第36話
<虹の背中36>
「塚さん、どの調書見ても隆一は当時つるんどった連中と騒動起こしてます。ひょっとして見当違いなんやないですか?」
半分諦め顔の小川が、顔を上げて塚口に話しかける。
「代理、焦らんと兎に角全部目を通して一行一句頭に叩き込むんや。調書になってないことが原因かもしれんが、この中に参考になることが載ってるはずや」
塚口にそう言われて、小川はまた次の調書に手を伸ばした。
やり取りを聞いている浦上が、頬杖を突きながら言う。
「質問がありましたら私に聞いてください。隆一の調書は殆ど私が担当してましたから。でもまぁ、隆一は成績の良い健司には一目置いていたようで、仲間に引き込むことはなかったですよ」
二人共調書に夢中で返事しない。
「私は仕事がありますので、ごゆっくりどうぞ」
浦上は『付き合いきれない』といった表情で、舌打ちしながら部屋を出て行った。
「浦上さんは気ぃ悪うしてるようですよ。大丈夫でしょうか?」
「そんなんは上が何とかしてくれるやろ。我々はこのヤマの手がかりを掴むために出張させて貰ってるんや。これ読み終わったら、関係者に話聞きに行くで。そやからはよ読んでしまえよ」
塚口に言われて、小川は手に取っていた調書を指で追っていく。
2時間後、塚口と小川は木下邸を訪れていた。
宗介は留守で、応接室の二人の前には佐和と隆一が座っている。
「失礼ですが、西多摩署で隆一さんの昔の調書を見せて頂きました。隆一さんはやんちゃしてはったそうですが、弟の健司さんを仲間にしなかったようですね」
「はい。健司は成績が良かったですし、父が期待しているのが解りましたからね」
「ほな、何で今回健司さんがあんな目にあったとお考えですか?」
隆一は視線を落として一瞬考えたが、塚口の目を見て答えた。
「前にもお話ししました通り、多分私の事件で木下家を恨んでる人の仕業だと思います。狙うなら健司じゃなく私を狙って欲しかった。甘んじて受け入れたのに・・・」
「隆一、そんな事を言うもんじゃありません」
話を遮ったのは、それまで大人しく話を聞いていた佐和だった。
「確かにあなたはぐれて悪いことをしてましたよ。でも、迷惑をおかけした人達にはあとで誠心誠意つくしたじゃありませんか。西部君の時だって、毎日病院にお見舞いに行って、同じ血液型だって献血をして・・・。今では西部君は西多摩運送ので転手の責任者やってるじゃないの。あなたはちゃんとしてる子ですよ。あんまり自分を責めるんじゃありません」
「その西部君というのは?」
塚口が佐和と隆一の顔を交互に見ながら尋ねた。
「私の同級生で、19歳の時に些細なことからの喧嘩で腰の骨を折ってしまいまして」
「ああ、あの件ですか」
小川が、調書を思い出したのか頷いている。
「しかし、今の隆一さんや健司さんの評判を聞くと、お二人が恨まれているという線はあらへんでしょう。その件も、もう20年近く前の事ですしねぇ」
「では、何故健司があんなことに・・・」
聞いていた佐和が塚口に呟いた声は震えていた。
「それがどうにもわからんのですわ。それで今回は隆一さんの昔の友達についてうかがいたいと思いまして。どんな小さな事でもええんですが、昔の友達が最近何か問題をかかえてるというような事はありませんか」
沈黙が流れた。
20年前からの事を思い出す時間が必要なのだろうか、佐和も隆一も無言で考えているようだった。
「何もありません」
沈黙を破ったのは隆一である。
「一緒にやんちゃしてた友達は、みんな今は真面目に働いてます。今でも仲は良いですし、たまに会って食事したり酒飲んだりしてますよ。みんな根は良い奴なんですよ」
20分後、塚口と小川は木下邸を後にした。
手がかりが掴めず、二人の足取りは重い。
西東京市の駅のホームに着いた頃には、どっぷりと日が暮れていた。
「代理、無理やり出張させてもろて今日は手掛かりなしやから、このまま新幹線で大阪まで帰るで」
「えーっ、一泊してもええって課長が言うてはったやないですか。せめてゆっくり飯でも食べて帰りましょうよ」
「あかん。今日はこのまま帰る。飯ならコンビニで買って車中で食ったらええがな」
がっくり肩を落とした小川の前に、新宿行きの特急電車が入ってきた。
鳴海は喫煙室で煙草を燻らせていた。
すでに21時であるが、繁忙期の鳴海たちにはまだまだ今日やるべき仕事が残っている。
DVDレコーダのリコール問題があったにも拘わらず、仕事が減っていない状況に感謝すべきなのかもしれない、という思いもあった。
「おい、何黄昏てる?」
肩を叩いたのは、北島だった。
「北島さん、まだいはったんですか?」
「帰ろうと思ったら、お前が黄昏てたんでここへ来たんだよ」
そうえば、北島はスーツの上にダウンコートを着て、右手には大きな鞄を持っていた。




