第24話
<虹の背中24>
美奈子がいないのを確認して我に返った鳴海は、自分がパンツ1枚でいる事にやっと気が付いた。
体が寒さで震え、慌ててベッドの中に戻った。
美奈子が寝ていた場所に手を当ててみると僅かに暖かく、美奈子が今朝までこのベッドで眠っていたと感じられる。
(美奈子さんは、もう山陰へ向かっているんかもしれんな・・・)
母親の看病をするために、朝早くの電車で美奈子が病院へ向かったと考えるのが一番自然である。
ただ、何故昨夜愛し合った自分に対して、一言声を掛けていくとか、置き手紙をしていくとかしなかったのかと思うと、美奈子の本当の気持ちを確かめたい焦燥感に襲われた。
それから美奈子の事ばかり考えていた鳴海に、会社から電話があった。
木下の死亡を知らせる電話だった。
「なんやて!何でそんな事になったんや!?」
電話をかけた若い社員は、鳴海の余りの興奮にひるんだ。
「梅田北署の捜査一課の方へ来て欲しいて事ですが、課長、行けますか?」
「わかった。これから行くわ」
鳴海は、昨夜木下と別れた時の彼の笑顔を思い出していた。
(木下は殺されるような人間じゃない。何かの間違いやろ・・・)
僅かにそう期待した鳴海は、急いで着替え小走りで池島駅に向かっていく。
梅田北署に到着した鳴海を迎えたのは、塚口刑事だった。
塚口は小川と共に、鳴海を霊安室へ案内する。
霊安室には白い布に覆われた遺体が安置され、小さな祭壇にはろうそくと線香が灯されていた。
「申し訳ないですが、遺体を確認して頂けますか?」
塚口刑事に促されて、小川刑事が白い布の顔の部分をめくる。
「木下・・・」
それは、間違いなく木下健司だった。
鳴海の僅かな期待は裏切られ、一瞬頭の中が真っ白になっていた。
そこへ、小田切妙が息を切らせて駆け込んできた。
「健司さん・・・」
妙は木下の遺体にすがって号泣を続ける。
鳴海は応接室で事情聴取を受けていた。
塚口刑事が質問する。
「木下さんが恨まれていたようことはありませんか?」
「いや、あいつはないですよ。ほんま、ええ奴やったんですわ。金持ちのぼっちゃんやけど、そういうとこを出さへんでいつも真面目に働いてました。夜遊びや女遊びも嫌いでしたわ」
鳴海は木下と身近で接していただけに、必死でまくし立てた。
「ちょっと耳に挟んだんですが、一昨日の夜、北新地で落合という社員ともめ事を起こしたらしいですね。何が原因やったんです?」
小川刑事が、自分が聞き込んできた情報をぶつけた。
「ああ、あれは落合さんの逆恨みですわ。組合委員会で、落合さんの意見を木下がひっくり返したというだけですよ。落合さんていう人は、普段は温厚で気の小さい人なんです。ただ酒癖が悪いんで、昨日の忘年会で悪酔いして木下を殴りました。けど、殺す程の恨みやなかったと思います」
「そうなんですか」
小川刑事は、少しがっかりした様子で返事する。
「鳴海さん、昨夜の午後10時から午前0時の間、何をしておられましたか?」
塚口が、型どおり鳴海のアリバイを訊いた。
「昨夜は、ある人と一緒に家におりました」
「その人の名前を教えて貰えませんか?プライバシーは守りますので」
鳴海は、美奈子の事を警察に喋って良いのかどうか迷っていた。
今朝の美奈子の行動で、自分が美奈子に愛されているのかどうか解らなくなっていた。
もし美奈子が鳴海を愛してないのなら、一回り以上年の違う自分と一夜を過ごした事を警察に喋ってしまうと、美奈子に愛されるどころか完全に嫌われてしまうのではないかとの心配がある。
「どうしても言わんとあきませんか?」
「言わんでもええですけど、アリバイがないと疑われる事になりますよ」
鳴海は迷ったあげく、話す事にした。
万が一話す事で美奈子に嫌われても、鳴海と美奈子、二人のアリバイが証明出来るのならそれで良いと考えたのである。
「都築美奈子さんという人と、午後10時頃から朝まで一緒でした。都築さんは五味銀行の水島支店で働いていましたが、今朝お母さんの看病のために田舎に帰りました。今は、山陰ペテロ病院ていう所にいると思います」
「解りました。確認させて貰います」
鳴海のアリバイを確認しに行ったのだろう、小川刑事が応接室から出て行った。
「ところで、妙な事をお訊きしますが、木下さんにSM趣味はありませんでしたか?」




