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虹の背中  作者: シュウ
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第6話

<虹の背中6>



「はい・・・、はい・・・」

木下は、長身の身体を折り眉間にしわを寄せて電話に対応していた。

「それで、責任問題は?」

その言葉に全員が身を乗り出す。

「わかりました。ご苦労様です」

電話を切った木下に北島が顔をのぞき込む様に訊いた。

「それでどうなんだ?」

「集中豪雨でポンプ室の水没して制御盤が焼けただけです。当社の責任はありません」

集まっていた集団からため息が漏れた。

「あほかっ!そう言う時はもっと明るい顔して電話に応対するんだよ!」

北島は木下の背中を叩き、大きな声で怒鳴った。しかし顔は笑っている。

「すみません」

木下がその笑顔に笑顔で答えた。


集まっていた人々は、安心したようにゆっくりした足取りで解散していく。

「まぁとにかく良かった・・・」

鳴海は木下をそう言いながら喫煙室に誘った。

責任は無かったが、それでも制御盤が焼けたということはプラントの運用に大きな支障が出る。

二人は図面を持ち込んで、煙草を吸いながらこれからの善後策を話し合っていた。

さっきまで西日が差していた喫煙室は闇に包まれ、既に照明を点けなければ図面が見えない程で、鳴海が蛍光灯のスイッチを入れようと入り口に向かった。


その時、北島が蛍光灯を点けて入ってきた。

「責任がなかった祝いに・・・どうだ?これからちょっと行くか?」

「ちょっとだけやったらいいですよ」

北島は一緒に仕事をするだけでなく、二人が所属している軟式野球部の監督でもあるため、飲みに誘われると断れない存在であった。


三人が会社を出る時間には、あたりはもう夜のとばりに包まれていた。

「今日は日曜日だから女の子もクラブもなしだぞ。あっはっはっは」

北島に案内されて着いたのは、梅田近くの焼鳥屋「鳥金」という店だった。


小ぎれいな店内の奥にある座敷を陣取り、三人で掘りごたつの中に足を突っ込んで座る。

乾杯の儀式が終わると、北島が鳴海をまじまじと見ながら言った。

「お前いつも汚い格好で会社来てるのに、今日はスーツか?デートでもあったのか?」

鳴海は内心不意を付かれ狼狽したが、狼狽を見せないようにビールをあおると

「虫干しみたいなもんですわ」

その言葉を北島は怪しんだ顔をした。しかしそれにかまわず続けた。

「木下を見ろ。今日もアルマーニだ。だから社内の受けも良いし、いいとこのお嬢さまとも婚約出来たんだ」

鳴海は驚いた。木下に縁談があるという話は聞いていたが、婚約の話は聞いていない。

「鳴海、お前はいつも作業服だろ。そんなことだから社内では変人扱いされるし、その年で嫁も貰えないんだ。これからは作業服は止めて、その安物のスーツでもいいからちゃんとしろ。これが俺からの忠告だ。」

鳴海には返す言葉がなかった。確かに社内の同期では出世も一番遅いし、結婚どころか学生時代以来恋人さえできていない。自分の理解者であるからこその北島の忠告を、優しさだと感じていた。


しばしの沈黙を木下が破った。

「鳴海さん、婚約の報告が遅れてしまってすみません。なんだか言いづらくて・・・」

「ええよ。独身の俺には言いにくいわな。そんで、どんな人なんや?」

木下は内ポケットから写真を取りだして見せながら言った。

「名前は小田切妙さんっていいます。双葉女子大出身で五味銀行で役員秘書をしてます」

スラリとした美人で、長い黒髪のいかにもお嬢さまという清楚な感じの女性だった。また、五味銀行は東亜電機のメインバンクである。

「おおお、美人だなぁ。流石東京のお嬢さまだな」

そう言った北島も東京の出身だった。

「夏休みに家に帰った時に親父に騙されて見合いをしたんですが、会ってみると実にいい人で付き合うようになったんです。元々彼女の方が私の写真を見て気に入ってくれたらしいんですよ。見合いもいいもんですね」

実に嬉しそうな顔をして木下は続けた。

「彼女のお父さんは都議会議員で、親父と同じ民和党なんですよ。彼女のお父さんと親父はそういう関係で知り合ったらしいですがね。旧男爵の流れをくむとか・・・。これは関係ないですが・・・」

自分の事に関しては普段あまり話したがらない木下が饒舌になっているのも頷けるほど、申し分のない家柄の素敵な相手のようだった。

鳴海はもの凄い嫉妬を感じていた。

長身でいい男がもてるのは仕方ないと思っているにもかかわらず、「たかが皮一枚じゃないか」という憤りで身体が熱くなっていた。

「良かったなぁ、おめでとう」

それでも冷静にそう言った。

北島は暫くの間木下を冷やかして楽しんでいるようだった。その間、鳴海は黙って静かに飲んでいる。


散々冷やかしたあげく冷やかすのに飽きたのか、北島は座敷の障子を閉めテーブルの向こうから二人を手招きするとこう言った。

「これはお前達だから言うけどな、ここだけの話だぞ」

三人は頭を寄せ合うように、前のめりになった。


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