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 銃弾と火薬は平等だ、と語った銃職人がいた。

 平民も貴族も等しく殺し、上がり続ける火力はいずれ救いなき破壊をもたらし神をも殺す。


 ここ百年ほどで信頼を得たフリントロック式――火打ち石式――の長銃を持った兵士が、横隊を組んで一斉に引き金を引く。

 フリントロック式は、ハンマーが産んだ火花を点火薬に落として銃筒の炸薬に誘導する。

 トリガーから発弾まで一拍ほどの間が空き、兵士は銃を持ったまま動けない。


 弾の入った銃を抱えて前進し、構えてから微動だにせず合図で撃つ。

 槊杖(さくじょう)で銃身を掃除し、新たに弾と火薬を込めて撃つか前進する。

 戦争の時代を彩るのは、麗しき戦列歩兵。 


「……よく訓練されてるな」

 正門から百五十歩ほど離れた二階建ての屋根裏部屋に、ディオールとロランは居た。


 後方で指揮を執るローテンブルク伯も、大学構内に侵入する銃兵の動きも良く見える。


「失うには惜しい」と、ディオールは評価した。


 継承戦争を戦ったエスターライヒ軍の歩兵は弱かった、いやフリードリヒ軍が強すぎたのだ。

 徹底した訓練で叩き込まれた移動と戦列、統率と機動と火力の全てに勝るフリードリヒ軍相手に、エスターライヒの歩兵は常に負けた。


 ただしフリードリヒ以外の軍には勝ち、自慢の騎士団と騎兵は戦場を支配した。

 だが国内のみならず、西部ではフランクル王国、南部ではネアポリス都市連合、東部でも異教徒の軍勢を相手にしたディオールと母テレーズは完全に負けた。


 今、カーレル大学に踏み込んでいるのはその戦役の生き残りか、素晴らしい動きを披露していた。


「逃げませんね」

 ロランが学生軍への注目を促す。


 カーレル大学に立て籠もったのは、愛校心に燃えた学生ばかりではない。

 普段から学校にたむろする生徒でない者、付近から集まった祭り好きの者、そしてこの騒動を皇帝貴族の支配に対する反旗の鏑矢とする者達。


 この時代、都市部では徒弟制を礎とするギルド制は縮小し、資本と商業による支配が始まっていた。

 大学を出た者は、王族貴族に仕え栄達を目指すより、資本家や商人に読み書きの能力と知識を売る者が多くなった。

 都市に集まった若者も領主への尊敬は薄く、そこに自由主義による共和制という悪魔が囁く。


「今立ち上がれば、次代の支配者はお前たちだ」と。


 軍の銃火に晒され死亡者が出てようとも、戦意を喪失しないだけの魅力が悪魔の言葉にはあった。


 だがローテンブルク伯は、そこまでは理解が及ばない。

 そもそも共和主義者が革命気分で戦っているとは夢にも思わない、この若者達はアーバイン家への忠誠で皇子を匿っていると思っているのだから。

 その理由ならば、伯爵にも疑うことなく信じることが出来た。


 伯爵は「進め! 蹴散らせ!」と兵士を鼓舞する。

 命令を出すのは正門の外で騎兵と騎士に囲まれた安全地帯から。

 多少の兵士の損害はもちろん覚悟の上で、学生や集った若者の命など考慮もしていない。


 正門から続く噴水のある広場で、兵士達は足が止まる。

 本命の防御陣地が待ち構えていた。


 噴水を左に回れば通りを完全に封鎖した高さ三メートルはあるバリケード。

 右に回っても、舗装のレンガを剥がした地面には、乱雑に穴が掘られている。

 騎兵の進撃を阻止する古典的な防御だった。


 ただしこれだけならば、八百の歩兵は集まった千人ほどの若者を簡単に蹴散らした。


「いかんな」と呟いたのは、最前線の中隊を指揮する隊長。

 噴水広場を囲むように、何棟もの学舎が建っていた。


 左右にある学舎の屋上から十数丁ずつのマスケット銃が下方を狙い、火を吹いた。

 続いて正面のバリケードからも数十発の弾丸が飛び出す。


「こ、これは大砲がいるぞ!」

 最前線の中隊長が後方の隊に右と左に別れろと指示を出す。

 押し出されるままに前進すれば全滅もある。


