第34話
<虹の背中34>
春らしい黄色のジャケットに、プリーツの超ミニを着た桃花が小川の方に歩み寄ってきた。
ミニスカートの下は生足である。
「お兄ちゃん刑事さん、おって良かった~~・・・」
半べそをかいている桃花の両肩に手をやって、小川が言った。
「あれぇ、桃花ちゃんどうしたん?何か用?」
「うちなぁ、思い出した事があってなぁ、お兄ちゃん刑事さんに話しに来てん。ホンマはなぁ、警察なんか来るの初めてやから恐かったんけどなぁ、ひょっとしたら大事な事かもしれん思て、お客さんとこ行ったついでに思い切って来てみたんやんかぁ」
木下は、桃花が思い出したという事を塚口がいない間に訊きだして、明日塚口に良い報告をしたいと思った。
「そうなんか。そんなら応接室行こ」
木下は桃花と共に応接室に向かう。
「桃花ちゃん、久しぶりやったなぁ」
応接室で向かい合って座るなり、小川が桃花に話しかけた。
「今日は何を思い出して来てくれたんやろか?」
桃花は警察署に来た緊張感で、風俗店の事務所で会った時と違い両膝を揃えて固くなって座っていた。
「まぁそう固くならずに、リラックスしてな」
小川が言うと、桃花が緊張で乾いた唇を舐めてから返事する。
「うち、風俗嬢やでぇ。緊張するに決まってるやんかぁ」
「けど、ちゃんと法律守って仕事してるんやろ?ほな緊張せんでもええがな」
「あ、そやなぁ。えへへへ」
少し緊張が解けたのか、桃花は右足を左足の上に乗せて組んだ。
タイミング良く、応接室のドアをノックして桜井婦警がコーヒーを運んで来た。
桜井婦警は何故か不機嫌そうで、テーブルの上にコーヒーカップを置くと、わざとらしく桃花の顔をのぞき込んで言う。
「へぇ、この娘が私と4つしか歳が変わらんとはなぁ。高校生か中学生にしか見えへんわ。小川君はこんなんが好みなん?ロリコンなんや。ふ~ん」
言うだけ言ってさっさと部屋に戻ってしまった。
桃花はちょっと怯えていた。
「何今の大きいおばさん、むっちゃ恐かったわぁ・・・」
「あははは。気にせんでええよ。口は悪いけど根はええ人なんやで。君が可愛いからちょっとだけヤキモチ焼いてるだけちゃうかな。それより、話聞かせてえな」
桃花はやっと、木下健司について思い出した事を話し始めた。
「あのなぁ、さっきお客さんとドラマ見てて思い出したんやけどなぁ、あの木下ていう人なぁ、テレビでドラマをやってた時になぁ、『15年は長いよなぁ』て言うてはってん」
小川はその意味が解らず桃花に聞き返した。
「え?どういう事?」
「えっとなぁ、マッサージしてる時テレビでかかってたんがサスペンスのドラマか映画やったと思うねんけどなぁ、その中で15年いう言葉が出て来てん。ほんならなぁ、実感が篭もったように『15年は長いよなぁ』て言わはってん。うちがなぁ、『えらい実感篭もってはるねぇ』て言うたらなぁ、『俺何か言った?』てとぼけはったんやわぁ。今思うとなぁ、何かあったんやないかなぁと思て話しに来たんやんかぁ」
小川はようやく話を理解して、桃花に礼を言った。
「桃花ちゃん!おおきにぃ!その話はひょっとしたらもの凄い重要な手がかりになるかもしれんわ。ホンマありがとう!」
小川が椅子から立ち上がって、桃花の両手を握り拝むようにしている。
小川の余りの喜びように、桃花は嬉しくなっていた。
「ほんまぁ?手がかりになりそう?お兄ちゃん刑事さんの役に立てて良かったわぁ。えへへへ」
事件の話が終わると、桃花は自分の話を始めた。
「うちなぁ、3月一杯でこの仕事辞めんねん。ほんでなぁ、4月から看護士の学校に行く事にしたんやんかぁ。看護士になるのが夢やったから、頑張って看護士になろ思てんねん」
「へぇ、桃花ちゃん看護士になるんやぁ。君やったら癒し系のええ看護士さんになれる思うわ。頑張ってな」
「うん、ありがとう。うちが看護士になったら、最初にお兄ちゃん刑事さんを看病してあげるわ。えへへ」
「最初の患者になるんは難しいけど、桃花ちゃんに看病して貰えるんなら病気になってもええかな?ははは」
応接室の中での二人きりの話が二人を心からうち解けさせ、桃花は世間話を続けて、椅子からなかなか立ち上がらなかった。
小川もまんざらでもないのか桃花を帰そうとしない。
それでも仕事の呼び出しか、桃花の携帯の電子音が鳴るとやっと腰を上げながら言う。
「そうそう、このサービス券あげるわ。今の店あと1週間くらいしかおらへんけど、良かったらうちと遊んでぇな」
桃花が小川に風俗店の半額サービス券を手渡し帰ろうとしたところに、突然桜井婦警が現れた。
「『半額サービス券』って何?小川君、この娘と遊ぶん?」
「お兄ちゃん刑事さん、さよなら~」
「さよなら~、ありがとう~」
桃花は小川に手を大きく振って帰っていった。
桜井婦警は、桃花に手を振る小川に不機嫌そうな顔でさらに言う。
「あの娘のどこがええん?あんな娘と遊んだらろくな事ないで」
「そんなんちゃいますよ。事件の手がかりを話しに来てくれただけですよ。それに彼女、今の仕事辞めて来月から看護士の学校に通うらしいですよ。ホンマは真面目な娘なんかもしれませんねぇ」
「やっぱり小川君ロリコンなんやね。がっかりやわ」
桜井府警が捨て台詞を吐いて、コーヒーカップを下げて行った。
そう言われてもなお、小川は自分に情報をくれた桃花に一層好感を持った様子だった。
翌日、小川は体調が回復した塚口に昨夜の桃花の話を報告した。
「塚さん、『15年は長いよなぁ』ていうのは重要な手がかりになると思いませんか?」
小川は自信たっぷっりに、塚口に聞いてみる。
「15年か。殺人事件の時効が昔は15年やったな」
「そうなんですよ!これは絶対以前の殺人の時効を待ってたんやないかと思たんですけどね。調べてみませんか?」




