第35話
<虹の背中35>
「代理、ほんで何をどう調べるっちゅうねん?」
塚口は小川につっけんどうに言った。
それを聞いて小川は困った顔をしながら答えた。
「それが全く解りません。塚さんならその方法をご存知かなぁて思て」
「あほなこと言うな。そんな雲を掴むような話調べようがないやろ」
冷たく言い放つ塚口に小川は答えが無かった。
「そんでも、その情報は今回のヤマの動機に繋がる事なんかもしれん。課長に代理から報告しとけよ」
小川は敬礼して嬉しそうに笑って報告に走った。
第6章
正月休みが終わり、鳴海は通常業務に戻っていた。
今年の冬は寒く、外ではダウンコートを着た人々が肩をすくめながら雪化粧の梅田を行き交っている。
それでも東亜電機は超繁忙期の中、活気が溢れ上着を脱いで仕事している者さえいる。
鳴海はというと、浮かない顔で午後の検図・サインを行っていた。
「課長、元気ないですねぇ。そら課長のお気に入りやった木下さんが殺されたんやから気が滅入りますよねぇ」
多美子が席に着いたまま鳴海に話しかけるが、聞こえていないのか鳴海からの返事はない。
「そやけど、犯人いつになったら捕まるんやろか。初動捜査ていうの?あれがまずかったんやないやろか?」
テレビの刑事物で聞きかじった知識でしゃべり続けた。
「怨恨いうやつは交友関係調べて・・・」
鳴海は美奈子を思っていた。
自分自身いっぺんに両親を失ったが、美奈子も間もなく同時期に両親を失うことになる。
男の鳴海でも淋しい思いをしたのだから、女性の美奈子はいかばかりかと考えると、そばにいてやりたい思いが湧き出てくる。
それでも仕事を休んで山陰まで見舞いに行く訳にもいかない。
(そういえば、美奈子さんはあの夜どうしてずぶ濡れでオレの家に現れたんやろ?あの夜に木下が殺されたはずなんやが・・・)
一度そう考え始めると、その疑念はますます膨らんでくる。
木下の事件に美奈子が関わっているなどありえない事なのであるが、あまりにもあの夜の出来事の不可解さが頭の中を駆け巡っていく。
「課長、何ぼーっとしてますのん?サインしてます?」
多美子の声に現実世界に引き戻された。
「ごめん、ちょっとな・・・」
小さな声で返した鳴海の返事に多美子が、
「課長、元気出してください。木下さんが居なくなった今、課長まで倒れられたらウチの課回らへんなりますから。星野さんが来たいうても、まだ大阪のやり方に慣れてへんですから。コーヒーでも入れてきますわ」
と、珍しく励ました。
多美子がコーヒーを入れに行っている間に、鳴海の携帯が鳴った。
美奈子からだった。
鳴海は事務所の廊下に早歩きで行き、携帯に出た。
「鳴海さん、美奈子です。母の様態が悪化して・・・」
涙声であとは聞き取れない。
「美奈子さん、兎に角落ち着いて」
「あと2か月だとお医者様から言われました・・・」
鳴海は直ぐには言葉が出なかった。
「でもまだ2か月ある。そう思て、美奈子さんが身体を壊さんように一生懸命看てあげたらええんちゃう?」
この言葉をようやく絞り出した。
この言葉で美奈子は少しだけ落ち着きを取り戻したらしく、いつもの口調で短く近況を報告した。
「お大事にな」
「その言葉、課長にお返ししますわ」
携帯を切ったとき、多美子がお盆にコーヒーを持って傍に立っていた。
塚口と小川は、木下の交友関係を徹底的に調べていた。
風俗嬢・桃花の証言していた『15年』前を調べていたのだ。
15年前だと木下は17歳。高校2年生ということになる。
しかし、いつが15年目なのか不明瞭であることを考慮し、前後5年に渡って調べることにした。
二人は西多摩署で、地元の浦上刑事と木下の兄・隆一の調書を読み漁っていた。
「隆一の事件で、弟の健司が絡んでいる事件はありませんなぁ」
浦上刑事が半分呆れた表情で、塚口と小川に話しかけた。




