見せたのは降伏するつもりだと判断したのだった。


「勇気と忠義ある騎士だ、剣を握って死にたかろう」

 言いながらディオールは剣の留め金を外す。


「戦うつもりかね?」

 ディスワフが右手を挙げて後方の兵士を止めた。

 騎士が一息で飛びかかれる距離は危険だからだ。


「こちらが聞きたいな、父王陛下はご存知でないのだろう?」

「ああもちろんだ。父上は甘いからな」

 ディスワフは周囲の騎士に抜刀を命じながら答えた。


「有能であらせられる。俺を手元に置いても北琅王の戦略は変わらぬと読んだのだ」


 ディオールは、ディスワフが何処までのやる気なのか読もうとしていた。

 他所者とはいえど、ディオールを殺せばルブリン国内で大きな勢力を持つフォルク系諸侯の不興を買う、反旗とはいかないまでもだ。


 王の子であるが、選挙王政のルブリンではディスワフは王子ではない。

 現王のジギスムントの退位か死後に行われる選挙でディスワフが勝つためには、強行に出ても殺さない可能性もあった。


 だがディスワフは、明言した。

「フリードリヒ陛下に逆らうなど愚かな事だ。あの御方の軍略の前に、一国一王が歯向かって何になるか。逆らうから奪われるのだ、お前のようにな」


 即位して二十年、軍を率い戦い勝ち続けるフリードリヒに憧れる者は多い。

 時代は未だ、北の王を中心に動いている。


「……俺の首を、あのフリードリヒが喜ぶかな?」

「さあな。だがルブリンとの同盟は喜ぶであろう。その時、フリードリヒ陛下と握手するのは俺だ」


 話は終わりだとばかりに、ディスワフ配下の騎士が前に出た。

 廊下は盾を持った者が三人も並べば通れず、窓は明かり取りの小さいものしかない。


 剣を抜き払ったディオールの左から、ロランも一歩前へ出た。

「ディオール様、ここは私が」


「うん、そうだな。ルブリンの田舎騎士に、帝国騎士の力を見せてやれ」

 ディオールはそれはあっさりと任せた。


 ロランの強さは、ディオールが一番良く知っている。

 食事に服に装備も教師も全て、女大公テレーズが最上の物を息子の乳兄弟に与えた。


 アーバイン家には剣の指南役だけでも四流派いた、列国最高の名門だから許される我儘である。

 一つの型に捉われる事のないよう、四つの流派をロランも習った。

 三年遅れて習い始めたディオールは、まだ一度も剣でロランに勝った事がない。

 

