第12話
<虹の背中12>
「鳴海です。失礼します」
鳴海が事業部長室のドアを開くと、応接用の椅子に二人の先客がいた。
こっちを向いたその顔は、営業部長の北島とその部下で営業課長の岩田だった。
事業部長の間宮は席から離れて立ち上がり、最上階のこの部屋の窓からどんより煙った大阪の街を見下ろしていた。
「おお、鳴海君、木下君、ご苦労さん」
間宮は鳴海と木下をこう迎えた。
すると、北島は二人の顔を見るなり意味ありげな笑いを浮かべ、目配せしてくる。
その雰囲気で鳴海は、
(悪い話ではないかも?)
と感じ始めていた。
「まぁ、かけてくれ。コーヒー4つよろしく」
秘書にコーヒーまで頼んでくれる。
鳴海と木下は、間宮事業部長が腰掛けるのを待って椅子に座った。
「北島君、二人に事情を説明してやってくれるかな」
間宮事業部長に促され、北島が話し始めた。
「この前、京洛北下水処理場でポンプ室の水没があっただろ。あの復旧に際してウチの対処が非常に良かったという事で、下水道事業部の部長からお褒めの言葉があったんだ」
鳴海はそこまで聞くと言った。
「それはサービス課の貢献に依るもんですよ。直接お客さんに接するサービスがちゃんと段取りして作業したからこそ、お客さんに気に入られたんですよ」
北島は苦笑いしながら言った。
「お前はそういうと思ったよ。しかし、ここからが本題なんだ」
そこで、鳴海は話の腰を折ることなく最後まで話を聞く事に決めた。
北島が続ける。
「全く偶然の話なんだが、その下水道事業部の部長は西多摩市の市長の弟だというんだ。先日親戚の法事で集まった時に兄弟の間でウチの話が出て、今度西多摩市で計画中の下水処理場からウチが入札に参加させて貰える事に決まったんだよ」
西多摩市といえば、木下の出身地だ。
しかし、西多摩市は東京事業所管轄だから鳴海と木下が呼ばれる理由にはならない。
鳴海は釈然としないまま聞いていた。
「西多摩市は本来東京事業所管轄なんだが、そう言う事情を考慮して今回は大阪事業所で担当する事になった。いずれは東京事業所に移管すると思うが、まずはこの4人が先陣を切るという事だ。事業部長、これで宜しいでしょうか?」
北島はまた二人の顔を見てにやりと笑った。
自分自身の東京進出の第一歩が刻めると思っているのだろう。
それまで目を瞑ってじっと聞いていた事業部長の間宮が口を開いた。
「今、色々苦しい状況にいる当社にとってはありがたい話だ。なんとか受注にこぎ着けたい。だからこそ、君たちを指名したんだ。木下君にとっては地元でもあるし、宜しく頼む」
それだけ言うと間宮は席に戻り、手帳を手にしながら北島に言った。
「僕は色々予定があって行けないがね、西多摩市長には今週中に挨拶に行ってくれ。市長と言えども接待していいぞ」
営業出身の間宮は、同じ営業の北島には厳しいようだ。
「はい、なんとしても受注するべく努力します」
北島は、鳴海に見せた事のない殊勝な態度で答える。
コーヒーを飲みながら少しの談笑後、北島・岩田・鳴海・木下は事業部長室を出ると、4人で会議室に入って打ち合わせを始めた。
「どうだ?いい話だっただろ?」
北島が嬉しそうに打ち合わせの口火を切った。
「いい形で問題を処理出来たのは嬉しいですけど、地元へ行くのは気が進みませんよ」
やっぱり木下は嫌がっていた。
鳴海は思い切って、木下が東京を・地元を嫌う理由を訊いてみようと思った。
「なんで、そんなに地元が嫌なんや?」