 校舎を占拠しようと別れた中隊が入り口を探すが、全て頑強に封鎖されていた。

 しかも上からは、擲弾(てきだん)が振ってくる。


 瓶や缶に火薬を詰めて、(わら)を巻くか突き刺して火を付けて投げるだけの簡易爆弾だが、上から投げ込まれると逃げ場がない。


 戦争とは野戦と攻城戦で出来ていて、未だ市街戦という概念がない時代に、フス教授は適切な戦術を若者達に与えていた。


 カーレル大学の正門前、司令部にあたるローテンブルク伯と、野次馬の市民らが騒がしくなった。

 あっという間に大学に侵入した帝国軍の旗色が一気に悪くなったのだ。


 これまで黙っていた騎士を代表して、レオポルト・”エーバー”・ダーウンが口を開いた。


「これはやり過ぎですなあ。ハイランド擲弾兵の物まねとは、学生のお遊びにしては度が過ぎますな。伯爵閣下、我らが出ましょうか?」


 エーバーの申し出は、ローテンブルク伯に断る理由はない。

 思わぬ反撃を受けた焦りを抑え、丁重に三十騎の騎士に頼む。


「卿等の力を貸して頂けるかね。左右の建物を占拠していただければ、自然と中央も崩れよう」


 エーバーを先頭に騎士らが前進を始めると、ローテンブルク伯は一言付け加えた。


「ああ待ち給え、ダーウン卿はここに残ってもらえるかね。副官待遇ということで」

 ローテンブルク伯ヨーゼフは、エーバーを信用していない。

 もし皇子を見つければ、果たして味方のままかを怪しんでいた。


「ま、そう仰るなら」

 エーバーもあっさり了承した。


 火点を備えた二つの学舎、ここに飛び込み制圧するなど、騎士なら数人居れば充分。

 これから戦場に赴く緊張感がないどころか、剣を外し鞘だけ、槍の穂先を外し棒にするなど、なるべく手加減をする有様だった。


「皆殺しにしてくれても、構わんのだが」


 ローテンブルク伯は騎士連中に聞こえるように独り言を吐いたが、誰も従う者はなかった。

 何故ならば、素手でも絶対に、ほんの十分もあれば、二階の窓から飛び込み見張りを眠らせ屋上を制圧するからだ。


 ゆっくりと、二十九の馬が門の中へと消える。

 ローテンブルク伯の周りには、エーバーと供回りの騎兵だけになった。


 そしてディオールとロランは、絶好機を逃さない。

 学内の学生とフス教授と兵士達、なるべく死ぬのを減らしたい。


「ロラン、やれるか?」

「もちろんです」


 鉄で出来た弓と弦と矢を持ち、ロランが片膝を付く。

 これを引ける者は騎士でもそう多くはなく、犯人の目星は直ぐにつくはずだがディオールは介入すると決めた。


 ローテンブルク伯が報告を受けようと後方、ディオール達が見つめる方角へ振り向いた。

 その時、百五十歩の距離から放たれた黒い矢が喉の下を貫いた。


 一言も出せず、両手で矢を掴もうとした伯爵は、手の平を天に向けて馬から落ちた。

 即死である。


「弓だ! あの家だ!」

 エーバーが反射的に盾をあげ、ディオール達の居場所を指差して叫ぶ。

 二十ほどの騎兵が馬首を返し、野次馬に「道を開けろ!」と怒鳴る。


 エーバーは呆然としていた。

 伯爵が死んだことではなく、何故自分は居場所を言ったのかと後悔して。

「……殿下」と呟いた時、エーバーの心は決まった。


「おい、退却のラッパを鳴らせ。引き上げだ、指揮官が死んでは仕方あるまい。それに、目的の方はこの中にはおられんよ」


 エーバーが命令を出し、八百の兵士も騎士達もカーレル大学から駆け出る。

 その背に、プラハの若者達の歓声が追い打ちをけた。


 奇跡が起きていた。

 千人ほどの平民が三百ほどの銃を集めただけで、帝国正規軍と騎士を追い返したのだ。


 ディオールは自ら居場所を知らせる愚かな行為をした。

 だがこの一矢の影響は、国境を超えて帝国の外へも拡がることになる。


指揮官たるを求められる貴族はそれなりにまともで勇敢

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