第26話
<虹の背中26>
火曜日の午後、被害者の司法解剖と被害者宅の家宅捜索完了を受けて、第2回目の捜査会議が実施された。
菅捜査一課長が報告を促す。
「みんな、ご苦労さん。まず、新たに解った事を報告してくれ」
大阪府警の刑事が司法解剖結果を報告した。
「司法解剖の結果ですが、死因・死亡推定時刻は検死官の言われた通りでした。刺されたのは右太股1ヶ所で、あと右側頭部に軽い傷がありました。ガイシャはソファーで亡くなっておりましたんで、出血で昏倒した時に手すりで打ったものではないかと推測されます。両手首のアザについては、紐状の物で縛られた跡だという事です。ベッドの上にあった浴衣の紐の1本から、ガイシャの唾液が検出されておりますんで、浴衣の紐で縛られたという事でしょうか。その他、血液中にはアルコール・薬物等検出されておりません。以上です」
今度は、梅田北署の望月刑事という中堅刑事が立ち上がった。
「え~、ガイシャの家宅捜索の結果ですが、もの凄く広い部屋でした。8LDKでリビングは約40畳。風呂場が1階と2階に1個ずつ、ベッドルームが2部屋、他にトレーニングルームや書斎もありました。あの高級マンションにですよ。我々では一生かかってもあんな部屋には住めませんわねぇ。あははは」
望月刑事ののんびりした報告に、菅課長は厳しい目を向けた。
「部屋の説明はええから、何か出たんか?」
「えっと、ガイシャの持ち物は、ブランドスーツとか現場に乗ってきてたアウディのクーペとか派手なんですけど、生活ぶりは至って真面目やったようでして、本棚の本でも真面目な本ばっかりですわ。管理人の話でも仕事一筋の生活やったようで、悪い噂も無いです。たった一つ、机の引き出しから風俗嬢の名刺らしき物が出てきました。以上です」
「風俗嬢の名刺か。それはSM趣味と関係があるかもしれんな。名刺には何て書いてあったんや?」
望月刑事は手帳を開きながら報告した。
「あのですねぇ、『桃色学園 桃花』ですわ」
ホワイトボードにそれを書き込んだ菅課長は、一つの手がかりを掴んだ事で満足顔をする。
「よし。他に、何かないか?」
そこへ、捜査のため会議に遅れてきた西田・西村両刑事が帰ってきた。
彼等は、梅田北署で10年以上コンビを組み、聞き込みや張り込みの地道な仕事に長けた刑事で、凶悪犯罪捜査には欠かせない縁の下の力持ち的存在である。
「遅れてすんません。課長、気になる話を聞き込んできました」
「何や?報告してくれ」
「はい。ガイシャの前の恋人・天野由紀という女性に話を聞いて来ました」
西田刑事と天野由紀の会話はこうだった。
「貴女方はいつ頃からのつき合いやったんですか?」
「会社の歓迎会で私が彼に一目惚れしてからやったですから、去年の5月くらいでしょうか」
「貴女から告白したんですか?」
「そうです」
「どれくらいの間付き合ったんですか?」
「3ヶ月くらいで終わってしまいました」
「そんな早くに・・・?何か特別な理由があったんですか?」
「ええ・・・。キスまではいったんですけど、その先に進まれへんかって・・・」
「つまり、そのぉ、肉体関係が無かったという事ですか?」
「そうです・・・。それで何となく別れてしまいました・・・」
「彼がその理由を言ってませんでしたか?」
「んっと・・・・。何か『1年待ってくれ』みたいな事言うてはったような・・・。けど、言い訳やと思います。彼は、本当に私が好きやなかったんやないかと思ってます・・・」
「ということなんですわ。今時の恋人が、3ヶ月も付き合って肉体関係がなかったやなんて、何かあるとしか思えんでしょう?」
西田刑事は、菅課長ではなく清水管理官の方を見ながらそう言った。




