プロローグ 追放
「キリク。おまえを除名する」
ダンジョンからの帰り道、出し抜けに勇者がそう言ってきた。
「……は?」
「は? じゃねえよ。おまえはもう俺たちのパーティに必要ない」
勇者の言葉に、俺は他のパーティメンバーを見回した。
女戦士はにやにやと笑い、男賢者は嘲るように唇を吊り上げている。
エルフの女弓師は、顔色ひとつ変えずに肩をすくめた。
最後の救いを求めて女僧侶を見る。
女僧侶は、唇を噛み締め、ただ顔を伏せていた。
「わかんねえかな。おまえはもう役立たずだって言ってんだよ」
女戦士が、吐き捨てるように言った。
「宝箱の解錠は、俺の呪文でできるようになったからな。
おまえの最後の役目もなくなったってわけだ。
残念だったなぁ、魔王討伐パーティになりそびれて」
男賢者が唇を歪めてそう言った。
「前線で戦ってるのは俺らなのに、ろくに役にも立たねえおまえに、魔王討伐の栄誉を恵んでやる気にはなれないからな」
「後方支援はしてるだろ! 索敵や罠の発見・解除、ダンジョンのマッピングだって……」
「賢者と僧侶がいれば十分だ。アイテムを使うだけなら誰にでもできる。索敵も罠の発見もマッピングも、賢者には専用の魔法があるからな」
「そ、それは……」
そんなに簡単な話じゃない。
そう言おうとしたが、男賢者はそれより早く話を続ける。
「おまえを外して、もう一人賢者を雇おうと思ってな。既に話もついてるんだ。
この先、火力の強化はこのパーティの死活問題になってくる。
悪いが、火力の出せないおまえをパーティに置いておく余裕はない」
男賢者の言葉に絶句する俺に、女戦士が言った。
「キリク、今使ってる装備を全部あたしらに返せすんだ。
どうせ、あたしらがいなかったら手に入らなかったもんばっかだろ?」
「なっ……ふざけるな! マッピングして宝箱を発見し、危険を背負って解錠したのは俺だろう!?」
「それも、俺たちがいたからこそできたことだよなぁ? おまえ一人でダンジョンに潜って取ってきたわけじゃねえ」
男賢者が、にやにや笑いながら言ってくる。
「そんなのはお互い様だ!」
あとじさりながら言う俺に、男賢者が指を振る。
「あのな、俺らはおまえの意見なんて聞いてねえの。
装備品はパーティの財産だ。
役立たずになって除名されただけじゃ物足りず、俺たちの財産まで持ち逃げしようってのか?
キリク。おまえ、ちょっと図々しすぎるんじゃねえの?」
「図々しいのはおまえらだ!
一言も相談なくいきなり除名して、装備品も全部没収だと?
これまで一緒に戦ってきた仲間をなんだと思ってんだ!?」
「仲間ぁ?
あははっ! あたしらがおまえを仲間として認めてるなんて思ってたのかい?
あんた、どこまでおめでたいんだい、キリク」
「全て置いていきなさい。これは勇者様からの命令よ」
俺を嘲笑する女戦士に続き、エルフの弓師がそう言った。
「拒否する! 俺だって命を張って戦ってきたんだ! パーティに貢献してきた自信もある!」
「ハッ。てめえに拒否権なんざねえんだよ」
男賢者が笑った。
「除名されたなら、俺がおまえらの言うことを聞く道理もない!」
勇者の最初の一言だけで、俺は既にこの勇者パーティから追放されている。
もうパーティメンバーでない以上、勇者からの指示に従う必要もない。
「だからどうしたってんだぁ?
俺たち全員を敵に回して、逆らえるとでも思ってんのかぁ?
シーフなんてやってるくせに、おめえはホントに間が抜けてんな」
「さぁ、キリキリ渡しなっ!」
男賢者のセリフとともに、女戦士が俺の背後に回り込む。
「くっ!?」
俺はとっさに横に跳びかけ、足を止める。
その鼻先を、瞬速の矢がかすめてすぎた。
「大人しくしなさい」
エルフの弓師が言った。
見れば、弓師はいつのまにか弓を構えてる。
次の矢をつがえ、その鏃を俺へと向けていた。
「それをくらった以上、もう大人しくしかできないでしょうけどね」
嘲るような弓師の言葉。
ぢん、と俺の鼻先が熱くなる。
出血――いや。
「ぐぅっ……!?」
鼻から全身に、強い痺れが広がっていく。
俺は立ってることすらできなくなり、地面に四つん這いになっていた。
「く、そっ……麻痺毒……か!」
さっきの矢には、エルフ特製の麻痺毒が塗られていたのだろう。
魔物の状態異常攻撃とは異なる麻痺に、俺の身体が痙攣してる。
無様に這いつくばった俺を見下ろしながら、男賢者が言ってくる。
「けひゃひゃっ! いいザマだなぁ、キリク!
