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虹の背中  作者: シュウ
27/33

第30話

<虹の背中30>



それを聞いていた小川が反論した。

「塚さん、けどガイシャは手に縛られた跡があったんですよ。それはどう考えるんです?」

塚口は、少し伸びた顎髭を手で撫でながら暫く考え込んでいたが、何か思いついたように言った。

「ガイシャが縛られてたんは、浴衣の紐やったな。それも、現場のベッドの上にあったんや。壁にあんな一杯ロープがあるのに何で浴衣の紐なんやろなと思てたんやが、ホシがSM趣味でない人物なら身近にある浴衣の紐使うんちゃうか?ロープっちゅうのは、慣れてへんと縛りにくいからな」

そこで菅課長は、塚口に質問をする。

「浴衣の紐の1本からガイシャの唾液が検出されとるで?」

「それは、縛られた紐をガイシャが口でほどいたんでっしゃろ。おそらく、手を縛られた紐ですわな。そうなると、後ろ手に縛られたんじゃなしに前で縛られたという事になるんやろか?SMなら、後ろ手で縛らへんかいな?」

「なるほど。ホシもガイシャも、SM愛好家でない可能性が高いということですか。この後の春日刑事達の聞き込みが楽しみになってきましたね」

現場がSM専用ルームという、この事件の特殊性を解決出来る糸口が見えかけて来た事で、清水管理官の声はトーンが上がったようだった。



翌日、事情聴取のため鳴海が梅田北署を訪れた。

昨日の夜、鳴海は美奈子のいる山陰ペテロ病院に初めて電話した。

美奈子は以前のように元気な声で、母親の具合も安定していると聞いて、鳴海は安心していた。

ただ、嵐の夜に愛し合った事は忘れたかのように他人行儀な話しぶりだった美奈子に、物足りなさを感じてもいるのだった。



「お休みのところ、すみませんなぁ」

塚口と小川が鳴海を応接室で迎えた。

「いえ、年末言うても何処も行く所はあらへんですからねぇ。ところで、今日は何で呼ばれたでしょう?」

鳴海は応接室の椅子に腰掛けて、塚口に訊いた。

「実はですねぇ、木下さんが何年も前から、何かの責任を取ろうしてたと思われるんですわ。鳴海さんから見て、最近の木下さんに変わった所はなかったですか?」

塚口に質問されて、鳴海は困っていた。

刑事達に何を答えたら良いのか言葉を探し、木下について色々思い出している内、ある事を思い出す。

「木下は元々責任感の強い奴やったですが消極的な所がたまにきずやったんですよ。それが最近、変わったんですわ」

「と言いますと?」

「婚約した頃から、何か急に積極的になったんですわ。リコールの問題があった時にも、労組の委員会で『問題を起こしたのは会社全体の責任。その責任を社員全員で償うのはあたりまえの事』て発言して、それで落合さんの反感を買うてもめたんです。今まで発言なんかした事あらへんかったらしいんですがねぇ。他にも、仕事で積極的になったんが多々見えました」

西多摩プロジェクトで父親を利用して市長に圧力をかけた事は、流石に詳しく喋る訳にはいかない。

「婚約した頃からやったんですね?」

「その頃やと思いますわ」

「女性についてはどうやったですか?」

「そういや、イケメンで金持ちの木下がなかなか結婚せえへんので、『東亜電機の七不思議』やて噂する輩がいましたね」

鳴海は塚口に、自分の知っている事・思った事を、包み隠さず話した。

「今日はご苦労さんでした。大変参考になりました」


鳴海は、刑事達が何を聞き出そうとしているのか、理解出来なかった。

木下が責任を取ろうとした事・最近変わった事と、事件とが結びつかなかったのだ。

事件の事を考えながら、鳴海は年末の梅田の駅前の喧騒へと紛れていった。



小川が嬉しそうに塚口に話しかけた。

「塚さん、やっぱりガイシャの過去に何かありそうですね」

「そやな。けど、それが何かを探すのが一苦労かもしれへんな」

塚口は、人が抱えている過去を暴く事の難しさと非情さを知っている。

過去を知られたくない者、過去が暴かれて傷つく者、そういう人間がいるのは間違いないだろう。

その中にホシが居る、そう確信めいた物を掴みかけていた。


春日・望月両刑事が、息を切らせて帰ってきた。

「間違いなかったですわ!」

春日刑事が叫んだ。

「事件当夜のチェックイン時刻を全て調べたんですが、305号室が一番遅くて21:01でした。結果的にSMルームになったっちゅうことです」

清水管理官はそれを聞いて、ホワイトボードから『SM』の文字を眺めながら言った。

「よし!これで捜査はガイシャの過去に絞りましょう。ガイシャが、責任を取らないといけないと思うような何かがあるはずです。交友関係・女性関係・仕事関係、全ての聞き込みを強化してください」


ついに、事件解決に向けて歯車が動き出した。

先が見えなくて意気の上がらなかった捜査員達は、目標が出来た事で息を吹き返し、靴をすり減らせて聞き込みに奔走する。



    第5章



新年は穏やかな天候に恵まれ、鮮やかな初日の出が全国で見られた。

大阪は、年末年始休みのお陰で、スモッグのない綺麗な空気の街になっていた。

梅田では、お年玉を持ってゲーム機やおもちゃを買う子供達が列を作り、初売りの福袋を買う主婦達が列を作り、何変わりないいつもの風景が見受けられた。


梅田北署では、刑事が疲れた顔で朝を迎えていた。

正月返上で捜査しているにもかかわらず、これと言った手がかりは掴めずにいる。

西多摩署への捜査依頼をしたが、その後何の音沙汰もなく、山倉署長・清水管理官達はしびれを切らし、貧乏揺すりを繰り返す日々が続いていた。


ついに清水管理官が爆発した。

「西多摩署は何やってるんだ!所轄だと思うから、ちゃんと仁義切ってるのに!こうなったらこっちで捜査するしかないな!」

山倉署長も後に続く。

「もうあかんわ!まかしておけん!出張や!」

塚口は冷静だった。

「西多摩署やって事件はあるんやから、大変ですわ。もうすぐガイシャの葬式があるんで、その時に出張しよう思ってるんですが、どうですか?」

「おお、それええなぁ。塚さん、行ってくれるか?」

菅課長が捜査員の出張に乗り気なのは珍しかった。

「1月7日の日曜にありますから、代理と行ってきますわ。出来るだけ聞き込みしてきますんで、日数は約束できへんですけど・・・」

「今回はええやろ。何としても手がかり掴んできてくれ」

塚口と小川は、前日の夜から西多摩に到着するべく出発した。



木下の葬儀は、西多摩市にある木下家の菩提寺・草福寺で営まれた。

鳴海は、間宮事業部長・越田部長・北島・岩田等と共に参列していた。

会社が正月休み中というのもあって、事業所を問わず木下と交友のあった社員の顔が多数見られた。

葬儀は、祭壇・参列者・花輪の数・弔電の数等、どれをとっても盛大なもので、若くして不慮の死を遂げた木下に対する両親の悲しみがいかばかりかと感じられた。

特に弔電では、荒木幹事長はじめ国会議員・東亜電機役員達・父親が経営する運送会社・西多摩運送の得意先であろう一流企業の工場長クラスと、次々に名前が紹介された。

聞いている内に、鳴海は目が滲んできた。

(死んでから、こんなもん貰ってもしょうがないやん・・・)

そう思うと、頬に涙が流れていくのだった。


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