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虹の背中  作者: シュウ
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第25話

<虹の背中25>



鳴海は塚口刑事の突然の質問に当惑しながら、殺人事件の事情聴取である事を考慮して、知っている限り正直に答えた。

「木下にはそういう趣味はなかったと思いますよ。もう10年くらい一緒に仕事をやって来ましたが、そんな噂は聞いた事がありません。そういう話やったら、婚約者の小田切妙さんとか前の恋人とかに訊いた方がええんちゃいます?いくら上司とは言え、部下の性癖までは把握できへんですわ。けど、それが今回の事件に何か関係あるんですか?」

「いや、あんまり気にせんといてください」

塚口刑事は言葉を濁し、それ以上その話をする事はなかった。


暫く経って、小川刑事は応接室へ戻ってくると塚口刑事に耳打ちをし、アリバイの最終確認が始まった。

「鳴海さんはどちらにお住まいですか?」

「池島市の緑が丘団地です」

「そうすると、一ノ瀬町から車を飛ばしても40分以上かかりますね」

質問をしていた塚口刑事は、小川刑事と二言三言言葉を交わす。

「鳴海さんのアリバイは証明されました。今日は帰って頂いて結構です。ご苦労様でした」


鳴海は応接室から廊下に出てみたが、さっき来ていたはずの妙の姿が見えなかった。

「刑事さん、小田切さんはどこ行ったんですか?」

「小田切さんは事情聴取中ですよ。もう少し時間がかかるかもしれませんねぇ」

塚口刑事が、薄くなった髪の毛を両手でかき上げながら言った。

「どういう事です?」

「彼女、昨日の午後から大阪にいたらしいんですが、アリバイがないんですわ」

横から小川刑事が口を出す。

「小田切さん、疑われてるんですか?」

「そういう訳じゃないんですがね、色々確認中なんで・・・」

鳴海は、妙の事情聴取が終わるまで待とうと思った。

遺体と対面した時の、妙の悲しみに打ちひしがれた様子を思い出すと、1人にしてはいけないという思いがしたのだった。


鳴海が廊下の椅子に腰掛けて、もう1時間以上経過していた。

玄関の方向から、中年の二人連れが捜査一課の部屋を目指して歩いてきた。

それは木下の父・木下宗介と母・佐和であった。

宗介は、市会議員をしているだけのことはあって堂々として貫禄があり、ダブルのスーツに身を包んだ紳士で、息子の死を確認に来た父親とは思えない落ち着きがある。

佐和は、最初からハンカチを口元に当て、大きなショックを受けている様子で、宗介にすがりついてようやく歩いているように見える。

木下夫妻は、塚口・小川両刑事に連れられて、重い足取りで霊安室へ歩いていった。

霊安室の扉が閉まる音がした後、佐和の嗚咽が鳴海のいる廊下まで響いて来た。


捜査一課前の廊下に戻ってきた木下夫婦に、鳴海は挨拶した。

「私、鳴海と申します。この度は、ご愁傷様です」

「ああ、貴方が鳴海さんですか。健司からお噂はかねがね。ご丁寧にありがとうございます。健司が本当にお世話になりました」

憔悴しきっている佐和の側で、宗介が言った。

「最近、やっと私を頼るようになった健司が、こんな事になるとは遺憾でなりませんよ」

「お父さんには、当社の仕事を助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「いやいや、私は荒木幹事長にお願いの電話をしただけですよ。荒木先生は東京26区で私と選挙区が同じですから、おやすい御用です」

鳴海は驚いていた。

西多摩下水処理場の入札の件で木下の父親にお願いしたというのは、実は与党・民和党の荒木幹事長から西多摩市長へ圧力をかけるという事だったのだ。

「お陰様で受注出来まして、もうすぐ設計に取りかかるところです」

「そうですか、そりゃよかった」

冷静を装って話を続けた鳴海だったが、西多摩プロジェクトのためにそんな汚い事までしたのか、という思いが頭の中を駆けめぐっていた。


「妙さん!」

佐和の声で振り向くと、応接室の扉から妙が出てくるところだった。

「お母さん!」

佐和と妙は、抱き合って泣いた。

「飛行機がとれなくてね、新幹線で来たらこんな時間になっちゃって。妙さんは昨日来たの?」

「はい、昨日ののぞみで来ました」

「どうしてこんな事になっちゃったのかしらねぇ・・・」

「健司さんは、恨まれるような人じゃないです。何かの間違いです。そうとしか考えられません・・・」

鳴海も同感だった。

(この殺人は、人違い殺人なんやないかな?)

そう思い始めていた。


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