ダンジョンの床を這い回ってるおまえは、犬そっくりだと思ってたんだ!」
「て、めえ、ら……これが、仲間……への……仕打ち、かよ……!」
「だぁからぁ……てめえなんか、仲間じゃ、ねええええんだよおおおおっっ!!」
男賢者が、思い切り腹を蹴り上げてくる。
「ぐふぉっ!?」
俺は、ひっくり返って地面に倒れた。
「ち、ちょっと……さすがにやりすぎでは!?」
これまで固い顔で成り行きを見守っていた女僧侶が割り込んだ。
女僧侶は俺に近づき、麻痺を解く呪文を唱えようとする。
その肩を、男賢者が掴んで止める。
「素直に装備を返しやがらねえこいつが悪いのさ。
おい、今のうちにこいつの装備を剥いでおこうぜ」
「そうさね。麻痺が切れると厄介だ」
「や、やめ……ぐふっ!」
ついでとばかりに俺の腹を蹴ってから、女戦士が俺のそばにしゃがみこむ。
「ったく、最後まで手間をかけさせやがって」
女戦士が、抵抗できない俺から装備品を剥ぎ取っていく。
羽のように軽くて魔法耐性の高い烏装束、一部の状態異常を防止する水鏡のサークレット、足を軽やかにし、回避率を上げるウイングドブーツ、俺の「ぬすむ」の成功率を高める盗賊王の籠手、俺の愛用の武器であるマインゴーシュと沈黙の短剣。
もちろん、さまざまな道具やアイテムの入ったマジックポーチはまるごとだ。
俺は、下着以外のすべての装備を剥ぎ取られた。
いや、一個だけ残ったものがあった。
首から下げたペンダントだ。
俺がこのパーティに入る前から持ってるもので、今は亡き家族の形見の品だ。
さっき倒れた時に背中側に回ったおかげで、女戦士に気付かれずに済んだらしい。
そのことにほっと胸を撫で下ろした……
……のが、よくなかった。
「ん? まだなんか持ってやがるぞ。首んとこにペンダントの紐がある」
男賢者が抜け目なく言った。
「ええ? 本当だねえ」
立ち上がっていた女戦士が再び屈み、取り上げた俺のマインゴーシュの先端で、ペンダントの紐を引っ掛ける。
「どれどれ……こら、抵抗するんじゃないよ!」
思わず身じろぎした俺の頭を、女戦士が殴りつける。
地面に後頭部を打ち付け悶絶してる間に、女戦士は俺のペンダントを奪っていた。
「なんだい、こりゃあ? ただの古ぼけたペンダントにしか見えないけどねぇ?」
「見せてみろ」
女戦士が、ペンダントを男賢者に放り投げる。
「ふむ。なんの変哲もないペンダントにしか見えねえが……。
神はすべてを見そなわす――『鑑定』。
なんだよ、マジでただのゴミじゃねえか!」
そう吐き捨てると、男賢者はペンダントを地面に叩きつける。
男賢者は片足を振り上げ――
「待――」
「クソがっ!」
俺が止める間もなく、男賢者がペンダントを踏みつけた。
カシャン、と音を立ててペンダントと――その先についてたロケットが砕け散る。
「あ、あぁ……」
「ふん、これで最後か」
「なんなら下着の下も確かめておくかい?」
「よせよ。こいつが下着の下に忍ばせてたもんなんて、誰が使いたがるってんだ?」
「そりゃそうだけど、何か持ち逃げされたらシャクじゃないかい。そらっ!」
女戦士が、手にしたマインゴーシュで俺の下着を切り裂いた。
「…………」
俺は、もう反応することをやめていた。
「なんだい、つまらないね。悲鳴のひとつも上げたらどうなんだい?
それとも、粗末なものをお見せしてすみませんとでも謝るか?」
「くくっ、そいつはいいな。
おい、キリク。謝れよ。勇者御一行様、お目汚しをしてすみませんってな」
「ほら、謝るんだよ!」
「ぐげぁ……っ!」
女戦士は、俺の股間に躊躇なく踵を振り下ろし、ぐりぐりとえぐる。
「謝れ、謝れよぉっ! キリク、俺たちに迷惑をかけたことを、土下座して詫びやがれぇっ!」
「ひゃはははっ! 惨めだねえ! 薄汚い鼠にはお似合いさぁっ!」
「……汚らわしい」
「パーティに貢献できなかった当然の報いだな」
男賢者、女戦士、女弓師、勇者が口々に言う。
「も、もういい加減にしてください!」
女僧侶の叫ぶ声が聞こえた。
だが、急所を思い切り踏み抜かれた俺は、苦悶の果てに、完全に意識を失っていた。
次に俺が目を覚ました時、俺は全裸のまま、埃っぽい街道に放置されていた。
これが、俺が勇者パーティから追放された顛末だ。
どうだ、これ以上ないほどクソだろう?




