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テントゲーム 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふああ、眠いねえつぶらやくん。いよいよかき入れ時だっていうのに、その前からだいぶくたびれちゃった感じだよ。

 いや、この間、家族を連れて外出したんだけど、その時の疲れが残っているのかも。子供の元気ってすごいね。あっちこっちを走り回り、遊び回ってる一方で、私は日影でゆっくり水分補給でもしていないと、やっていられないよ。

 家族サービス大事、大事って叫ぶ人は結構いるけど、これ、かなりしんどいよ。一人暮らしだったら自分の起きる時間は、いつに決めてもいい。それが、家族がいると、相方が家事をしているのに自分は眠ったままなんて、よっぽど理解が得られない限り無理さ。その他、やることなすこと押し付けられて、犠牲だらけの献身タイム。

 仕事に逃げて、多忙や疲労という正統派な免罪符をこしらえ、のんびりしたい父親たちの気持ち、だいぶ分かってしまうよ。かといって、投げ出すわけにもいかないんだよなあ、子供のためにもさ。

 子供。親の庇護下でひたすら面白いことを探していた時期、戻りたく思うこともある。でもそのたび、嫌な思い出も頭をよぎるんだ。いざ戻れる、といっても本当に行くかどうか。

 時間があるなら聞いてみるかい? 私の子供の頃の思い出話を。

 

 私が子供の頃、ゲームといえばスペースインベーダーという時代だった。こいつがアーケードゲームの中でも、伝説的な記録を持っていることはよく知られているだろう。

 私の近所の喫茶店には、そこかしこにインベーダーゲームが入ったテーブルがあり、それに張り付いてゲームをしている人たちの姿が見受けられた。

 当時の私自身もはまっていたんだが、費用は限りある小遣いから出る。いずれは資金が尽き、真のゲームオーバーを迎えてしまうわけだ。

 

 私は納得がいかなかった。タダで延々とインベーダーゲームができないか、いや、そもそも家にあればいいじゃないかと。

 すでに家庭用ゲーム機は存在していたが、私は持っていない。以前、親に掛け合ったが却下されたこともあり、今一度、嘆願するのには二の足を踏んでしまう。

 どうせなら自分でゲームを作ってしまおうか、とも思った。でも、それを父親に話したら「お前はどうしてレバーを左に倒したらキャラクターが左に動くのか、説明できるのか?」って突っ込まれて、口ごもってしまったよ。

 インターネットなど普及していない頃だ。調べるには相応の労力がいる。その大変さばかりを私は想像してしまい、勝手に折れてそれっきりだった。結局私は、ゲームで遊ぶのが好きなのであって、ゲームを作ることが好きなわけじゃないことを、実感させられたんだ。

 

 ――楽して、余計なことは考えず、エンドレスで遊びたい。

 

 常日頃、私はそう強く願っていたんだ。

 

 その折、私は学校のクラスメートのひとりが、珍しいゲームを持っているという噂を耳にする。彼の家へ遊びに行った友達に詳しい情報を聞くんだが、「実際にやってみた方が早い」と答えるばかりで、輪郭もつかめない。

 にわかゲーマーの私は単純だった。休み時間に件のクラスメートへ、「例のゲームをやりたいから遊びに行ってもいいか」と、ストレートにお伺いを立てる。慣れているのか、彼は二つ返事で承諾。放課後に一度、家へランドセルを置きに行った後、すぐ彼の家へ向かったよ。

 

 彼の家に両親はいないようだった。玄関で出迎えてくれた彼に案内されるまま、家の居間へ通される私。そこに置かれていたのは、ゲームの筐体きょうたいの類じゃなかった。

 窓がついた、複数人用の三角柱のテント。居間の中央のスペースを陣取って堂々と立っている。

 おかしなことに、テントの窓には釣竿が二本並んでくっついていた。縞模様の滑り止めがついた持ち手部分のみ内部に差し込まれていて、残りは並んで外へ飛び出している。あたかもかたつむりの触角だ。

「SF映画のキャノン砲にも、似たようなデザインのものがあったっけ」とぼんやり感じたよ。


「入って入って」と、彼に促されるままテントの中へ。外見と同じ、だいだい色に染まる内部にはマットレスが敷かれている。寝転んで大丈夫、ということだろうか。

 私に続いて入ってきた彼は、その上へ腹ばいになると、窓から差し入れられている二本の釣竿のうち、テント入り口に近い方の持ち手を握る。私も真似をして釣竿を握った。


「今からゲーム空間に移動するよ。テントが閉まったらスタートだ。終わるまで開けちゃだめだよ」


 まるきり遊園地のアトラクションのようなノリで、私はあまりの稚拙さにがっかりする。この場に居もしない魚をイメージし、釣りの真似事をしようというのだろうか。竿を垂らし、魚と格闘し、釣り上げる喜びを味わう……これらの流れをすべて演技と想像力で補完しろ、とでも? それが本当にゲームと呼べるのか?