 ディオールの母は常々言っていた。

「ロラン、貴方は手加減する必要はありませんよ。貴方達は共に生き、共に死ぬのですから」と。


 ただしディオールの剣は己の身を守護する剣で、ロランの剣は主君に仇なす者を打ち払う剣。

 主君に向けた刃を、アーバイン家最強の騎士は絶対に許さない。


 三人並んだ騎士は油断していた訳ではない。

 しかし兜に頬当て、首甲に肩当てと胸甲、馬の下から刺される心配はないので足は覆っていないが盾もある。

 宮殿に入るため礼服に剣を持っただけの若い騎士に、負けるはずがないと思っていた。


 無造作に歩を進めるロランは、並んだルブリンの騎士の誰よりも体が大きく、そして素早かった。


 真ん中の盾影に一瞬だけ隠れると、右足で盾を蹴り上げた。

 鉄で固めた騎士の体が後ろに倒れる。

 信じられないと隣を見た騎士の首は、次の瞬間に飛んだ。


 ロランは冷静に敵の盾を拾う。

「安物だな。無いよりはましだが」


 仲間の死に怒って飛びかかった騎士が一人、ロランの盾で顔を潰されて絶命する。


 ディスワフの顔色が変わる。

「強いぞ! 一斉にかかれ!」


 左右から回り込み五人で囲もうとしたが、壁沿いに走った二人は直ぐに死んだ。

 ディオールとガリバルドが突き殺していた。


「ロランは強いが、十五人は多いな。騎士道を重んじ銃と弓を忘れたのが敗因だ」

「十五人程度、何ほどでもありませんがね!」


 ロランは若者らしい笑顔を浮かべて答えると、直ぐに次を斬り殺した。


「ロラン、ディスワフは殺すな捕らえろ」とディオールが命令し、騎士は「承知」とだけ答えた。


「ディスワフ様、お逃げ下さい。あれは止まりません、詩に謳われる騎士の子孫です」

 ヴィータウタス――ディオール達をここまで案内した騎士――が、剣を抜いて主君を遠ざける。


 もうディスワフの周りには五人しか騎士が残っていない。

「こ、ここは任せる!」とだけ言い、ディスワフは後退した。


「帝国の騎士よ、お手合わせ願おうか」

 中段に剣を構えたヴィータウタスが廊下を塞ぐ。


「……ディオール様が救った命だ、そなたも退け」

 ロランは一度呼吸を整えていった。

 死の覚悟がある者は手強いと知っている。


「そのような命令は、受けておらぬ……!」


 語尾に合わせて打ち込んだヴィータウタスとロランの剣撃は十数合に及んだが、盾に沿って流れた剣がディスワフの騎士の左足を膝から落とす。

 それでもヴィータウタスは、剣を杖に立っていた。


「直ぐに止血すれば助かるやも」

 油断なく剣を立てたままでロランが問う。


「屍になるまでここは通さん……戦って死ぬのだ、悔いはない……」

「そうか、さらばだ」


 ロランの剣先がヴィータウタスの喉に食い込み赤く濡れる。

 長き平和を守ったルブリン王国で、三十一年ぶりの騎士の戦死だった。


 ディオール達の後方で槍を並べた兵士には為す術もない。

 戦闘の専門家である騎士が、見る前で十人も殺されたのだ、それもほぼ一人の男に。


「ディオール様、いきましょう。王宮を出ねば」

 先頭を行くロランを追いかけたディオールは、大きな背中を二度叩いた。


「ううむ、儂の若い頃より強いかも知れんな……」

 ガリバルドの呟きは、この老将にとって最高の褒め言葉。


 そしてロランは見知らぬ王宮で迷う。

「ここ、何処でしょう?」

「お前が自信満々に行くから!」

 ディオールは頼りになる兄貴分を軽く責めた。

「いっそ窓から飛び出るか」とディオールは外を見たが、まだ三階だった。


 日はとうに沈み、暗い廊下では方向もわからない。

 適当な部屋に飛び込み人に見つかれば朝乱だとも誤解されかない。


 再びに窮地に陥ったディオールに、呼びかける声があった。

 女の声である。

「ディ、ディオール殿下様?」

 敬称を二つ重ねた緊張した声の主は、ジギスムント王の娘ウリヤナだった。


「今、兄上と殺し合いをしてるところです」とは流石のディオールも言えぬ。

 一瞬、人質にしようかとも考えたが、それでは降りかかる火の粉を払う域を超える。


 だがウリヤナは事情を悟った。

「……お兄様、ですね? こちらへ外まで案内します」


「ウリヤナ殿、感謝しますが、今は方角だけで。巻き込むつもりはありません」

 ディオールは辞退する。


「いいえ、関係なくはございません。兄は父母に内緒で、フリードリヒ陛下のシュタウフェン家とわたくしの婚儀を進めています。あのフリードリヒ王が義父になるなんてぞっと致しますもの」


 ディオールは、北琅王が男子は憧れるが女性には蛇蝎のごとく嫌われているのを思い出した。

 そして自分の母テレーズも怖いのだがと言うのは避けた。


 カンテラを片手にウリヤナが小走りで案内し、正面の扉が見えたところでディオールは止まる。

 ここで感謝と共に口づけでも返せば、ウリヤナは落ちたであろう。


 しかし状況はそれを許す程ではなかった。


「銃兵だ。三十は居ます」

 ロランが確認した扉の外、正門までの前庭には、火蓋に火薬を入れた銃を構えた兵士が待ち受けていた。


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