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「本当に殺すおつもりですか?」

 気が乗らぬ表情でロランが尋ねる。

 

 ディオールと二人で、ポツダム伯の次男が使っているという狩猟用の小屋へ向かう道中でのことだった。


「その方が後腐れないだろ?」

 ディオールにとってセルシーは妹や双子のような存在。

 己に親しい者や領地に手を出されることに対し過激な反応を示すのは、貴族階級の業病のようなものでディオールとて例外ではない。


 強欲や所有欲とも少し違う。

 自らが守るべき者や土地に対する責任と使命感が入り混じり、複雑なモザイクを心に映す。


 そしてディオールは一度それを全て失った。

 二度目は決して許さぬと、しかも最も親しいセルシーの身に起きたことであり、皇子は冷静さを欠いていた。


「ディオール様、我ら兄妹にとっては御身の安全がなによりでございます」

 ロランはことさら丁寧な口調と態度で、ディオールに向き直った。


 狩猟小屋へ続く森の中、辺りも暗くなり始めていたがディオールは足を止め小さな声で鋭く聞き返した。


「ロラン、何が言いたい。お前は実の妹を見捨てると言うのか? 俺はもう二度と、誰も見捨てもしないし奪われもしない!」


 これが平時ならば、ロランも「お見事でございます」と感服し忠誠も厚くしたかもしれない。

 だが今は非常時であった。


「ディル様……」

 三つ歳上の騎士は、幼い頃から二人切りの時だけに許された表情と口調で主君を窘めた。


「私もセルシーニアもあらゆる覚悟が出来てますよ。覇業の途上で命を失おうと、悔やみこそすれ恨むことはございません。妹もここで騒ぎ立て、身分や力が露見するよりはと、大人しく捕まったのでありましょう。その想いを汲んで……」


