30年の苦悩の日々
第13章 逮捕されてから
ニュースとワイドショーだけが唯一の
情報源だったのですが
息子が逮捕されて221日目に警察から
電話がはじめてかかって来ました。
お母さんの調書とお父さんの調書を
取りたいので1度来てもらいたい明日の朝10時は
どうですか?
解りました。いきます。
息子と会う事はできますか?
それはまだ無理ですね。
接見禁止がついているので
面会や手紙は一切ダメですけど
差し入れならできますよ。
差し入れって何を準備すれば
いいのでしょうか?
そうですね着替えの洋服と
あとはだいたい中でも買えますから
お金をいれておいたら日用品や
お菓子、果物、お弁当も買える
出前も頼めば取れますから
お金を入れたらどうですか?
解りました。
明日行きます。宜しくお願いします。
まだ会えない
会えないけど洋服やお菓子、果物お弁当も
明日の準備のために
スーパーへ買い物に行こう
思い立ってサングラスマスク帽子
昼間は必ずこのいでたちで出掛けます
準備ができ出掛ける前に主人にも
報告をしました
明日の朝10時
警察に行くのよ
一緒に
あの子にお土産
買って来るね
お、か、い、も、の
にっこり笑いました
解っているか
解っていないかは
解りませんが
だいたいはにっこり笑います。
大きなスーパーで
下着、靴下、パジャマ、ガウン、部屋着など
あの子のものを買える喜びであれこれ見て回り
とても幸せな気持ちでした。
タオル、バスタオル、スリッパ、マグカップなど
いろんなものを買いました。
何軒も回って色々買ってあの子の好きそうなものを
選ぶ幸せに舞い上がり私は時間のたつのも忘れ
最後に食料品売り場でお弁当の材料とお菓子や果物を
買いました。
たくさんの買い物を終え家に帰る頃は
暗くなっていました。
とりあえず買い物を冷蔵庫に片付けて
主人の部屋に向かいました。
紙おむつをむしりとって千切れ千切れの紙おむつを
部屋にばらまき布団はおしっこでびしょびしょ
むしりとったおむつにはうんこが挟まっていました。
一気に現実に戻された嫌な気分でした。
買い物に出掛けて長時間に渡って放置したのは
この日が初めてでした。
うんこが出たから替えてほしくて
私を呼んだのでしょう。
自分の夫はもうコウイウヒトなんだ
この日につくづく思い知りました。
ごめんね遅くなって
お布団とお寝巻き変えようね
ごめんね
と話しかけながら着替えさせ
敷き布団かけ布団を取り替え
部屋に散らばったおむつも片付け
掃除していましたがこの間
夫はニコッとはせず
むすっとした顔つきで無表情ではありませんでした。
怒る感情も残っているのが解りました。
明日ね
警察に行くのよ
あなたも一緒に来てって
刑事さんが。
だから行こうね。
あの子には会えないけど
お土産は渡してくれるの
だからお買い物してて
遅くなったの
ごめんね
明日ね行きましょう
と言うと夫は
ゆるやかに口を広げてにっこりと
笑ったのです。
そしてすぐに真顔に戻りました。
死刑囚の母
第14章
留置場差し入れ受付室
これもダメこれもダメこれもダメ
これもダメこれもダメこれもダメ
これもダメこれもダメこれもダメ
差し入れできるものとできないものを受付で分けられました。
ほとんどのものがダメと言われて
カウンターの上に散らかる感じで慣れた手つきで投げ捨てるように振り分けは続きました。
お母さん何を色々持ってきてんの?
ここホテルと違うからね
だいたいダメなもんばかりですね
せっかくですが持って帰ってください。
着るものも金具やひもが付いてないものね
タオルこんな何枚もいらないから
コップは全員紙コップです
果物やお菓子は指定の店が配達してきたものだけです
お弁当も指定の給食センターが調理したものだけです
決まってるからね。
こんな家でお母さんが作ったお弁当運動会かピクニックに来てるんとは違うんですよ。
入るものはこのガゴに入れたから
あとスエットのズボンのひもを抜いたからひもも持って帰って。
昨日あんなにも時間かけて
あんなにも買い物したものはほとんど却下されてしまい、持ち帰る事になりました。
現金を10万円入れようとして
記入用紙に10万円と書くと
そんな10万円もいりませんよ
まあ自由ですが。
中であの子が不自由な事にならないようにこの日はまたしても
親がアホだからと言われそうな
アホの親に見えた事だと思います
どんどん却下された品物を、再びカートのサムソナイトに入れ、ガラガラ押しながら、夫の寝たまま車椅子押しバランスの悪い状態で
エレベーターに乗り込み、駐車場まで向かい、持ち帰りの品物を車に乗せました。
再び警察署の中に入り受付で昨日の電話の事を説明すると
お待ちください。
と言って電話で問い合わせて
受付に来ていると伝えてくれました。
電話を切り、わたしの目を見て優しく、
すぐに降りてきますのでお待ちください。
と丁寧に教えてくれました。
ありがとうございます。
本当にすぐ、50前後の目のギョロっとしたガッチリ体系の人が
降りてきて
あー、お母さんですか?
すいませんね
お父さんも容態悪いのに
お越しいただいて
まあすぐ済ませますんで
ここの部屋に入ってくれますか
どうぞ
ドアを開けきって
部屋の電気をつけてくれました。
夫の寝台椅子を押して中へ入り
部屋の右へ回り奥へ座るように
誘導されました。
向かいの席にその刑事さんが
座り、昨日電話した者です。
今日はね
お母さんとお父さんから
少し息子さんのこと教えてもらおうと思ってきてもらいました。
はい。でも夫は
そうですね
わかりますわかります。
お母さんだけで結構です。
その時夫は鼻なのか喉なのか唸り声を出しました。
刑事さんもすぐに
あー!お父さん大丈夫ですからね
と声を大にして話しかけてくれました。
その後刑事さんの質問に細々と
また時には適当でもいい
とも言われたりしながら
生まれてから今日までのことを聞かれ答えていきました
その間20分ぐらいでした。
読むからね
聞いててよ
間違えてたら
言ってください
というやいなや
まあまあ早口で読み始めました。
その文章はまるで小説のように
上手くかけているので
本当に関心して聞いていました。
とまあこんな感じで
間違いないですか?
と聞かれ
はいと答えると
A4サイズの横書きの線の入った様式でした。
お母さん一行あけて
今日の日付とお母さんとお父さんのお名前書いといてください。
と言われてその通りにしました。
はい、
そしたら今日はこれで結構です
わざわざご足労ご協力ありがとうございました。
お父さんもありがとうございました。気をつけてね。
と夫やにも声を掛けて
部屋の電気を消してドアを開けてくれました。
あの、息子は元気にしていますか?
うん、元気よ
ご飯も食べてるしここへ来てから
少しふっくらしてきたな
健康にしてますよ
心配ないですよ
いつ頃会えますか?
それはまだわからないですね
また会える時は電話してあげますよ。
よろしくお願いします
はい。御苦労様
気をつけて帰ってくださいよ。
この日はこれで終わりました。