第11話
<虹の背中11>
実は既に、前回の定例会議でボーナス減俸の内示があったばかりだったのだ。
役員からリコールを発表する予定がある事と対策費用が発表され、顧客対策室からは4億円の試算が出された。
この影響でこれから迎えるボーナス商戦でのメーカーとしての減収を考慮すると、リコールによる会社全体の損失は10億円規模が見込まれていた。
こういう状況下ではボーナス減俸は致し方ない、これが経営陣の判断だった。
ボーナスの役員50%カット、課長以上30%カット、その他20%カット、これが内示の内容だ。
もちろんまだ労働組合との折衝は残っていたが、状況が状況だけに仕方ない事だと鳴海は思っていた。
始業のチャイムが鳴って多美子はため息をつきながらも席に戻って行き、鳴海は多美子から解放された。
9時からの管理職による定例会議は、やはりリコール問題で空転した。
皆口々に責任問題を追求しようとし、前向きな意見は聞かれない。
特に、DVDレコーダを設計した映像設計課には厳しい批判ばかりで終始した。
(こんな時だからこそ、会社一丸となるべきなのに・・・)
そう思いながらも、鳴海はいつものように黙りを決め込んでいた。
会議は昼過ぎ迄続き、何も成果のないまま終わった。
鳴海は会社に失望し始めていた。
『問題が起こった事こそ、その問題を解決する対応の仕方で企業の価値は決まる』
というのが鳴海の仕事に対する信条で、後輩達にもそのように指導してきたつもりであった。
中空を見つめていた鳴海に、多美子が寄ってきた。
「会議長かったですねぇ。ええ話はありました?」
「ん~、悪い話ばっかりや」
苦笑いしてそう答えると、多美子が耳打ちするように顔を近づけてきた。
「今週、臨時組合委員会が開かれるんですて。あたし委員やから出んとあかんのですけど、何か嫌な予感がするんですぅ。悪い知らせがあるんやないんないかなぁ思て。ボーナス減らされるとかの・・・」
(やはり多美子さんの感はは鋭いな)
と思いながらも鳴海は、とりあえず多美子を励まして普通に仕事が出来る体勢を整えようと、話を終わらせるためにこう言った。
「それは大丈夫やろ。管理職の減俸で済むんやない?」
「そやったら課長大変やん。また婚期が遅れますよ。あ、余計な事言うてしもた。うふふ」
言うだけ言うと、多美子はやっとデスクに戻り仕事を始めてくれた。
午後の最初の仕事は、部下から提出された図面にサインする事に決めている。
最初の図面に手を伸ばした時、デスクの電話が鳴った。
直属の上司で公共プラント部長・越田弘幸からであった。
越田部長は細身で眼鏡をかけ、見た目からして神経質そうな印象を与える人で実際その通り、鳴海が一番苦手なタイプだ。
「間宮事業部長が鳴海君と木下君に来て欲しいそうや。事業部長に直接呼ばれるやなんて滅多にないで。最近大きなミスしたんちゃうやろな?リコール問題もあるのに問題はあかんで」
越田部長はまくし立てた。
「いや、最近誰もミスはしてへんですよ。木下、今ええか?事業部長室行くで」
「はい、解りました」
鳴海は木下を伴って、急いで事業部長室に向かった。
間宮事業部長は見た目ロマンスグレーの優しい紳士で、喜怒哀楽をあまり表面に示さない性格だった。
しかし理にかなわない事は許さない、厳しい面もある人である。
(叱責される理由はない)
鳴海はそう思いながらも、事業部長室の前までやって来るとやっぱり緊張してしまっている自分自身に気づいた。
大きく深呼吸してから、ドアをノックした。