 今からでも中止して家に取って返そうとかと思ったが、ちょうどテントの入り口が閉じてしまい、彼はその下部をテントの床に貼り付けている。どうやら予め、接着剤らしきものを塗っていたようだ。

「やれやれ」と肩をすくめつつ、窓へ向き直った私だったが、その目の前で信じがたい光景が広がる。


 先ほどまで見えていた家の内装は、すっかり消えていた。代わりに広がるのは、上は明るく下は濃い、青を基調とした世界。時々、下から上へ窓を横切っていくのは、いくつもの銀のあぶく。

 水の中だ。私たちは室内のテントの中にいながら、わたつみの宮を目指すかのように、深く暗い底へと沈んでいく。


「驚くのはこれからだよ。スタンバイ」


 彼はぐっと釣竿を両手で掴み、窓を真っすぐ見据えている。私もそれにならうと、やがて真っ暗な視界は開ける。

 そこに映し出されたのは、石でできた正方形のタイルを敷き詰めた床と、左右に立ち、奥へ向かって等間隔を保ちながら、何本も並ぶ柱。その一本一本には。ねじの溝を思わせるらせん状の細工が施されている。藻が絡んでいるのか全体的に薄く緑がかったその風景は、まるきり幻想小説に出てくる神殿の一角。

 私があっけに取られていると、突然、窓の下から出てきた顔が、目の前を覆い隠す。

 窓一面に広がるその顔は、輪郭に限れば人間に近い。だが、頬から首にかけてたっぷりと皮膚が溜まり、目と目の間が不自然なほどに離れ、鼻の穴さえ左右で数センチも高さがずれているという、異様な造形。

 私は思わず叫び、飛びのきかけるが、ここはテント内。後ろの壁が私の背中を抱きとめる。その間、彼はというと実に落ち着いていて、平然と握った持ち手を左右へ揺らした。

 窓の外で揺れる竿が、顔の主を殴打する。それが細い竿から繰り出しているとは思えない轟音を伴い、顔の主を視界の外へ弾き飛ばした。衝突の瞬間、主の顔の半分近く竿はめり込んでいたように思う。

 だが、それで終わりじゃなかった。目の前の無数の柱の影から、同じような風体の人間らしき者たちが、次々に現れるんだ。


「ほらほら、早く援護してよ。一人だとさばききれないんだから」


 友達が近づいてくる面妖な連中を、竿でなぶっていく。慌てて私も竿を握りなおし、戦列に加わった。

 最初こそ戸惑うが、10人も片付ける頃には、逆に私はこのゲームの虜になっていたよ。せん滅する楽しさ、という奴だ。画面に現れる奴らに圧倒的な力を振るい、なぎ倒していくのが心地よい。

 その場を全滅させると、窓の外の景色は勝手に進む。あたかもテントに足が生え、動いているかのようだ。私たちにためらいはなかったが、じょじょに密度を増してくる敵たちに対し、幾度か接近を許してしまう。そのたび、窓から薄いガラスの破片が落ちていくのがかすかに見えたが、気にしてはいられない。すぐに竿を振るって相手を打ち据える。

 しばらく経ち、これまでの相手よりも大柄でしぶとい相手を倒したところで、窓は再び暗転。数秒の後、あの居間の内装が戻ってきていた。


「ふう〜、今日のゲームは終了だよ」


 友達がため息と共に、テントの戸を開く。差し込んでくる陽の光は西へ傾くと共に、ずいぶん赤みを増していた。

 竿を手放すが、手のひらには感覚が残っている。この手で弾力あるものを叩き、しばき倒したという感覚が。ボタンを押して弾を打ち、相手を葬るのとは違う、確かな手ごたえ。

 もう一度やりたいと告げたが、あいにく一日のうちでできる時間が決まっているらしく、また明日という運びに。テントから這い出して帰り支度をする私は、彼がテントの前にかがみ込み、ガラスの破片を拾っているのを見る。

 そこで初めて、釣竿はテントの窓ばかりでなく、その前に並べたプレパラートのごときガラス片をいくつも、団子のように貫いていたのを確認したんだ。攻撃を受けた時、砕けたのはこれだったんだと。


 しかし、再度遊ぶという私の希望は叶わなかった。彼の家はその日以降、入ることができなくなってしまったんだ。

 彼が無断欠席し、心配する面子と共に家へ向かったところ、給水車のようなものが家の前へ止まっていて、交通整理もしている。道路そのものが、雨も降っていなかったのに、ぐっしょりと濡れている。

 ホースが細く開いた玄関の中から差し入れられているが、足元からは水が波を打って流れ続けているのが分かった。彼の家の中は水浸しになっていたんだ。気づいたのは午前中のことで、その時は更に勢いよく、水が噴き出してきたらしい。

 一日中、水を吸い出され続け、ようやく人が入り込めるようになったが、彼ら家族の姿はどこにもなかったらしい。ただ、居間にはボロボロにちぎれたテントが残されていて、その近くに、釣竿が一本転がっていた。

 テントの窓は無残に破られていたが、その様子は、水圧がかかって割れたというより、拳で殴って空けたかのようだったという。今もまだ、彼とその家族は見つからずにいる。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白くて、私は結構怖く感じました。 “ごっこ”遊びとか好きだったので、テントに入るあたりは秘密基地のようなワクワク感がしました。 アナログかと思いきや、ちょっとVRみたいな新感覚のゲー…
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