 口上の途中だったが、少し黙れとばかりにディオールは世話焼きな兄貴分の肩を押した。


 それからしばらく沈黙を守り、考えてから言い返した

 フス教授をプラハに残して来たこととセルシーが拐われたこと、相次いだ出来事を整理する時間が必要だった。


「あー、そうだな。そんな事は分かっている……うむ、よく理解した。だが、それでもセールは取り戻す」

 ディルはあえて幼少期の呼び名でいった。


「かわいい妹分だ。泣かせるような真似はしない、と小さい頃に約束した気がする。王とは紙に書いた条約は破っても、口約束は守るものだ」


 兄貴分は呆れたような溜め息を一つ堂々と吐いてから納得する。


「それなら仕方ありませんね。しかし、その妹分に手を出すのはどうかと思いますが」

 ただしロラン以外には言えない言葉で反撃はした。


「なっ! そ、それは今関係ないだろ!?」

「そうでしょうか。ご自分の愛妾にしてなければ、冷静に判断出来たやも」


 二人は口論しながらも走り出す。

 騎士級の若者にとってそれくらいは朝飯前。


「いや、それなら尚の事に助け出すさ。嫁に行けずに修道院行きだぞ」

「元々、嫁向きとは思えませんでしたがね。それにディル様の立場なら、女は利用してなんぼですよ」


 ロランの言い方は弟に格好を付ける兄のそれ、だが本心でもある。

 この二人は貴族として生まれ育ち、女に心奪われないことと、子孫を残すことを教育された。


 特にディオールは、アーバインの宗家でおよそ半世紀ぶりの男子とあって、御三家御三卿を残すくらいの子沢山を期待されていた。

 しかしディオールは賛同する前に軽く言い返す。


「ロラン、お前がどこぞの後家にでも捕まったら、帰ってくるのを朝まで待つよ」

「……その時は、直ぐに助けに来ていただいてよろしいですよ?」


 冗談を重ねながら走った二人は、日が沈む頃にはポツダム伯の次男が使っている狩猟小屋へ着いた。


「意外と人が居そうだな……」

 小屋と言っても領主のもの、十数部屋はある城館だった。


「使用人も十人は居そうですね、やりますか?」

 ここでディオールが「やる」と決めれば、ロランはセルシー以外の全員を殺す。


 だがディオールは諦めた。

「やめておこう。殺してもいずれ知れる、なら殴り倒して縛って終わらそう」


 ロランも安堵して頷く。

 徹底した殺戮は家臣の仕事だが、好んでやるものではない。


 二人はしばし辺りを伺う、護衛に有力な騎士がいる可能性もあったが、出入り口の把握が主。


「表口と裏口だけですね。窓が大きいのが不安ですので、なるべく静かにやりましょう」


 表をロランが裏口をディオールが担当し、二人とも黒い布で顔を隠す。

 裏の通用口に手をかけたディオールは気付く。


「鍵が……かかってない」

 余程に自信があるのか不用心なのか、それとも両方か。


 素早く潜り込んだディオールは、屋敷の造りに沿って奥を目指す。

 食堂や屋敷の持ち主の部屋は、大概の場合は奥まった場所に作られる。


「ここだな」

 数人の若者の騒ぐ声と、若い女の嬌声が漏れる両開きの扉を見つけた。


 無言で扉を開き、黙ったまま見渡して人数を確認する。

 長方形のテーブルには食事皿と酒瓶が並び、扉から一番遠いところに丸く太った男が一人、他に五人の男。

 衣服を見るにそれなりの身分はありそうだった。


 そして男一人ずつに付けられた女が同数の六人、セルシーは太った男に手を握られて、膝の上にでも引きずり込まれようとする最中だった。


 ディオールは、怒りよりも感嘆が勝った。

 何故ならば、セルシーが着せられていたのは本来は床に付くほど長い侍女服のスカートを、太ももがあらわになるまで短くしたもの。


「いい趣味してるなあ、褒美に生かしておいてやろう……」と思わず声が漏れ、声を聞き分けたセルシーの眉が三角に尖る。


 せっかく我慢してたのに何故に来た、とでも言いたい目つきだったがディオールは気にしないよう視線を逸らす。


「な、なんだてめえ!」

 一人の男、恐らくはお付きの騎士の子息が剣を抜こうとしたが、ディオールから見ればあきれる程に遅かった。


 一瞬で男の顎を跳ね上げ、椅子ごと倒れ込む前に二人目も片付けた。

 女達が騒ぎ出したが放置して、直ぐに三人目と四人目を眠らせる。


 ポツダム伯の次男へはぶつける言葉も用意していたのだが、大人しくする事を止めたセルシーが腕を捻ってテーブルに前歯を叩きつけ気絶させた。


 五人目はむき出しになったセルシーの長い足の犠牲になり、彼が一番の幸せ者だっただろう。


 部屋の外はロランが順に静かにさせ、五分も絶たずに襲撃は終わった。


「金、金を出せ」

 それから皇子は強盗業に精を出す。

 女達に金目のものを集めさせると、三割ほどを五人に渡して言った。


「口止め料だ。村へ帰って黙ってろ」

 何をしようと事件は広まるが、賊とでも勘違いしてくれないかと思ってのこと。


「この女はもらっていく」と、セルシーだけを連れて屋敷を出る。


「なんで来たのですか?」

 外へ出た途端、セルシーが嬉しさ半分、怒り半分といった表情で聞いた。


「俺はもう誰も見捨て……いや、その肌に俺以外が触れることは許さん」

 丈の短いメイド服の足の間に、右手を突っ込みながらディオールは言った。


 慌ててスカートを押さえたセルシーは、今度は嬉しさ九割の表情でまた聞いた。


「ところでディル様、着替えは持ってきてくれてないの? この衣装は、持って帰って後で使いましょう?」


 服飾のセンスがあったポツダム伯の次男坊は、前歯を折ったが二日後には発見される。

 さらに二日後には、強力な騎士クラスの者に襲われたとバルト国の中枢部にも報告は届く。


 だがその頃には、ディオール達は既にバルトの王都バリーン近郊にいた。

 急報を受けたフリードリヒ軍の五千が、僅か二時間足らずで駐屯地を出発するのを見ながら。


「信じられない早さだな」

「御意」


 ディオールとロランは、付近の山から出陣を眺めていた。

 封建軍ではあり得ない、集中運用を得意とするフリードリヒ軍特有の立ち上がりと進軍の早さ。


「勝てないわけだ……」


 これを見ただけでも、バルト国に来た甲斐があったとディオールは確信する。

 それ以外にも、丈の短い侍女服も楽しんでいたが……。


 また二日後、ポツダム伯は五千の軍に迫られ所領を没収される。

 北琅王フリードリヒは皇子を探すよりも、国内の平定を選んだ。


 この判断が表となるか裏と出るかは、まだ誰も知り得ない。


バルトを出てルブリンへ

もうしばらくすると戦争が始まります

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