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虹の背中  作者: シュウ
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第32話

<虹の背中32>



隆一は、真剣な顔で塚口を見つめながら続けた。

「父が防犯パトロールをやっているというのをお聞きになりましたか?あれは元々、私に罪を犯させないようにと始めた事なんですよ。父は私の罪の尻ぬぐいを何度もしてきましたからね」

「そうすると、隆一さんは前科があるんですか?」

小川が、無神経にもそう訊いた。

隆一は、嫌な顔を見せずに質問に答える。

「いえ、全て示談で済ませて貰いました。父が随分骨を折ってくれたお陰です。ですから、私を恨んでいる人はかなりいるはずです。それも、罪を償うことなくこれまでのうのうと生活してきてる訳ですから・・・」

塚口は、隆一の真摯な話しぶりに好感を持った。

「お父さんの宗介氏が防犯パトロールを始めたのは、もう20年も前やとお聞きましました。隆一さんがぐれていたというのはその時期なんでしょう。そんな昔の事で貴方を恨んでいた人物が、今頃になって健司さんを殺したとは考えにくいと思いますけど?」

「いや、私と言うより、私が犯した罪を示談で済ませた木下家を恨んでるんじゃないかと思ってます。父は4年前、市会議員という名声まで手にしましたし、それがきっかけになったんじゃないかと・・・」

「隆一さんのお話は解りました。捜査の参考にさせて貰いますわ」

塚口は返事して、木下邸から西多摩署へ向かった。



塚口と小川は西多摩署で、木下隆一の話の裏付けを取っていた。

西多摩署・刑事課の浦上刑事が協力してくれた。

「ああ、隆一君は若い頃、突っ張ってたって言うか、かなりワルでしたよ。喧嘩・かつあげはしょっちゅうで、あの両親はいつも被害者の家に謝りに行ってましたねぇ。それでもねぇ、隆一君が19才の時だったかなぁ、喧嘩で相手の腰の骨を折りましてねぇ、下半身不随になりそうだったんですよ。それで酷く懲りたようで、それからは真面目に更生しましたよ」

木下隆一の古い調書は、10件を数えた。

小川が、調書から被害者の住所・氏名と電話番号を抜き出していく。

塚口は浦上刑事に、木下家について訊いてみた。

「亡くなった健司君は近所でも評判の孝行息子で、恨んでる人物なんていないでしょう。母親の佐和さんは腰の低い人で、ご主人が市会議員になった今も、毎日ゴミ収集所の掃除をしてるらしいですよ。父親の宗介氏ですが、20年も前からボランティアで、防犯パトロールをしているような人です。感謝こそすれ、恨むような人物は思い浮かびませんなぁ」

浦上刑事も木下家の人間を悪く言わなかった。

「宗介氏は防犯パトロールをしているという事ですが、そうすると警察関係者との交流があるんですか?」

「もちろんです。宗介氏は現在、西多摩防犯協会の理事を兼務されています。ですから、防犯課とは連絡を密にしていますし、署長とも懇意にされていますよ」

今まで気が付かなかった事だった。

宗介氏が警察関係者と交流があるならば、隆一の罪に手心を加えて貰える事ができたかもしれない、そんな事を考え始めていた塚口であった。




東亜電機・大阪事業所の会議室では、西多摩プロジェクトの最後の会議が行われた。

生産管理部門や、下流部門であある製造・検査・工事・サービスの各部門に、西多摩中央下水処理場の特殊仕様や注意事項が引き継がれた。

これで西多摩プロジェクトは解散し、この先は通常の業務として進められる事となる。

会議が終わった後、鳴海・北島・岩田そして転勤してきた星野が会議室に残った。

北島が誰に言うでもなく言った。

「本当はなぁ、この程度の受注でプロジェクトを終わらせる予定じゃなかったんだ。木下がいたら、西多摩市だけじゃなく東京都の物件はかなり受注出来たはずだったんだよなぁ」

「そうですねぇ。木下君のお父さんの力があれば、東京都の物件は全部受注出来るかもしれなかったですからねぇ」

北島に同調する岩田が、残念そうに言う。

「えっ?そうすると、北島さん達は最初から木下の父親を利用しようとしてたんですか?」

鳴海は驚いて、北島に尋ねてみた。

「そうだよ。ウチの重役が、木下の親父さんと荒木幹事長が親しい間柄にあるという話を、どこかのパーティーで聞いたらしいよ。だから、今回のプロジェクトに係長の木下を引き込んだんだ。普通なら課長のお前だけでいいよ。でもな、こういう話はお前嫌いだろ?怒るだろ?仕方ないから、お前には内緒にしてたって訳さ」

鳴海は憤慨していた。

『利益を上げるためなら何でもする』という会社の姿勢も、会社の方針に従った北島達にも怒りがこみ上げ、知らず知らず拳を握りしめていた。

「私はそういうの何とも思いませんよ。私が木下君の立場だったら、喜んで協力します」

黙って机を見ている鳴海を後目に、星野が言い放った。

その発言を聞いて、北島が嬉しそうに星野に言う。

「星野、お前未だ独身だったよな。人脈のある女と結婚しろよ。あっはっは」

「そうですね。頑張りますよ」

鳴海は憮然として会議室を出た。




塚口と小川は、3日間の西多摩出張を終え、梅田北署に帰ってきた。

新幹線での帰阪は夜遅くになり、空一面を覆っている雪雲から初雪がちらついていた。

「ただいま帰りました。寒なりましたなぁ。あれ?一課だけですか?」

捜査本部が設置された広い会議室には、梅田北署・捜査一課のメンバーしかおらず、全員がストーブの近くに集まっている。

塚口達の帰りを待っていた菅課長が返事した。

「お疲れさん。さっきなぁ、ミナミで連続通り魔殺人が発生したんや。府警の皆さんはそっちへかり出されたわ。そんで、収穫あったか?」

「もひとつですわ。ガイシャの評判は、何処行ってもええんですわ。ひとつ、気になる話を聞いてきました」


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